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セスランディア王国物語  作者: あきよし りん
第十七章/隣国タッセント
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ふたりの決めた道

リリアンヌ視点



…どうしよう。


思わず、逃げてしまった。


しかも、勢いあまってこんなところまで。



「……」

リリアンヌはそろそろと大棟に跨り、屋根の下を覗き込んだ。


ここからだと、見晴らし台の端しか見えない。



まだ、心の準備ができていない。


話そうと思っていたことも、全部どこかへ吹き飛んでしまった。


でも、きっとすぐに駆け上がってくる。


そうしたら、まず――



「…なぜ、逃げるのです」



「きゃああっ…!」


真後ろだった。



「…!」

慌てて、両手で口を塞ぐ。



「……」


振り向けない。


まず、どうしよう。



「…もう、私の顔も見たくありませんか」



「…!」

その言葉に、ぱっと振り返った。


アランフォースが、無表情でこちらを見ていた。



「……」

胸の奥が、すっと冷える。



とうとう…嫌われてしまった。


当たり前だ。


それを覚悟のうえで、私はここに来たのだから。



リリアンヌは大棟の上で向きを変え、深く頭を下げた。



「ごめんなさい」



「…何の謝罪でしょうか」

頭の上から、低い声が落ちてきた。



「アランフォースに攻撃してしまって、ごめんなさい」



「謝るところは、そこではないでしょう」



「驚いて叫んでしまって、ごめんなさい」



「…そうではなく」



「謝るのは、それだけです」

顔を上げ、まっすぐアランフォースを見つめ返した。



「あとは、謝りません。私は、後悔していない」



「……」

アランフォースが、目を細めた。



「私はここへ、戦争を止めに来ました」


目を、逸らさない。



「その目的通り、止めることができました。だから――」



「結果として止まったに過ぎません」


ひやりとした声に遮られた。



「あなたが、どれほど無謀なことをしたか。どれほど多くの者を巻き込んだか、分かっていますか」



「……」



「一歩間違えば、セスランディアは敗れていました」



「…それは、あり得ません」



「あなたが敵の手中に落ちれば、十分にあり得ます」



「あり得ない…!」

思わず、強く言い返した。



「なぜ言い切れるのですか。世には、どんな特別なちからを持つ者(アニマソムニア)がいるか分からないでしょう」

アランフォースの表情は、少しも変わらない。



「…みんなが、いてくれるから」



「例えば、キリ殿が死んだらどうするのです」



「…!?」

びくりと肩が跳ねた。



「ブライアン殿下があなたを庇い、亡くなってしまったら。どうするつもりだったのでしょう」



「…そんなこと、させない」



「させない、ではありません。本来護衛とは、主の身代わりとなり、命を投げうつ者のことです」



「違う…!」



「違いません」


冷たい声で、きっぱりと否定された。


鋭い眼差しが、まっすぐこちらを射抜く。



「あなたはずっと、勘違いをしている」



「…っ」

リリアンヌは、ぎゅっと拳を握った。



あの時から――


こうなることは、分かっていた。



『私たちは、仲間ですね?』



たとえ二度と、あの笑顔が見られなくても。


もう、戻らない。



「…それでも私は、後悔していない」

顔を上げ、ぐっと身を乗り出した。



「死ぬ可能性があったのは、みんな同じでしょう?戦争が始まれば、誰かが、必ず亡くなっていました」



「我々はあなたと違い、自ら危険に飛び込んだわけではありません」



「でも、死にたい人なんて、誰もいません」



「ええ、そうでしょう。ですが、人はいずれ必ず死にます」



「…っ」


そんなことは――分かっている。



「…分かっています。私だって、いつかは死にます」



「……」

アランフォースの言葉が、途切れた。



「分かっています。私の言っていることは、綺麗ごとだって」


誰も死なないでほしい。


戦争なんて、起きないでほしい。



そんなの、自分ひとりの力ではどうしようもない。


前世でだって、あり得なかった。



「でも…私には、その綺麗ごとのために、一緒に動いてくれる仲間がいます」

途切れそうになる声を、どうにか押し出した。



「できることがあるのに、それをただ黙って見過ごすなんて、私には絶対できない」



「……」

アランフォースは、何も答えない。



「…納得いきませんか?」


これを言ったら――


大鷹に乗って、去ってしまうかもしれない。


けれど。



「私のやっていることが、理解できませんか?」


呆れ果てて、顔も見たくないくらい嫌われてしまっていたなら。


もう、護る価値もないと思われていたら。



「これがアランフォースの思う護衛と違うのなら…もう、辞めてもらっても構いません」


彼は、本来の道に戻るべきだ。



「絶対に嫌です」


迷いのない言葉が返ってきた。



「あなたがどう思おうと、私は、あなたの専属護衛を辞める気はない」



「…っ」

堪えていた涙が、ぽたりと落ちた。



嬉しいはずなのに。


欲しかった言葉のはずなのに。



「…私は、これからもやり方を変える気はありません」

リリアンヌは涙を拭い、再びアランフォースを見上げた。



「止められても、絶対に止まりません」



「…ええ、分かっています」

アランフォースも、こちらから目を逸らさなかった。



「私も、変える気はありません」



「……」


じっと、見つめ合う。


ふいに、リリアンヌは口を開いた。



「あとひとつだけ、言わせてください」



「なんでしょうか」



「ここまで来てくれて…ありがとうございました」


道が違ったままでも。


嫌われてしまっても。


仕事だから、来てくれただけだとしても。



「アランフォースが駆けつけてくれたことが、とても嬉しい」



「当たり前でしょう」

アランフォースが、わずかに眉を寄せた。


やっと、表情が動いた。



「…ありがとうございます」

リリアンヌは、小さく微笑んだ。


今は――それだけでいい。



会話が途切れると、広間から微かに声が聞こえてきた。


もう、会議が始まっているのだろう。



「…それで、状況を教えていただけますか」



「…あ」


それは、そうだ。


アランフォースは、さっきまでセスランディアにいた。



「ええと…ここは、首都コウランです」



「ブライアン殿下から書状で、昨日までの流れを簡潔に教えていただいています」



「……」


それなら、病が流行っていたことも、白のちからを送ったことも知っているのだろう。


他に…何を伝えればいいのだろう。



「昨日、あなたが城下町で暴言を吐かれたことも、それでもまだ町へ行こうとしていることも伺っています」



「……」


簡潔に、とは一体。



「降伏することが、本日知らされたとも聞きました。今あなたが行けば、余計に混乱を起こします」



「…今日は、行きません」

リリアンヌは、大棟の向こうへ目を向けた。


町の喧噪が、ここまで風に乗ってきている。


制するような兵たちの声も聞こえる。



「…城内で、地下にいらした方たちの様子を見に行きたいです」



「地下にいらした方…?」



「城の地下にも、病に罹った方たちが集められていたのです」



「ですが、もうあなたが治されたのでしょう。わざわざ見に行く必要はありません」


ブライアンと同じようなことを言われてしまった。



「ショウレン陛下には、許可を取っています」

はっと、思い出して付け加えた。



「…要求ではなく、許可?」

アランフォースの眉が、ぴくりと動いた。



「はい…あ、あと、案内の方もつけてくださいました」


なんとなく、護衛と言うのを避けてしまった。



「先ほどの武官ですね。あなたへの護衛を申し出たと聞きました」



「……」


ブライアンは、随分と細かくアランフォースに伝えたみたいだ。



「…それなら、話は早いです」

リリアンヌは、ふいと視線を逸らした。


大棟の上で向きを変え、屋根の下へ目を落とす。



「戻って、ビッケとムーラオ武官長と合流します」


言い終わった途端、屋根の下からひょこっとビッケが顔を出した。



「もう会議が始まってるから、飛び降りてくるなよ?」



「じゃあ、どうすればいい?」


どこに飛び降りればいいのだろう。



「武官長と先に向かうから、しばらくしたら、城の入り口のところまで降りてきて」

ビッケはそう言うと、顔を引っ込めて姿を消した。



「…その方が目立ちそうだけれど」



「会議を中断させるなということでしょう」



「……」

リリアンヌは、ちらりとアランフォースを見上げた。



「…なんでしょうか」



「セスランディアの軍服を着て城内を歩いて…大丈夫でしょうか」


城の中にも、もう降伏のことは伝わっているはずだ。


そんなところをセスランディアの騎士が歩いていたら、騒ぎにならないだろうか。



「あなたたちがいることは知られているのですから、問題ないでしょう」

アランフォースは言いながら眉を寄せた。



「まさか、目立たないと思ってその格好をしていらっしゃるのですか」



「えっ…あ、いいえ。動きやすいからです」


そういえば、今日も何も言わず、武官のような格好にしてもらった。



「……」

アランフォースはじっと見つめたあと、諦めたように口を開いた。



「…いずれにせよ、十日もすれば、私と同じ格好の者たちがここへ大勢到着します」



「…!」

はっと、息を呑んだ。



「…伯父上たちも、いらっしゃるの?」



「陛下は、もちろんいらっしゃるでしょう。あなたの御父上と兄上は、分かりませんが」



「そう…」

リリアンヌは、静かに口を結んだ。



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