苦渋の決断
ネウロ視点
「そちらもそちらで、大変だったみたいですねぇ」
ネウロは小さくこぼし、二人を見比べた。
「結局、間に合わなかった」
ブライアンが、苦々しく呟いた。
「我が国もなかなかですが…この国の老いぼれどもは、筋金入りですね。立場を、何も理解していない」
ルイージが、勢いよく酒をあおった。
相当、頭にきたようだ。
「明日は町に布告を出し、国中にも知らせるそうだ。無条件降伏することも、すべて公になる」
ブライアンが苛立たしげに続けた。
「そんな状態で、リリアンヌを町には出せない」
「そうですねぇ…さすがに、僕もやめた方がいいと思います」
「まさか…堂々とセスランディアの者だと名乗ってしまうとは」
ルイージが、重い溜息をついた。
「しかも、収容所の者が全員出ていくのを見届けたって? そこまでしてやる義理など、ないだろう」
「精霊の申し子に礼を言う者は…ひとりもいませんでした」
ネウロは、ぽつりと呟いた。
「それどころか、暴言を吐く奴がいるとはな。明日、ショウレンに苦情を申し立てる」
ブライアンは不機嫌そうに吐き捨てた。
「…ええ。頼みます」
町中が混乱していることは分かる。
彼女自身も、感謝など求めていないだろう。
だが、助けた本人を責めるのは話が違う。
「このまま味方の軍が来るまで、部屋でじっとしていてほしいところですが…無理でしょうね」
ルイージは酒瓶を掴むと、勢いよくグラスに酒を注いだ。
彼は、意外と酒飲みだ。
「アッシカル領からナブラン砦へ入り…そこから、さらに十日近くはかかる」
「それまで、お二人は会議に出続けなくてはいけないのでしょうか?」
ネウロはさりげなく尋ねた。
「レックスが来るまでに、話はある程度詰めておかないと…まずいだろうな」
ルイージが苦い顔で答えた。
「…できれば、穏便に済ませたいですねぇ」
レックスが、無条件降伏した相手にどこまで容赦するかは分からない。
あの大臣たちが余計なことを言えば、どうなることか。
「それから…お前も会議に出てほしい」
「僕にですか?」
ネウロは目を瞬かせ、聞き返した。
「お前がいれば、くだらない言い逃れに時間を取られずに済む」
ルイージが、うんざりとした顔で言った。
「無条件降伏が正式に決まった途端、今度は命乞いが始まった」
「ああ…まあ、想像はできます」
国が降れば、上に立つ者たちがただで済むとは限らない。
自分だけは関わっていないとでも、必死に言い張っているのだろう。
「つまり僕は、誰が本当のことを言っているのか、見極めればいいのですね?」
「それとも…リリアンヌ殿下に関わる話ではないから、参加したくないか?」
「いいえ。結局はすべて、リリアンヌ殿下に繋がる話でしょう。喜んで、このちからを使わせていただきますよ」
大いに関係がある。
この先、大臣たちの中から、彼女に直接助けを求める者が出るかもしれない。
それなら、今のうちに見極めておいた方がいい。
「ですが、そうなると…さすがにブライアン殿下には、リリアンヌ殿下のお傍にいていただかないと」
キリはそもそも、危険なこと以外は止めないし、
ビッケも、彼女についていくだけと決めたばかりだ。
ムーラオ武官長もよく護ってくれてはいるが、彼女の行動まで強く止める人ではないらしい。
あの三人だけだったら、今日だって、多くの死体が残る収容所の中まで入っていたかもしれない。
「会議にはブライアン殿下がいなければ、絶対に無理だ」
ルイージがすぐに首を振った。
「ですが、彼女まで会議に出すわけにはいきませんからねぇ…」
余計に拗れることは、目に見えている。
だからといって、部屋でじっとしているとも思えない。
せめて城内の様子を見たいとでも、言い出すのだろう。
どうしたことか――
「…人手を呼ぶか」
「人手?」
ネウロとルイージは、ぱっとブライアンへ顔を向けた。
ブライアンは苦い顔でしばらく考え込み、再び口を開いた。
「最強の護衛を、呼び寄せる」
「…ああ」
二人は、揃って納得したように頷いた。
「それは…また、思いきりますね」
思わず、苦笑がこぼれた。
「リリアンヌ殿下を、すぐに連れ帰ってしまう可能性はありませんか?」
「いや…タッセントが降伏する以上、それはもうしないでしょう」
ブライアンはルイージに答えると、静かに立ち上がった。
「まず、彼が協力してくれるか相談する必要がある。隣棟へ戻ります」
「え…あっ!呼び寄せるって、そういう…!?」
どうやら、ルイージはそこまで考えていなかったらしい。
「また明日、話します」
ブライアンはそれだけ言って、ルイージの部屋から出ていった。
「…俺は、数十分でも無理だったぞ」
「僕も、同じくです」
あの脱走劇を思い出して、また苦笑いが漏れた。
だが彼なら、何時間でも問題ないだろう。
彼が来れば…それはそれで、また問題が起きそうだ。
あの二人は一体、どんな顔で再会するのか――




