やってきた護衛
リリアンヌ視点
ビッケは見張り台の欄干に腰掛け、外を向いたまま目を瞑っていた。
その肩には、スノウがとまっている。
じっと見つめていると、眉間にぎゅっと皺が寄った。
「だから…そこにいられると、集中できないから」
「…スノウがちからを貸しても、集中しなきゃいけないの?」
リリアンヌは欄干に両手をつき、不思議そうに首を傾げた。
この間は、一緒に食事までできたのに。
「…できるかぎり、大鷹を早くこっちに戻したいから」
「でも…もう、書状は渡し終えたのでしょう?どっちからか、返事を貰ったの?」
「……」
ビッケが答えなくなってしまった。
「それにしても、リリアンヌ殿下。良かったですね」
広間から聞こえた声に、後ろを振り返った。
「ビッケ君のおかげで、思っていたよりずっと早く陛下へお知らせできました」
ネウロが柱に寄りかかり、優しく微笑んでいた。
「うん…まずはひとつ、解決したね」
「ひとつ?あなたは、ここへ何をしに来たのですか」
間髪入れずに、別の声が飛んできた。
「あなたがここへ来た目的は、もう果たしたはずです」
テーブルにつくルイージが、呆れたようにこちらを見ていた。
「……」
リリアンヌは、きゅっと口を引き結んだ。
「どうしてそんなに町へ行きたがるのですか」
「…きっと、まだ、みんな混乱しているから」
「混乱しているからこそ、行くべきではないだろう」
今度は、その隣のブライアンが諭すように言った。
「君は、受けなくてもいい非難を受けた」
「リリアンヌ殿。本当に、すまなかった」
上座に座るショウレンが、すぐに口を開いた。
後ろに立っていたムーラオも、合わせて頭を下げた。
「ショウレン陛下、もう謝らないでください」
リリアンヌは欄干から手を離し、慌てて広間へ戻った。
「それより…鷹を飛ばす許可をくださり、ありがとうございました」
大鷹を飛ばして、書状を送ろう。
今朝、ブライアンがそう提案してくれたおかげで、アッシカル領で待つレックスたちへも、すぐに知らせを届けられた。
ショウレンも、タッセント側へ届けることを条件に、すぐ許してくれた。
ビッケは答えてくれなかったけれど…何か、返事も受け取ったのだろうか。
ブライアンからは、送った内容を少し聞いただけだ。
それでも、タッセントが無条件降伏したことがこれで両陣営に伝わった。
もう――戦争は、止まった。
「それこそ、礼を言うのはこちらだ。おかげで、早馬が着く前に準備を進めることができる」
「早く、復興が進むといいですね」
ナブラン砦に、一体どれくらいのタッセント兵がいるかは分からない。
でも、彼らが町へ戻ってくれば、きっと少しは落ち着くはずだ。
「ブライアン王太子の言う通り、貴女はもう何もするべきではない」
ショウレンにまで止められてしまった。
「…では、城内はどうでしょうか?」
リリアンヌはおずおずと尋ねた。
「昨日も言った通り、貴女は、城内を自由に歩き回ってもらって構わない」
「いえ、そうではなくて…地下で、病に罹っていらっしゃった方たちの様子を見に行くことはできますか?」
「……」
ショウレンは答えず、ちらりとブライアンに視線を向けた。
ブライアンは、険しい表情のままだった。
「…不調の者が出たら君が行く。それでは駄目なのか?」
「…じっとしていられません」
「すでにじっとしていないだろう」
即座に返されてしまった。
「…実際に動けば、見えてくるものもあります」
リリアンヌは目を伏せ、ぽつりと答えた。
「…それは分かるが、ここはセスランディアではない」
「今は、国は関係ありません」
「関係ある。君はこの国の者にとって、敵だ。さらに今日の布告で、侵略者と見なされるだろう」
ショウレンがすぐ傍にいても、ブライアンは遠慮しなかった。
「私は、君がこれ以上傷つくことが嫌だ」
「…傷ついていません」
「そんな顔をして、傷ついていないとは言わせない」
ブライアンは、さらに眉を寄せた。
「君が、あんな言葉まで受け止める必要はない」
「そういう言葉を、私は聞き逃したくないんです」
リリアンヌは、まっすぐ言い切った。
「…!」
「苦しんだ人たちの声を聞き逃して…誰の顔も見ないで、ただ白のちからだけを送って…それでは、私はいつまでも変われない」
本当に――傷ついてなんか、いない。
悔しくないわけじゃない。
もっと早くタッセントへ来ていれば。
もっと早く、別の方法を選んでいれば。
どうしても、そんなことは考えてしまう。
亡くなった人たちのことを思えば、胸も痛む。
だけど――
ラジャタ村の時みたいに、泣いているだけでは駄目だ。
「…そこいらの為政者より、よほど立派だな」
「!」
リリアンヌは、ぱっと顔を上げた。
「貴女を、大いに読み間違えていた」
ショウレンが、まっすぐにこちらを見つめていた。
「今までの非礼を、許してくれないか」
「…私も、だいぶ勝手なことをしてしまいました」
気まずさを誤魔化すように、小さく笑った。
「それに…結局、私はみんながいないと、何もできません」
仲間たちを説得できなければ、諦めるしかない。
みんなが一緒でなければ、町へ行くことだってできない。
「貴女には心強い味方が多くいて、羨ましいな」
「…はい!」
嬉しくなって、大きく頷いた。
「…これは、止められませんねぇ」
「ん?」
リリアンヌは、きょとんと振り向いた。
ネウロは、ブライアンへ視線を向けていた。
「……」
テーブルに肘をつき、額に手を当てている。
「ブライアンが心配して言ってくれているのは、分かっています」
私が部屋で大人しくしていれば、こんなにも悩ませることはなかった。
「でも…やっぱり、じっとなんてしていられない」
「君は…今、挑もうとしているのだな?」
ブライアンが、そっと顔を上げた。
「…!そうです」
ラジャタ村で、釣りをしながら話したこと――
ブライアンも、覚えていてくれた。
「…説得する相手は、私ではない」
「…へ?」
間の抜けた声が漏れた。
「今日は、さすがに町に行かせることはできない。それは分かるな?」
「はい…」
明日なら、いいのだろうか。
「地下にいた者たちの様子を見たいというのなら、城の外へ出なければ構わない」
「…!」
「私たちは、これからここで会議だ。ネウロも、今日はついていけない」
ブライアンがすかさず付け加えた。
「また、ムーラオ武官長に案内をお願いできますか?」
リリアンヌは、すぐさまショウレンを振り返った。
「…貴女が必要とするなら、いつでもつけよう」
ショウレンは、二人のやり取りを不思議そうに見ていた。
「ありがとうございます」
「ただし、それは、君がこれから来る者を説得できたあとの話だ」
続けて飛んできた声に、ブライアンを見た。
「…誰のお話でしょう?」
「ショウレン陛下」
ブライアンは答えず、ショウレンへ向き直った。
「ひとつ、許可をいただけますか」
「なんだ」
「彼女の護衛を、もうひとり増やしたい」
「武官を増やした方がいいということか?」
「いいえ。ひとり、セスランディアより人を呼び寄せています」
「えっ?」
呼び寄せている――?
「…戻ってきた」
不意に聞こえた声に、見晴らし台を振り返った。
ビッケがいつの間にか欄干の内側へ戻り、空を見つめていた。
「もう戻ってきたんだね」
リリアンヌは見晴らし台に出て、ビッケの隣に並んだ。
「書状を届けてから、随分と早かったね」
「うん。スノウのおかげで、かなり飛ばせた」
ビッケはぶるっと頭を振り、額の汗を飛ばした。
「どっちからの返事を貰ったの?」
今なら、教えてくれるだろうか。
「…お前はさ、驚くほど鈍いよな」
「えっ、今?」
なんでこんなに呆れた顔を向けられているのだろう。
「ブライアンの話の流れで、分かるだろ」
「聞いてたの?」
「全部聞いてたよ」
「…あ」
そういえば、まだ話の途中だった。
広間へ目を戻すと、ブライアンが困ったようにこちらを見ていた。
「話の流れ…」
呼び寄せている――
セスランディアから、護衛を…
それなら、思い当たるのはひとりしかいない。
でも、一体どうやって――
「ピュー…イ」
微かな鳴き声が、耳に届いた。
「…!」
はっと、振り返る。
遠くの空に、大鷹の姿が見えた。
「…まさか」
「…挑むことには、危険がつきものなのだろう?」
背後から、どこか意地の悪い声が聞こえた。
「血濡れの若騎士か…!」
それまで黙っていたムーラオが、小さく声を上げた。
「……」
リリアンヌは喉を鳴らし、じっと目を凝らした。
大鷹が、すさまじい速さでこちらへ向かってくる。
あっという間に、その姿が大きくなった。
ぶわりと強い風が吹きつけ、髪が大きく乱れた。
風によろめきながら、視界を塞ぐ髪を手で払った。
その向こうで、大鷹がゆっくりと翼を羽ばたかせ、見晴らし台へ降りてくる。
その背に――見慣れた騎士がいた。
赤い髪を風になびかせた、最後に別れた時と同じ姿。
じっと、こちらを見ている。
「…っ」
考えるより先に、リリアンヌは床を蹴った。
同時に、アランフォースの姿も消えた。




