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セスランディア王国物語  作者: あきよし りん
第十七章/隣国タッセント
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覆される常識

レックス視点



「パルミア領から、支援物資が届きました」



「食糧か?」

ロデオがすぐさま反応した。



「ええ。主に小麦、豆類、芋です。今ある備蓄と合わせ、三日は持つかと」



「兵を回せ。すべて備蓄庫へ運び込ませろ」



「はっ」

騎士は一礼し、足早に部屋を出ていった。



「あと、三日分か…」



「尽きたら、手の空いている連中を狩りにでも出すか」

レックスは椅子に深く腰掛けたまま、事もなげに言った。



「兄上…冗談を言っている場合ではない」

ロデオは眉を寄せ、溜息を漏らした。



「兵たちの間にも、さすがに気の弛みが出始めている」



「近隣へ下げた兵と順次入れ替えろ。これ以上、弛ませるな」


開戦延期を受け入れて、二週間。


周辺の領へ兵を下げてもなお、アッシカルには二十万を超える兵が残っている。


だが、まだ動けない。



「…問題児二人は、大人しくしているのか」

レックスは、ふと尋ねた。



「謹慎させた方は、部屋で大人しく鍛錬をしているようです」

扉の脇に立つエドガーが、すぐに答えた。



「サイラス殿下は…今日も、見張り台の方にいらっしゃいます」



「…他に、すべきことがあるだろうに」

ロデオが、再び溜息をついた。



「見張り台にいても、リリィが帰ってくるわけでもないだろう…」

低く沈んだ声が落ちた。



この二週間――


リリアンヌたちの動きは、まるで掴めていない。



開戦延期を受け入れたあと、王都から早馬が駆けつけた。


リリアンヌ、ブライアン、ルイージが、王城から姿を消した。


捕まえに行ったアランフォースたちが戻り、キリ、ビッケ、ネウロも同行していることが確定した。



ルイージまで、タッセントに入ったか。


あいつの考えることなど、分かりきっている。


城に残って俺に殺されるくらいなら、リリアンヌの役に立って死ぬ方を選んだ。


揃いも揃って、馬鹿どもが――



廊下が、一気に騒がしくなった。



「…どの問題児が騒いでいる」

レックスは苛立たしげに呟いた。



「伯父上!父上!」

答えより前に、サイラスが飛び込んできた。



「どうした、二人目」



「そんな不名誉な呼び名は、やめてください!そんなことより!」

サイラスは扉を開けたまま、後ろを指さした。



「あの大鷹が、東の方角から飛んできています!」


言い終えるより早く、レックスは席を立っていた。


そのまま、足早に扉へ向かう。



「またナブラン砦に向かっているのか!?」

ロデオも席を立ち、あとを追った。



「まだ分かりません。兵たちには、死んでも目を離すなと指示をしてきました」

サイラスがロデオに並んで答えた。



「エドガー。一人目を見張り台へ呼んでおけ」



「分かりました」

エドガーは近くの兵士に伝言を託し、そのままレックスを追った。



足を緩めることなく、階段を上がっていく。


最上部の見張り台へ出ると、兵たちが一斉に姿勢を正した。



「陛下!」



「鷹は」



「まだ、遠くにおります」


兵士が指した先――


遥か東の空に、小さな黒い点が見えた。



「我々にも、ようやく見えるようになったところでして…」



「…お前には、あれが鷹だと分かるのか」



「ええ、先ほどよりもはっきりと分かります。あれは、先日と同じ大鷹です」

胸壁の上に登ったサイラスが、黒い点を見つめながら答えた。



「また、ナブラン砦の方角だな」

ロデオが目を細めて呟いた。



「…タッセント側も気付いたな」



「ええ。一気に騒がしくなっていますね」



「……」

二人の会話を半ば聞き流しながら、レックスは黒い点を見つめ続けた。



やがて、その輪郭がはっきりしてくる。


一羽か。


ならば、リリアンヌたちが乗っているわけではない。



あの大鷹に乗ってタッセントへ渡った。


問題児二人からそう聞かされた時は、さすがに笑うしかなかった。


空を飛ばれては、誰にも止められない。



一体、どこまでこちらの想定を外せば気が済むのか。


問題児どころの話ではない。


あいつは、異端児だ。



大鷹が、対岸に構えるナブラン砦の一角に舞い降りた。


誰かが近づいたのは、ここからでも分かる。



やがて大鷹は大きく羽ばたき、再び砦を飛び立った。


書状を渡し終えたのだろう。


砦の上空を、大きく旋回する。


そのまま――



「…あ?」


まっすぐ、こちらへ向かってくる。



「鷹が…」


「…こっちに来るぞ」


「また、なんだ…」


川縁にいる味方兵たちのどよめきが、見張り台まで届いた。



「…ここに、来る」

サイラスが、胸壁の上からひょいと下りた。


その間にも、大鷹はみるみる距離を詰めてくる。



「ひぇっ…」


「うわぁっ…」


周囲から、小さな悲鳴が漏れた。



「下がっていろ」


兵たちが退き、ロデオとサイラスが前に出た。



ばさりと大きな羽音が響き、強い風が見張り台を吹き抜けた。


大鷹が、先ほどまでサイラスの立っていた胸壁の上へ舞い降りた。



「ピューイ…」


その巨体には似つかわしくない、高い鳴き声が響く。


サイラスはすぐさま近づき、足に括りつけられたものを外した。



書状を外されると、大鷹は胸壁の上でひと跳ねし、タッセント側へ向き直った。


翼が揺れただけで、風が巻き起こる。



「陛下、どうぞ」



「……」

レックスは大鷹を見据えたまま、サイラスから差し出された書状を受け取った。


一拍遅れて、書面へ目を落とす。


字は、息子のものだ。



「兄上…一体、何と書いてあるんだ」

ロデオが、張り詰めた声で尋ねた。


レックスは黙ったまま、書状を読み進めていく。



「…陛下!」


鋭い声に、書状から目を上げた。


階段を駆け上がってきたアランフォースが、荒い息のまま見張り台へ姿を現した。



「…ご指名だ」

レックスはふっと笑い、書状と共に入っていた一枚を差し出した。



「……」

アランフォースは無言で受け取り、すぐさま文面へ目を走らせた。



「伯父上…!一体、何なのです…!」

今度は、サイラスが低く急かした。



「ピューイ…」


不意に、大鷹が翼を広げた。


大きく羽ばたくたび、強い風が吹きつける。



やがて、その足が胸壁を離れた。


その瞬間、人影が胸壁へ駆けていく。



「あっ、お前…!」


「止めなくていい」


咄嗟に踏み出したサイラスを、レックスは静かに止めた。



止めなくていい。


もう、いい。



まただ。


またあの異端児は、こちらの常識など平然と越えていく。


――やってくれたな。



胸壁まで駆けたアランフォースは、その勢いのまま跳躍し――


大鷹の背へ、躊躇いなく飛び移った。



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