見えてきた惨状②
リリアンヌ視点
「うちの子は、まだ…!?」
「一体、どういう順番で出しているんだ?」
「母ちゃーん!」
「妹は、生きているの…!?」
町の方から来た町民たちは、足を止めることなく収容所の門へと近づいてきた。
「それ以上近づくな!」
「止まれ!」
門の外側にいた兵たちがすぐさま駆け寄り、槍を横にして町民たちの行く手を遮った。
「あ、あんたぁ!」
「おーい、俺は生きてるぞ!」
「早く出してくれぇ…!」
今度は、門の内側から声が上がった。
人々が一斉に木柵へ押し寄せる。
「下がれ!」
「押すな!危険だ!」
兵たちが必死に押し戻しても、次から次へと人が集まってくる。
太い木組みが、ぎしぎしと不気味に軋んだ。
「…私が、やり方を間違えたのですね」
ひとりずつゆっくり戻れば、こうなることは目に見えていたのに。
そんなことも、思いつけなかった。
「…いいえ、違います。騒ぎを鎮められない我々のせいです」
ムーラオはリリアンヌを庇うように片腕を広げ、じりじりと後ろへ下がった。
「…!待ってくれ!俺だけでも、出してくれ!」
次に控えていた男が、リリアンヌに向かって叫んだ。
「私だって、ちゃんと待ってるのに!」
「並んでいる人だけでも、お願い!」
その後ろに並んでいる人々も声を張り上げた。
あちこちから声が上がり、もう誰が何を言っているのかも分からない。
「…柵が壊れたら、君を連れて行く」
キリが、静かにリリアンヌの傍らへついた。
「…もう少し、待って」
リリアンヌは小さく囁くと、ちらりと肩に目を落とした。
「スノウ、手伝ってくれるかな?」
「ホ~!」
スノウは元気よく鳴くと、翼を広げてリリアンヌの肩から飛び立った。
「…!」
すぐ近くで上がっていた声が、ぴたりと止まる。
人々の視線が、一斉に空へ向いた。
スノウは大きく羽ばたきながら、ぐんぐんと空へ昇っていく。
その体が白い光に包まれ、見る間に大きくなっていった。
「なっ、なんだあれ…!?」
「あれ、昨日見たよ!」
「あれが…じゃあ、精霊!?」
「なんて神々しい…」
どよめきが広がる中、スノウはゆっくりと収容所の上を旋回した。
やがて大きく翼を羽ばたかせ、門の上へ降り立った。
リリアンヌもスノウを追うように、キリと共に門の上へ跳び上がった。
「ええっ!」
「はぁ?」
「なんだ、今の!?」
門の内外から、視線が一点に集まった。
リリアンヌは、ぱっと口元を覆う布を外した。
「不安な気持ちは、分かります…!」
辺りに、声が響く。
「本当に病が消えたのか、本当に収容所から出られるのか…不安な気持ちは、分かります!」
誰もが、呆然とこちらを見上げたままだ。
「必ず、病は消します!必ず、収容所から出られます!」
必死に、声を張り上げる。
「だから…私に、協力してください!」
「……」
門の内側も外側も、しんと静まり返った。
そこへ、馬の蹄の音が響いてきた。
「下がれ!」
「騒ぎを止めろ!」
町の方から、多くの武官たちが馬を走らせてくる。
武官たちは次々と馬から飛び降り、迷いなく門の内外へ分かれていった。
「列を乱すな」
「柵を壊すな。並べ」
「早く出てきてほしいなら、規律を守れ」
あっという間に、門の両側を武官たちが固める。
あれほど飛び交っていた怒号は、すっかり止んでいた。
「…スノウ、ありがとう」
リリアンヌは手を伸ばし、スノウの羽を優しく撫でた。
「ホ~」
スノウはみるみる元の大きさに戻り、リリアンヌの肩へ舞い降りた。
「キリも、ありがとう」
門の下へ着地すると、目の前に手が差し出された。
「できれば…勝手なことは、やめていただきたい」
ムーラオが、困った表情を浮かべていた。
「…ごめんなさい」
リリアンヌは小さく眉を下げ、その手を取った。
武官たちが加わってからは、いくつかの列に分けて確認を進めることになった。
大きな混乱もなく、人々を町へ送り出していく。
三千人近くが収容所を出た頃には、陽はとっくに暮れていた。
並んでいた列が終わると、門の内側から兵士が駆けてきた。
「収容所の中に、動けない者がまだ何名か残っています。ここへ運んできますか?」
「いいえ、私が中に入ります」
「リリアンヌ殿下、お待ちください」
歩き出したリリアンヌを、ネウロがすぐさま止めた。
「どうしたの?」
「中には、入るべきではありません」
「…でも、中にも白のちからを使わないと」
ここからでは、収容所がどこまで続いているのか分からない。
「もう、この辺りには何も残ってない」
「…え?」
リリアンヌは、きょとんとキリを見上げた。
「あ…確認してくれていたの?」
「そうだ。君がちからを使う必要はない」
キリは小さく頷いた。
「動けない者は、こちらで運び出します」
ムーラオはそう言って、すぐに兵士へ指示を出した。
兵士が、再び収容所の方へ向かっていく。
しばらくして、担架に乗せられた老人が運ばれてきた。
「痺れはなし…」
「病の症状はないが、弱っている」
療官たちはすぐに担架の傍へ集まり、老人の様子を確かめ始めた。
リリアンヌも、その後ろからそっと覗き込んだ。
「た、体調は、大丈夫です…ただ、ずっとろくに飲み食いをしていなかったので、力が入らなくて…」
「体が弱っているのは、白のちからでは治せないの…ごめんなさい」
リリアンヌは小さく謝ると、ちらりと振り向いた。
「あの、ムーラオ武官長。彼は、どこへ運ぶのでしょうか?」
「病でないのなら、療養所に運ばせます」
「そうですか…」
良かった。
収容所から出して終わりだったら、どうしようかと思った。
老人は担架に乗せられたまま、町の方へと運ばれていった。
「あああっ…!いやだぁ!母ちゃん…!」
「…!」
悲痛な叫び声が聞こえ、すぐに門へ視線を戻した。
「離せ…!母ちゃんを、こんなところに置いていけない!」
まだ若い女性が、兵たちに両腕を抱えられ、門の前まで連れてこられた。
「母ちゃん…!」
腕を離された途端、女性はその場へ崩れ落ちた。
療官たちは顔を見合わせ、何も言えずにいた。
「…体調は、大丈夫でしょうか?」
リリアンヌは、療官たちの間からそっと女性に尋ねた。
「…!」
女性は涙に濡れた目で、まっすぐリリアンヌを睨みつけた。
「どうして、もっと早く来てくれなかったの…!」
「……」
「おい、いい加減にしろ!」
「捕らえるぞ」
兵たちが再び腕を抱え、女性を無理やり立たせた。
「精霊の申し子だかなんだか知らないけど…っ!もっと、あんたが早く来てれば…!」
女性はその間も、リリアンヌから目を逸らさなかった。
「母ちゃんが死ぬことはなかった!こんな大勢が死ぬことはなかった!」
その叫びが、門の前に重く落ちた。
「…お前が今、どれほど理不尽なことを言っているか分かるか」
「ひっ…」
近づいたムーラオに、女性がびくりと肩を揺らした。
「この方は、我が国を救援するために来てくださった。助けが遅いなどと言う文句は、我々に言え」
ムーラオは周囲にも聞こえる声で、きっぱりと言い切った。
「亡くなった者たちの遺体については、今後の対応を改めて知らせる。体に問題がないのなら、今は家へ帰れ」
「っ…」
女性はそれ以上何も言わず、兵たちに抱えられたまま町の方へと戻っていった。
「大丈夫か…?」
後ろから、ビッケの気づかわしげな声が聞こえた。
「…うん、大丈夫」
「もしもの話をすれば、きりがありませんよ」
ネウロが、そっと囁いた。
「うん。そうだね」
「リリアンヌ殿…大変申し訳ありませんでした」
女性を目で追っていたムーラオが、静かに振り返った。
「いいえ、謝らないでください。私は、大丈夫です」
「…あと数人で終わります。そうしたら、馬で城までお送りします」
「ありがとうございます、ムーラオ武官長」
リリアンヌは、力なく微笑んだ。




