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セスランディア王国物語  作者: あきよし りん
第十七章/隣国タッセント
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たたみかける奇跡

ショウレン視点



「…陛下!」


城の地下に足を踏み入れるなり、屈強な男たちが一斉にショウレンの前へ集まった。



「お前たち…」

ショウレンは、それ以上の言葉を呑み込んだ。



変紫病が発症し、死を待つのみだった武官たち――


病の影を色濃く残す者もいる。


それでも皆、背筋を伸ばし、武官としての姿を崩してはいなかった。



「陛下…何があったのか、お教えいただけますか」

ひとりの武官が、一歩前へ進み出た。


その後ろには、他の武官たちが静かに控えている。


武官長のムーラオが先頭に立つこの並びが、ひどく懐かしい。


別れの挨拶を交わしてから、一か月。


彼らはずっと、ここで耐えていたのか。



「…彼女のことを伝えるべきです」

ハラが後ろから囁いた。



「…分かっている」


隠したところで、いずれ露見する。


リリアンヌの功績を、こちらのものとすることもできない。



「…隣国より、白の使い手が救援に訪れた。その者により、城下町中に白のちからが送られたはずだ」



「…!」


いつも冷静な武官たちが、はっと目を見開いた。



「私はこれから、状況を確かめねばならない」



「ご命令を。すぐにでも動けます」

ムーラオが敬礼し、他の者もそれに続いた。



「…お前たちは、症状が消えたばかりだろう。無理をするな」



「いいえ。体調は、すこぶる良好です」


先ほどまで死を待っていたとは思えないほど、いつも通り精悍な顔つきだった。



「…半数は、収容所へ向かえ。民が混乱しているはずだ。騒ぎを鎮め、勝手に外へ出ぬよう伝えろ」


もし、本当に全員が治っているのなら――


突然病から解放された民が、一斉に外へ出ようとするかもしれない。


騒ぎが大きくなれば、見張りの兵だけでは抑えきれないだろう。



「残る半数は、城内を鎮めろ」


症状が消えた知らせは、すでに城内を駆け巡っているはずだ。


文官たちも、事態を呑み込めずにいるだろう。



「はっ!」

武官たちが、一斉に動き出す。


やはり、兵士とは違う。


彼らが戻っただけで、ようやく足場が固まった気がした。



「私は、護衛に戻ります」

ムーラオは当然のように、ショウレンの後ろについた。



「ムーラオ武官長がそこにいるだけで…落ち着きますね」

ハラが、安堵したように目を細めた。



「…まずは、妻たちだ」

ショウレンは短く言うと、地下の奥へ進んでいった。



廊下の両脇には、かつて王族や高官の幽閉に使われていた部屋が並んでいる。


以前来た時には固く閉ざされていた木扉も、今はすべて開け放たれていた。


しばらく進むと、廊下に集まっていた老人たちが一斉に振り向いた。



「陛下…!」


「一体、何が!?」


「なぜ治ったのでしょう…!」



「……」


老臣ども――こいつらまで、無事だったか。



「…話はあとでまとめてする。動ける者は、いつもの広間で待っていろ」

ショウレンは足を止めないまま、低く告げた。



「本当に、精霊の申し子を呼んだのでしょうか…!」

背後から、老人のひとりが声を上げた。



「そうだ。彼女が治した」

振り返ることなく答え、そのまま先へ進む。



「敵国に救助を求めるなど…!」


「もちろん、先に条件を突きつけたのでしょうな!」


「戦争は、どうなったのです!?」


次々と声が背中に浴びせられる。



本当に、うるさい老いぼれどもだ。


死にたくないと喚いていたくせに、助かった途端、これか。


…いや、俺も同じか。


リリアンヌに向けた言葉を思えば、こいつらを笑えたものではない。



やがて、目的の場所へ近づいた。


その手前の廊下で、何人もの女たちが身を寄せ合っている。



「ファオラ…!」

ハラが、ショウレンを追い越して駆けていく。



「あなた…!」

呼び声に振り向いた女が、驚いたように目を見開いた。



「無事だったか…!」

そのまま勢いよく、ファオラを抱きしめた。



「あっ、あなた…!人前ですよ」

ファオラが慌てて背を叩いた。


それでもハラは、腕を緩めなかった。


肩が震え、押し殺した嗚咽が漏れていた。


その傍らでは、身を寄せ合っていた女たちが、ショウレンへ頭を下げた。



「緊急時だ。挨拶は要らない」

ショウレンは、すぐにそれを制した。



「…陛下、何があったのでしょう」

ひとりが、おそるおそる顔を上げた。


確か、第二王妃付きの侍女だ。



「…私から説明します」

ハラが、ようやくファオラから体を離した。



「陛下は、すぐクリョ王妃のもとへお向かいください」



「…お前に任せる」

それだけ言い、すぐに背を向けた。


脇目も振らず、廊下の奥へ向かう。


やがて、一番奥にある頑丈な扉の前で立ち止まった。



「…お前はここで待て」

ムーラオに言い残し、ショウレンはひとり、扉の向こうへ入っていった。



「…陛下!」

すぐに、明るい声が飛んできた。



部屋の中央に――愛する者が立っていた。


クリョは何事もなかったかのように、自分へ笑いかけている。



「陛下、見てください…!治ったの」

嬉しそうに、くるりとその場で回ってみせた。



「…っ」


ショウレンはふらりと歩み寄り――



「…クリョ!」


その体を、力いっぱい抱きしめた。



「わわっ…」

勢いに押され、二人揃って床へ崩れ落ちる。


それでもショウレンは構わず、その体を抱きしめ続けた。



「よく…生きていてくれた…!」



「言ったでしょう?陛下のもとに戻ってきます、って」

クリョはふふっと笑い、ショウレンの背を優しく撫でた。



「頑張ってずっとご飯も食べていたから…体も、元気!」



「お前は、本当に…っ」


本当に――


リリアンヌは、すべて取り戻してしまった。



「…ああ、幸せだなぁ」

嬉しそうな声が、そっと耳元に落ちた。



「何があったか分からないけれど…また、陛下とこうして一緒にいられるから」



「…そうだな」


クリョを最後に見たのは、ナブラン砦へ向かう前日だった。


小刻みに震える手を振り、笑顔で自分を見送った。


もう、二度と会えないものと思っていた。



「陛下の方が、病人みたいです」

クリョは、そっとショウレンの顔を両手で包んだ。



「こんなに深い隈ができて、ちゃんと寝ているのですか?」



「…俺は元気だ」



「少し眠っていかれますか?ちょうどここに、寝台があります」



「…それどころではない」

ふっと、笑みがこぼれた。



「陛下の難しいお仕事のことは、よく分かりませんが…」

クリョは、心配そうに顔を覗き込んだ。



「つらい時は、素直につらいと言ってくださいね?」



『助けてほしいのなら、助けてとだけ言ってください…!』



彼女たちの世界は――単純で、明快。



つらいと口にすることも、助けを求めることも。


俺には、ずっとできなかった。



いくつもの言葉を呑み込み、いくつもの理由を重ねてきた。


王とは、そういうものだと思っていた。



だが――


もっと、単純で良かったのかもしれない。



今はただ、彼女たちの言葉がやけに胸に沁みた。



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