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セスランディア王国物語  作者: あきよし りん
第十七章/隣国タッセント
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見えてきた現状

リリアンヌ視点



城の裏手から延びる細い道をしばらく進むと、急に視界がひらけた。


その中央に、ぽつりと石造りの建物が佇んでいる。


小さな砦みたいだ。


窓は少なく、厚い石壁が四方を囲んでいる。


入り口には、重そうな扉が二重に設けられていた。



「念のため、これを」

入り口の前で、ムーラオがリリアンヌたちに布を差し出した。



「陛下の命により、昨日のうちに、中にあったものはすべて運び出しました」

ムーラオは布で鼻と口を覆うと、素早く頭の後ろで結んだ。



「運び出したものは、どうしたのですか?」

リリアンヌも、それを真似て口元を布で覆った。



「研究室の裏手にある畑で、すべて焼きました」

そう答えて、研究室の扉を開けた。



「どうぞ」


中には――何もなかった。


机も、棚も、道具もない。


ただ、牢屋のような小部屋が、いくつも並んでいる。


床には、黒ずんだ血の痕まで残っていた。



「…あまり、気分の良いところではありませんね」

ネウロが後ろで呟いた。



まるで、王城の地下のような場所だ。


研究室というより、実験場のようだった。



「ここでは、長年、毒の研究が行われてきました」

隣に並ぶムーラオが、静かに言った。



「病のもとが残っていないと分かり次第、この建物も取り壊す予定です」



「その方が、いいと思います」

リリアンヌは、こくりと頷いた。



「このまま、裏の畑までご案内します」


ムーラオは足を止めることなく廊下を進み、突き当たりの扉を開けた。


外へ出た途端、焦げ臭い空気が鼻を突いた。



目の前には、黒く焼けた畑が一面に広がっている。


草木はほとんど残っていない。


ところどころで、炭になった茎が地面から突き出していた。



「この畑では、毒に使う草を育てていました。こちらも、すべて焼き払っております」


畑の中央には、研究室から運び出したものが黒く焦げ、山のように積み重なっている。


焼けた草木の青臭さ。


肉の焦げたような臭い。


さらに、何かが腐ったような臭いまで入り混じっている。



「オレ、この匂い駄目だ…」

ビッケが小さく呻き、布の上から鼻を摘まんだ。



「…ビッケ、離れて待っていて」


獣人族の嗅覚は、とても鋭いはずだ。



「ううん、大丈夫…」



「…ごめんね。すぐ終わらせるから」

リリアンヌは小さく謝ると、再び畑へ顔を向けた。



「どうでしょう…まだ、危険なものは残っていますか」

ムーラオが、そっと尋ねた。



「それは、私にも分かりません」


さすがに、そこまで見分けることはできない。



「…そうですか」



「ですが、残っていたとしても、全部消します」

ゆっくりと、両手を広げた。


スノウのおかげで、体は驚くほど軽い。


ちからも十分に戻っている。



――毒も。


病を引き起こすものも。


ここに残っているものは――すべて、消し去る。



足元から、白い光が広がった。


黒く焼けた土を覆い、残骸の山を包んでいく。


光は、畑の端を越え、背後の研究室にまで達した。



「…!」

ムーラオが、わずかに身じろぎした。



やがて、辺りを満たしていた光がゆっくりと薄れた。


焼け焦げた土へ、残骸へ――吸い込まれるように染み込んでいく。



すべての光が、消えた。



景色は、何も変わっていない。


黒く焼けた畑も、積み重なった残骸もそのままだ。


ただ、焦げた臭いだけが残っていた。



「…ふぅっ」

リリアンヌは、小さく息を吐いた。



「…キリ!」



「ここだ」

キリが、リリアンヌの背後に現れた。



「!」



「あっ…彼は、私の護衛です」

リリアンヌは、はっとムーラオに言い添えた。



「…エルフの方が護衛についていることは、陛下から伺っております」

ムーラオはキリに目を向けたまま、そっと剣の柄から手を離した。



「どうした」



「キリ…この辺りの毒は、消えたかな?」


キリは、ラジャタ村でも神経毒が消えたことに気付いていた。


もしかしたら、ここの毒や病のことも分かるかもしれない。



「……」

キリは答えず、静かに目を凝らした。


しばらくの間、微動だにしない。


やがて、ゆっくりとこちらを向いた。



「この辺りには、ない」



「この辺りにはってことは…まだ、残っているところがあるの?」



「分からない。もう少し近づかないと、探せない」



「分かった。ありがとう、キリ」



「残っていたら、知らせる」

そう言い残し、キリはふっと姿を消した。



「エルフの方の護衛は…独特ですね」

ムーラオが、研究室の上の方へ視線を向けて呟いた。


きっと、そちらへ向かったのだろう。



「ムーラオ武官長…驚かせてしまって、ごめんなさい」



「いえ。もう分かりましたので、次は大丈夫です」

ムーラオは何事もなかったように答えた。


…やっぱり、この人も相当強そうだ。


本当に、ショウレンの傍にいなくていいのだろうか。



「このあとは、収容所へ向かわれますか?」



「…はい。案内をお願いしてもいいでしょうか?」


ショウレンには、申し訳ないけれど。


もう少しだけ、一緒に来てもらおう。



研究室をあとにし、ムーラオの案内で城の裏手を回っていく。


城下町へ繋がる門が見えてきた。



「ムーラオ様だ!!」


「武官長が来たぞ!」


門へ近づいた途端、いくつもの声が飛んできた。


その前には、大勢の町民たちが押しかけている。


初日にはあんなに静かだった町が、今は喧騒に包まれていた。



「…少しお待ちを」

ムーラオはリリアンヌたちを残し、ひとり町民たちの方へ進んでいった。



「ムーラオ様!一体、何が起こっているんです?」


「収容所の者たちがみんな治ったって、本当ですか!?」


「家族は、まだ戻ってこないの?」


「戦争は、どうなったのですか!」



「静まれ!」


ムーラオの一喝に、辺りが一瞬で静まり返った。



「今なお収容所にいる者たちが戻れるよう、我々は動いている」

よく響く声で、不安そうな町民たちへ言葉を続けた。



「病が治ったことも、戦のことも、必ず改めて知らせる。今しばらく、待て」



「これだけは、教えて…!」

ひとりの町民が、声を上げた。



「精霊の申し子って…一体、誰なんですか!?」



「……」

ムーラオは、答えなかった。



「昨日の、大きな鳥と何か関係があるのですか!?」


「病どころか…オレ、切っちまった指が生えたんだ!」


「私たちは、白のちからを貰ってしまったの!?」


再び、辺りが騒がしくなった。



「…っ…エルフ」



「…!」


兵士の小さな声に、リリアンヌはそちらを見た。


いつの間にか、隣にキリが並んでいる。



「あとで、ブライアン殿下に怒られますねぇ」


「それどころの問題じゃないだろ」


ネウロとビッケも囁きながら、リリアンヌのすぐ後ろに並んだ。



「…ありがとう」

リリアンヌは小さく言うと、まっすぐ前を見据えた。


三人と共に、ムーラオのもとへ進んでいく。



「…!?誰?」


「武官…ではないよな」


「なんだ、あの耳は…!」


「まさか、エルフ?」


「噂に聞く獣人族か!?」


町民たちの間に、どよめきが広がった。



「リリアンヌ殿…!今は危険です」

ムーラオが身を寄せ、小声で制した。



「余計なことは、言いませんので」



「そうではなく…」



「大丈夫です」

リリアンヌはそう言うと、町民たちの前へ一歩進み出た。


集まる視線を受け止め、口を開く。



「私は、セスランディア王国のリリアンヌ・エラドリオールと申します」



「セスランディア…!?」


「エラドリオール…!まさか、あの破壊王と同じ…?」


「どうして、敵国の人間がこんなところに!?」


「もう侵略してきたのか?」



「私は、この病を終わらせるために、収容所へ向かうつもりです」

騒ぎが続く中、リリアンヌは声を張り上げた。



「少しでも早く、ご家族を皆様のもとへお返しするために――どうか、道を開けていただけませんか?」



「じゃあ…あの人が、精霊の申し子?」


「敵に…治してもらったの?」


「オレらを治して…何の得があるんだ?」


町民たちのざわめきは、収まらない。



「人を助けるのに…敵も味方も、ありません」

リリアンヌは、ぎゅっと拳を握りしめた。


そんなこと――今は、関係ない。



「白のちからを使うことは、ショウレン陛下より許可をいただいております」


その言葉に、町民たちがはっと息を呑んだ。



「まだ――私を、止めますか?」



「……」


町民たちは、ゆっくりと左右に分かれた。


人垣の間に、一本の道が開く。



「…こちらへ」


ムーラオが先頭に立ち、その道を歩き出した。


静まり返った人垣の間を、黙って進んでいく。



「…肩の、鳥は?」


すぐ脇から、幼い声が聞こえた。


顔を向けると、ひとりの少年と目が合った。



「…あ」

少年は、びくりと肩をすくませた。



「精霊のスノウって言うの」

リリアンヌはスノウに触れ、愛おしそうに撫でた。



「この子が昨日、頑張ってみんなに白のちからを送ったの」

目を細め、少年へ微笑んだ。



「…!」


「あれは、精霊だったのか…!」


「光っているぞ…」


「加護を貰った少女の話を、聞いたことがあったな」


町民たちの囁きを背に、一行はゆっくりと人垣を抜けた。



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