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セスランディア王国物語  作者: あきよし りん
第十七章/隣国タッセント
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一変する状況①

リリアンヌ視点



結局、その日のうちにハラから呼び出されることはなかった。



「リリアンヌ様…!」


翌朝、いつもの使用人たちが、慌ただしく部屋に駆け込んできた。



「ど、どうしたの?」



「や、病を消し去ったって、本当ですか!?」


「みんな治ったって、大騒ぎです…!」


「一体、何をなさったのです?」


三人が、一斉に声を上げた。



「…三人は、大丈夫?」



「私たちはもともと、なんともありません!」

ツォンが首を振りながら答えた。



「城下町の人たちも治したって、ほ、ほ、本当ですか…?」

ヤオが、震える声で尋ねた。



「うん。もう、大丈夫」


ネウロにはあのあとも、もう少し頑張ってもらった。


収容所も城の地下も、病で苦しむ人は、もういないという。



スノウは本当に、コウラン中に白のちからを送ってみせた。



「じゃあ…もう、病に怯えなくていい…?」


「と、父さんも、無事…?」


「はぁぁ…」


三人が、それぞれ肩の力を抜いた。



「必ず、この病を終わらせてみせるからね。収容所の方にも、行こうと思っているの」



「…あっ、大変失礼いたしました」

しっかり者のラーラが、はっと姿勢を正した。



「リリアンヌ様、陛下がお呼びでございます」



「えっ」


何かあったのだろうか。



「ご準備が整いましたら、昨日の広間へお越しいただきたいとの仰せです」



「分かりました。支度の手伝いをお願いできる?」



「ええ、もちろんです。本日は、どちらの衣装を着られますか?」



「…今日は、これじゃ駄目かな?」

リリアンヌは、自前の旅装束を広げてみせた。



「きっと、たくさん動き回るから…」



「…それを召して行かれたら、我々が叱られます」

ラーラが、困ったように眉を下げた。



「そう…だよね」


城内を、異国の格好をしてうろうろするのは、よろしくないだろう。



「動きやすい格好なら、いいのですね…!?」

ヤオが、ぱんっと両手を叩いた。



「うん。できれば、走り回れるような…」



「では、ブライアン様とお揃いにしましょう」



「えっ?」



「ヤオ、あんたね…」



「でも、これなら走ることもできるでしょう?」

ヤオが、衣装の間から黒い一着を引き出した。



「きっと、こういう装いもリリアンヌ様ならお似合いのはずです!」


使用人たちが着せてくれたのは、ブライアンと同じ、武官のような衣装だった。


黒を基調とした衣に、金糸の刺繍が細やかに施されている。


華やかなのに、どこか凛々しい。



「すごい…!動きやすいわ」



「本当に、なんでもお似合いですね」

ツォンが、ふふっと言った。



「ありがとう…!」


これなら、帯にナイフも差せる。


わざわざ衣装の下に隠す必要もない。



「あら、綺麗な飾りですね」

ラーラが、腰元のナイフへ目を留めた。



「お気に入りなの」

リリアンヌは嬉しそうに、鞘から下がる飾りを指先で揺らした。


石同士が、かちりと小さな音を立てた。



「髪は、ひとつに結っておきますね」


後ろでひとつに結んでもらい、装飾は最低限にしてもらった。


部屋の外へ出ると、ブライアンとビッケが振り返り、驚いた表情を浮かべた。



「お前、その格好…」



「えへ…格好良いでしょう?」

ビッケの前で、両手を広げてみせた。



「…君が何をする気か、手に取るように分かるな」

ブライアンが、苦い顔で呟いた。



「外で、ルイージ宰相とネウロも待っている。行こうか」



「はい。ビッケも、一緒に行こう」



「…オレもいいのかな」



「だって、今日はもう、かしこまった席じゃないでしょう…?」

リリアンヌは、ちらりと使用人たちへ目を向けた。



「陛下は、皆様をお呼びです」

ラーラがすぐに答えた。



「エルフの方は…」

ヤオが、期待を込めた目で辺りを見渡した。



「ええと…彼は、どこかで合流するかな?」


…きっと、広間に着いても合流しないだろう。



五人で見晴らし台のある広間へ向かうと、すでにショウレンとハラが座って待っていた。


ショウレンの後ろには、自分とよく似た黒い武官装束の男性が立っている。


かなり大柄で、アランフォースと並んでもいい勝負かもしれない。


目が合うと、わずかに頭を下げた。



「座ってくれ」

ショウレンに促され、それぞれ椅子へ腰を下ろした。



「…また、エルフがいないようだが」



「近くには、います」

今度は、正直に言った。



「…まあ、いい。…精霊は、元の大きさに戻ったんだな」



「はい。あのあと、部屋へ戻る途中で帰ってきました」


戻ってきた時には、すでにいつも通りの大きさだった。



肩に乗るスノウを、優しく撫でる。


何度褒めても足りないくらい、本当に頑張ってくれた。



「ホ~」

スノウが嬉しそうに鳴いた。



「リリアンヌ殿。本当に…ありがとうございました」

ハラが立ち上がり、深く頭を下げた。



「城の地下で療養していた者たちは皆、病の症状が治まっておりました」



「本当…?良かった」

ほっと、息を吐いた。



「あの…念のため、収容所の方も確かめに行きたいのですが――」



「その前に、お前にはやってもらうことがある」


すぐに言葉を遮られた。



「あなたも、やることがあるでしょう」

ハラが、ショウレンを鋭く睨みつけた。



「…そうだな」

ショウレンは小さく息を吐き、静かに席を立った。



「リリアンヌ殿。民を治してくれたこと…まず、礼を言う」


言い切ると――深く頭を下げた。



「あっ、頭を上げてください」

リリアンヌは、慌てて止めた。



「一体…どうしたのですか?」


昨日は、あんなに怒っていたのに。



「俺が意地を張っていた。すまない」

ショウレンは顔を上げ、あっさりと言った。



「ええっ…?」

思わず、視線でブライアンに助けを求めた。



「……」

ブライアンは、探るようにじっとショウレンを見ていた。



「もう、駆け引きするのが阿呆らしくなってな」

ショウレンは小さく肩をすくめ、再び腰を下ろした。



「それは困ります」

ルイージが、鋭く口を挟んだ。



「これから我々と、交渉をしてもらう必要があります」


そうだ。


どうにかして、ここから戦争を止めさせなくてはいけない。



ショウレンに、動じた様子はない。


わずかな間を置き、静かに口を開いた。



「タッセントは、無条件降伏する」



「…は?」

ルイージが、間の抜けた声を漏らした。



「…ひゅう」

ネウロが、小さく口笛を吹いた。



「…今の発言は、冗談では済まされませんよ」

ブライアンが、低く念を押した。



「分かっている。王として、約束する」

ショウレンは、迷いなく答えた。



「あの…無条件降伏って…?」

リリアンヌは、困惑しながら四人を見比べた。


言葉自体は、聞いたことがある。


けれど、どういう意味なのかまでは、よく分かっていない。



「…一切の条件をつけず、相手に降(くだ)るということだ」

ブライアンがショウレンを見つめたまま答えた。



「つまり…この国の処遇を、すべてこちらに委ねるとおっしゃっているのです」

ルイージが補足するように言った。



「は…え、ええっ…?」

リリアンヌは、ぎょっとしてショウレンを振り返った。



「ほっ、本当に、どうしちゃったのですか…?」


信じられない。


あれほど譲ろうとしなかったのに。



「正直、戦争をしている場合ではない。ナブラン砦の兵たちも、コウランの復興に充てたい」



「そ、それは、賛成です。ですが、無条件降伏だなんて――」



「待て、リリアンヌ」

横から伸びてきた手に、口を塞がれた。



「ん、むむ…」



「それだけではないのでしょう」

リリアンヌの口を押さえたまま、ブライアンが鋭く尋ねた。



「無条件と言いながら、我々に何を求めるつもりでしょうか」



「研究室に残る毒も、病を生むものも、すべて消し去ってほしい」

ショウレンは即座に答えた。



「研究は、終わりだ」



「…そんなこと、無条件降伏しなくても――んむっ」

一瞬緩んだ手が、再び口を塞ぐ。



「頼むから、今は黙っていてくれ」



「そうですよ、リリアンヌ殿下。ここから先は、我々にお任せください」

ルイージまで、静かに言い添えた。



「あとは、そうだな…これから来る大臣たちにも、話をしてもらいたい」

ショウレンは構わず、淡々と続けた。



「タッセントの重臣たちだ。私の決定に、納得していない者も多い」



「反対されたからといって、先ほどの発言を撤回することは許されませんよ」

ルイージが、低い声で釘を刺した。



「そのつもりはない。国としての決定は、俺が下す」

ショウレンはきっぱりと言い切った。



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