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セスランディア王国物語  作者: あきよし りん
第十七章/隣国タッセント
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とまらない奇跡

とある隣国の民が見たもの



収容所には、死を待つ者たちが所狭しと寝かされていた。



症状が出れば――確実に、死ぬ。


どうせ死ぬのに、なぜ自分たちはここで寝かされているのだろう。


なぜ、毎日食事が配られるのだろう。



そもそも――


なぜ、こんな病が流行ったのか。



今の王の代になってから、初めての流行り病だ。


コウラン城のどこかでは、今も毒の研究が続けられている――そんな噂は、消えかかっていたのに。



「お母さん…頭が、痛い」

少女が、苦しげに呟いた。



「体が、あついよ」

もう体中の肌が紫に変色し、濁った目が、つらそうに揺れていた。



「…お母さんが、傍にいるから」

母親が、少女をそっと抱き寄せた。


少女を抱くその腕もまた、紫に変色していた。



「あ、あ、あ、あ…」


別のところでは、老人がふらふらと徘徊している。



「…あれは、末期の症状だね」

誰かが、呟いた。



「もう、一日も持たんだろ」

また、別の誰かが言った。



長い者なら、数か月は生きる。


だが早ければ、一週間ほどで死ぬ。



今のところ、症状が良くなった者はいない。


薬もない。


自分たちのところに白の使い手が来ることは、あり得ない。



何もできない。


発症した時点で、未来がない。



この収容所の中で、ただ死を待つのみ――


それならいっそ、さっさと命を絶ってしまった方がいい。


そう思うのに、それを選べない。



きっと、王が何か考えてくれている。


誰か、我々を助けてくれる。


きっと――



ふいに、視界いっぱいに白い光が舞い降りてきた。



「…?」


気力の残っている者たちが、一斉に顔を上げた。



雪…なわけがない。


埃…にしては、あまりにも眩い。


光の粒は、音もなく降り続ける。



肌に触れたそばから消え――


やがて、体の中へと溶け込んでいった。



体が――温かい。


胸の奥に、小さな灯がともったようだ。


そこからゆっくりと、穏やかな何かが全身へ広がっていく。



知らない感覚のはずなのに――


なぜか、ひどく懐かしい。



「…あれぇっ!?」


大きな声に、周りの者たちがそちらへ顔を向ける。


母親に抱きしめられていた少女が、体を起こしていた。



「見て…!体が、動く!」

少女はふらつきながらも、自分の足で立ち上がった。



「あ、あらっ…」

母親も戸惑ったように、自分の腕を見つめた。


二人とも――肌の色が、戻っている。



「…はっ!儂は一体、何を…」

徘徊していた老人が、不意に足を止めた。



「なんだ…?」


近くにいた者が、自分の腕に触れた。


またひとり、恐る恐る体を起こす。


それを見た者たちも、次々と自分の体を確かめ始めた。



「…痺れが消えてる」


「は、肌が…」


「うそ…戻ってる…」


ざわめきが、少しずつ広がっていく。


誰もが信じられないように、自分の手を、足を、互いの顔を見つめていた。



「…治った」


誰かが、ぽつりと呟いた。


一瞬、辺りが静まり返る。



「治ってる!」


「治ったんだ…!」


次の瞬間――歓声が、収容所中に弾けた。



「一体、何の騒ぎだ!?」


「騒ぐな!」


布で口元を塞ぐ兵たちが、収容所内に駆け込んできた。



「治った…!治ったんだ!」


「兵士さん、みんな、治ったんです!」



「はぁ…!?」


兵たちは、揃って呆気に取られた顔をした。



「足に、力が入らない…」


なかには、足腰が弱ってしまった者もいる。



「治ったから、家に帰してくれ!」


「早く、母ちゃんに会いに行かせて!」


「兵に取られた息子は、どうなったの!?」


動ける者たちは、一気に収容所の入り口へ押しかけた。



「まっ、待て!まだ、何も国から通達は来ていない!」


兵たちは慌てて入り口を塞ぎ、押し寄せる人々を食い止めた。



「そんなこと、知るか!」


「治ったなら、戻るぞ!」


「早く、ここから出せ!」


それでも、人々の勢いは収まらない。


このまま、入り口は打ち破られる――



「落ち着け!」


兵たちの向こうから、屈強な男たちが現れた。


国の精鋭――武官だ。



武官たちは皆、病に倒れたと聞いていた。


だが、目の前の男たちに弱った様子はない。


とても、自分たちと同じ病に苦しんでいたとは思えなかった。



「必ず、お前たちを家へ帰す!だが、今は待て!ここを出れば、再び病に侵されるかもしれない!」

武官の声が、収容所中に響き渡った。



再び――その言葉に、どきりと心臓が跳ねる。


もう二度と、あんな苦しみを味わうのは嫌だ。



「…今、さるお方が、この病のもとを断つために動いてくださっている!」


…さるお方?


誰だ?



「お前たちも、この病が二度と広がらぬことを望むだろう!」

武官の言葉に、人々が深く頷いた。


自分がまた罹るのも嫌だ。


町に残した家族が同じ目に遭うのは、もっと嫌だった。



「ならば、協力してくれ!今しばらく、ここに留まってほしい!」


人々の間に広がっていた騒ぎが、少しずつ収まっていく。


やはり王は、自分たちを見捨ててはいなかった。



だが…さるお方――とは?


まさか…自分たちが治ったのも、その誰かのおかげなのか。


一体、誰がこんな奇跡を…?



ざわめきの合間を縫って、ひとつの言葉が耳に届いた。



「…精霊の申し子が」


精霊の申し子――


その名が、初めてタッセントの民に届いた瞬間だった。



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