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セスランディア王国物語  作者: あきよし りん
第十七章/隣国タッセント
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舞い降りた奇跡

ショウレン視点



『どうして民が苦しんでいるのに、平然としているのですか…!』


『何のための王ですか!』



…ふざけるな。


俺がどれだけ、国のために力を尽くしてきたと思っている。


責任を負ったこともないような小娘に、何が分かると言う。



十六年前――王位を継いだ時。


本当は、毒の研究などすべて止めたかった。


そんなものに金を費やすくらいなら、疲弊した国を立て直したかった。



父がなぜ、セスランディアに干渉し続けたのかも理解できない。


あの大国が本気になれば、こんな国など簡単に潰される。


そんなことは、分かりきっていた。


だが、国を腐らせてきた古参どもが、それを許さなかった。



――より強力な毒が完成すれば、セスランディアとて恐れるに足りません


――これは、歴代の王が受け継いでこられた研究。陛下の代で途絶えさせるわけには参りませぬ


――陛下はどうぞ、国の立て直しにご専念ください



どうしても、研究を止めることができなかった。


結果が、これだ。



初めて変紫病に罹った者が現れてから、少しずつ死者が増えていった。


不気味な病だった。



白のちからでも、病は癒せなかった。


薬も効かない。


どうすれば罹るのかさえ、分からない。


それなのに病は収まる気配もなく、日ごとに町から人が消えていった。



――精霊の申し子の話を、ご存じですか?



ふと、その言葉を思い出した。


精霊の加護を持つ、最強の白の使い手。


困窮する者を見捨てず、見返りすら求めずに民を救う、セスランディアの英雄。


あまりにも都合のいい存在だった。



他に手などない。


わずかな望みをかけ、リリアンヌを招いた。



だが――すぐに断られた。


そこで、俺は間違えた。



リリアンヌを寄こさぬのなら、セスランディア内に毒を撒く――そう脅した。


父が、幾度となく使ってきた手だった。


古参どもも、そうすれば向こうは折れると言った。


俺は、その言葉に従った。



まさか――


レックス王が、戦争を選ぶとは思わなかった。



そのあとだ。


変紫病が一気に広がり、瞬く間に大勢が死んだ。


八人いた白の使い手も、六人が病に罹り、死んだ。


そんな状況で、戦争などできるわけがない。



勝ち目など、初めからない。


それでも――降伏だけは、選べなかった。



そんな時に、今度はリリアンヌの方から、密かにタッセントへ入りたいと言ってきた。


迷うことなく、その話に飛びついた。



だが――


冷静になるにつれ、疑念が湧いた。



なぜ、自国の王に背いてまでここへ来る。


裏では、通じているのではないか。


すでにこちらの窮状を知り、何かを要求するために来たのではないか。


それとも――ただの馬鹿なのか。



こちらから頭を下げるつもりはなかった。


なぜ、ここへ来たのか。


必ず暴いてやる。



そして、二日目には――


ただの馬鹿なのだと、結論づけた。



ブライアンやルイージがいなければ、ろくに口も開けない箱入り娘。


精霊の加護を持ち、エルフや獣人族の少年を従えていることだけは本当らしい。


だが、噂に聞くような英雄だとは、到底思えなかった。



今日の会談で、噂がどこまで真実なのか。


少し、試してやろう。


…その、はずだった。



だが――なんだ、これは。



護衛につけた兵は、あっさり倒された。


城から追い出したホーレイを見つけ出し、ここまで連れてきた。


国一番の知恵者であり、誰より信頼していた男まで、俺に背いた。


何も考えていないと思っていた精霊の申し子が、俺を真正面から責め立てた。



俺は――


あの娘を、見誤っていたのか。



「ちっ、違う。この病が見つかったのは、偶然だった…!」

ホーレイの声に、思考を止めた。



「動物の死骸から生じる毒を使って、効き目を調べていた…!その最中に、この病が広まってしまった…!」


…馬鹿め。


先ほどから、べらべらと余計なことを。



「…もうひとつ、聞かせてください」

ルイージの目が、こちらに向いた。



「これほど危険な病が広がっていると知りながら、なぜ我々には何も知らせなかったのですか」



「…初めに、リリアンヌ殿をお招きしたいと書状を送った時には、まだ、これほど広がってはいませんでした」

ハラが代わりに答えていく。



「そのあと一気に病が広がり――我々が戦で国境へ向かう頃には、城内でも病に罹る者が現れました」



「ですが、二日前に我々がここへ来た時には分かりきっていたことでしょう?いいえ、関所のヘレンキに到着した時からでしたら、十日近く前ですね」

ルイージの声に怒気がこもった。



「何も言わずに、ただ催しになど出させ…万が一我々の誰かが罹ったら、どうするつもりだったのです」



「俺が止めた。病に関しては、一切触れるなと」

ショウレンは重い口を開いた。



「噂通りの白の使い手なら、数人くらい治すこともできるだろう」


セスランディアには、一度に何人もの傷病者を治す、凄腕の白の使い手がいると聞いたことがある。


それを上回るのなら、自分の仲間たちを治すくらいは手のものだろう。



「なっ…」



「だが――それで、何になる」


そんなことは今、どうでもいい。



「三千人だ。今分かっているだけでも、それだけの人間が病に侵されている」


何ひとつ、手立てはない。


毎日、死者の数を聞くことしかできない。



眠ることさえ、まともにできなくなった。


鏡を見るたび、そこに映る自分が別人のように老いていった。



この絶望を――分かるものか。



…だが。



「…自業自得だろう?」


ただ、今まで選んできた道が、ここへ行き着いただけだ。



「こんなの…もう、どうしようもない」


今さら誰を糾弾しようが、喚こうが、何も変わらない。



「あんな感情的になったところで、何ができるというんだ」



『こんな回りくどいことをしなくたって、私は助けますから!』


まるで、本当に助けられるとでも言うように。



「それは…どうでしょうねぇ」


聞こえた声に、見晴らし台の方を振り返った。


ネウロが微笑み、屋根の上へ目を向けていた。



「…ああ、また止められなかったか」

ルイージが何かに気付き、額を押さえた。



その二人の向こう――


巨大な白い鳥が、空を覆うように翼を広げていた。



「…!?」

ショウレンは、弾かれたように立ち上がった。



あの鳥は――何だ?



ふいに、胸の奥がじわりと温かくなった。



「…?」


息が、深く吸える。


いつも体のどこかにあった鈍い痛みも、ない。


体が、妙に軽い。



「陛下、申し訳ありませんっ…」


声に目を向けると、倒れていた兵が起き上がっていた。


次々に立ち上がっていく。



「あっ、あああっ…!」

ホーレイが、取り乱した声を上げた。



「な、治った…!」



「…なに?」



「手の痺れが、なくなった…!」

狂ったように、何度も手を握り締めている。


こいつほど惨めな男を、他に知らない。


誰より研究を推し進めてきたくせに、自らに変紫病の兆候が現れた途端、すべてを放り出した。



「…信じられない」



「…!」

ショウレンは、はっと声の方を見た。



「…治っている」

ハラが喉元に手を当て、呆然としていた。



「その声…」


数年前に肺を患って以来、ハラはいつも息苦しそうにしていた。


苦しげにかすれていた声が、昔のように、よく通る。



「リリアンヌ殿下!」

ネウロが欄干から勢いよく立ち上がった。



「…!」

ルイージもすぐにその隣に並んだ。



「ネウロ、ルイージ宰相、ごめんなさいっ」


声と共に、屋根の上からリリアンヌが降りてきた。


続いて、ブライアン、エルフ、獣人族の少年も次々と着地する。



「ご心配をおかけしました」


先ほどまで体を覆っていた黒い靄は、もうどこにもない。



「…あれは、スノウなのですね?」

ルイージが、空を舞う白い鳥へ目を向けた。



巨大な鳥は、城下町の上を悠々と飛んでいる。


大きな翼が羽ばたくたび、白い光が辺り一面に降り注いだ。



「はい、そうです。ネウロ、収容所の方はどう?」



「ええ、ちゃんと行き届いたようですよ」



「本当っ!」

リリアンヌが、ほっと胸を撫で下ろした。



…何の話をしている。


何が…行き届いた?



「ただ…長らく臥せっていたせいか、立ち上がれない方がまだいらっしゃいます」



「そう…やっぱり、直接行く必要があるね」



「リリアンヌ殿下。あなたには、先にやるべきことがあるでしょう」

ルイージがすかさず言った。



「…分かっています。ネウロ、城の地下の方はどう?」



「同じくです。こちらにも行き届いて…ああ、とても慌ただしくなりましたねぇ」



…こちらにも?


まさか、本当に――



「白のちからを…送られたのですか?」



「!ハラ大臣、喉の方はどうですか?」

リリアンヌが、すぐさまハラへ目を向けた。



「あなたは…白のちからを、使われたのですか?」

ハラが、もう一度尋ねた。



「はい。正確には、精霊が。コウラン中に白のちからを送って、皆さんを治せたと思います」



「こ、コウラン中っ…!?」

ホーレイの声が響き、広間がしんと静まった。



「…嘘をつくな」



「……」

リリアンヌが、ゆっくりとこちらを見た。



「そんな出鱈目な話が、あるものか…」

自分でも情けなくなるほど、声がかすれた。



「今、病に罹っている者は三千人以上いるんだぞ…!」


信じられるわけがない。


そんなことが、本当にできるはずがない。



期待させるな。


希望など、見せるな。



今さら、嘘だったなどと――


これ以上、俺を絶望させるな。



静寂を破るように、階段を駆け上がる足音が響いた。



「陛下!」

兵士が、息を切らして広間へ飛び込んできた。



「ち、地下で療養している方々がっ…!」



「…何があった!」

ハラが、待ちきれず尋ねた。



「突然っ…全員の症状が、消えました…!」


その言葉が――頭の中に、深く響いた。



「全員…!本当に、全員か!」



「ええ、ハラ大臣の奥方も!」



「…!」

ハラが、力が抜けたようによろめいた。


兵士が、今度はこちらを向いた。



「第三王妃――クリョ様も、同じくです!」



「…は」


一瞬、何も言葉が出なかった。


ぐらりと体が傾き、そのまま近くの椅子へ座り込んだ。



「…ショウレン陛下」


その隣の椅子が、静かに引かれた。



「……」

重たい頭を、なんとか持ち上げた。


悲しそうに眉を下げる精霊の申し子が、目の前にいた。



「…まずは、収容所と城の地下に、人手を送っていただけませんか?きっと、どうしていいか分からない方が、大勢いらっしゃるはずです」



「…それは、私が」

ハラがふらりとしながら、駆け込んできた兵士のもとへ向かった。


リリアンヌはじっとその様子を見つめたあと、再びこちらを向いた。



「それから、研究をしていた場所はどこですか? 病のもとが残っていないか、確かめたいです」



「そ、そんなものまで消せるのか…!?」

座り込んでいたホーレイが、いつの間にか立ち上がっていた。



「はい。恐らく、できると思います」



「…まさか、他の毒まで…」



「…まだ、毒の研究を続けるつもりですか」

リリアンヌは、静かにホーレイを睨みつけた。



「そ、それはっ…だが、あれには、大金をつぎ込んで――」



「お前は、勝手に白のちからを使った」



「…!」

リリアンヌの視線が、すぐにこちらへ戻った。



「お前はこの国で、勝手に、白のちからを使った」

ショウレンは、低い声で一語ずつ繰り返した。



「陛下…!あなたは、まだそんなことを!」



「ハラ大臣、いいのです。ショウレン陛下のおっしゃる通りです」

リリアンヌはショウレンを見つめたまま、そっと首を振った。



「この国の法を無視して、私は白のちからを使いました」



「分かっているようで、何よりだ」



「でも、謝りません」



「あ…?」



「甘んじて罰は受けますし、これにより、何かを要求することもありません」



「リリアンヌ殿下…!」

ルイージがすかさず鋭い声を上げた。



「ですが、絶対に謝りません。それに、罰を受けるのは私だけです」

リリアンヌは、まっすぐショウレンだけを見据えていた。



「…お前は、戦争を止める気だと言ったな」

ショウレンは、わずかに身を乗り出した。



「俺は、このまま戦争を始めるかもしれないぞ」



「開戦まで、まだ時間はあります」

リリアンヌまで、顔を近づけた。



「その間に、私が、ショウレン陛下を説得します」


どちらも、その場を動かなかった。


張り詰めた沈黙が続く。



「ショウレン、いい加減にしなさい。こんなやり取りを続けている場合ではないでしょう…!」

ハラが、焦れたように口を挟んだ。



「ハラ大臣のおっしゃる通りですね」

リリアンヌはショウレンから目を離し、静かに立ち上がった。



「早く、行きましょう」



「…どこに」



「決まっているじゃないですか。城の地下にです」

あっさりとした答えが返ってきた。



「…なんでだ?」

思わず、素の声が漏れた。



「なんで…?だって、クリョ王妃のことが心配なのでしょう?」



「…リリアンヌ殿。私は、そういうつもりで言ったわけではありません」



「…へ?」

リリアンヌは、きょとんとしてハラを見た。



「我々は、これから状況を確かめに行かねばなりません」



「はい…」



「それは…申し訳ありませんが、自国の者だけで行わせてください」



「……」



「貴女を信用していないという話ではありません」

黙るリリアンヌに、ハラが言葉を続けた。



「それは、我々の仕事です。現状を確認できましたら…また、ご助力いただけますか」



「…!」



「ハラ、お前また勝手に…」

もう、強く反論する気も起きない。



「何かあったら、必ず呼んでくださいますか?」

リリアンヌが食い気味に尋ねた。



「…ええ。必ず」

ハラは、しっかりと頷いた。



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