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セスランディア王国物語  作者: あきよし りん
第十七章/隣国タッセント
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隠されていたもの

ハラ視点



「キリさん、待って…!今触れれば、あなたも瘴気に巻き込まれる!」


ネウロの声が、広間に響く。



瘴気――?


異形の存在(ゼノプーパ)がまとっているという、黒い靄のことか。



確かに――リリアンヌの体から、黒い靄が出ている。


仲間たちが必死に声を掛けているが、彼女には届いていないように見えた。



左肩を押さえたまま、ふらり、ふらりと後ずさっていく。


見晴らし台まで下がった、その瞬間。


リリアンヌの姿が、ぱっと消えた。



「!?」


何が起きたのか理解する前に、キリとビッケが動いた。


キリの姿が一気に上空へ消え、ビッケは柱へ飛びつく。


瞬く間に、その姿も屋根の上へ消えた。



「ルイージ宰相、ホーレイ大臣の保護を!ネウロ、お前はリリアンヌの状況を視ていろ!」

ブライアンは指示を飛ばすと、すぐさま二人のあとを追った。



「…僕には、視ることしかできませんよ」

ネウロは小さく呟きながら、両目を光らせた。


その傍らで、ルイージはホーレイのもとへ静かに歩み寄った。



「彼女は、一体…?」

ハラは、呆然としながら立ち上がった。



「…彼女は、大丈夫です。必ず」

ルイージは、まるで自分にも言い聞かせるように答えた。



「…勝手なことをやってくれたな」


低い声に、全員が室内へ振り返った。



「お前らも、ハラも…覚悟はできているのだろうな」

ショウレンは、深く落ちくぼんだ目で男たちを順に睨みつけた。



「……」

ハラは、黙ってショウレンを見つめた。



こんなに痩せ衰えても、なお――


まだ、そんなことを言っている。


こういうくだらない見栄だけは…先代王に、よく似ている。



「どのみち…我々は滅びるだけでしょう」

小さく息を吐き、口を開いた。



「首都コウランは病に侵され、今やこの有様…セスランディアには喧嘩を買われ、ナブラン砦では開戦の一歩手前…」

ひとつひとつ、淡々と現状を並べていく。



「どうせこのまま行けば、タッセントはなくなるだけでしょう」


それならなぜ、駆け引きなどする必要がある。



昨夜――


突然、窓辺からエルフと共にリリアンヌが現れた。


城内にいるとは伝えてあったが…まさか、あのような形で会いに来るとは。



――ホーレイ大臣を、保護しています


――明日、ショウレン陛下の前ですべてを話してもらうつもりです


――どうか、協力してくれませんか



リリアンヌは、噂以上にまっすぐな人物だった。


ショウレンは、読み間違えた。


彼女を…彼女の仲間たちを、侮っていた。



やり方を、大いに間違えた。



自国の王の意思に背いてまで我が国に来るような方だ。


その時点で、少なくとも我々に協力する意思があることは分かっていた。


そして、噂通りの白の使い手ならば、もしかしたら――



「…広まっている病は、どのようなものなのでしょう」


ルイージの声に、思考を止めた。



「…我々は、それを“変紫病”と呼んでいます」

ハラは答えながら、ちらりとショウレンを見た。


遮られない。


もう話を止める気はないようだ。



「手足の痺れから始まり、先端から少しずつ体が紫に変色し――最後には意識が混濁し、やがて死に至ります」



「それは、どのように罹るものなのでしょうか?」

欄干に腰掛けるネウロが、上に顔を向けたまま尋ねた。



「…なぜ病が広がるのかは、はっきりと分かっておりません。同じ家で暮らす家族でも、罹る者と罹らない者に分かれました」


私の家族も、また――



「…病に罹った者で、今のところ治った者はおりません。発症から死に至るまでの期間に差はあれど、必ず死んでいます」

ハラは目を閉じ、静かに言い切った。



「必ず…?そんなものを、あなたたちは作り出していたのですか?」



「ちっ、違う。この病が見つかったのは、偶然だった…!」

ルイージの後ろで、ホーレイが小さく答えた。



「動物の死骸から生じる毒を使って、効き目を調べていた…!その最中に、この病が広まってしまった…!」



「まさか、人間で試していたのですか」

ルイージが、軽蔑するような目でホーレイを見下ろした。



…そう。


毒がどのように効き、体にどんな変化をもたらすのか、長年研究してきた。


特に、先代王が力を入れてきたことだった。



その過程で死人が出ようとも、どれほど犠牲が増えようとも――


先代王は、決して毒の研究を止めなかった。



「…もうひとつ、聞かせてください」

ルイージはそのまま、ショウレンへ鋭い目を向けた。



「これほど危険な病が広がっていると知りながら、なぜ我々には何も知らせなかったのですか」



「……」

ショウレンは答えない。



「…初めに、リリアンヌ殿をお招きしたいと書状を送った時には、まだ、これほど広がってはいませんでした」

ハラは、代わりに答えた。



「そのあと一気に病が広がり――我々が戦で国境へ向かう頃には、城内でも病に罹る者が現れました」



「ですが、二日前に我々がここへ来た時には分かりきっていたことでしょう?いいえ、関所のヘレンキに到着した時からでしたら、十日近く前ですね」

ルイージは、容赦なく続けた。



「何も言わずに、ただ催しになど出させ…万が一我々の誰かが罹ったら、どうするつもりだったのです」



「……」


それに関しては――


何の申し開きもできない。



「俺が止めた。病に関しては、一切触れるなと」

ショウレンが、低く口を開いた。



「噂通りの白の使い手なら、数人くらい治すこともできるだろう」



「なっ…」



「だが――それで、何になる」

ショウレンは吐き捨てるように続けた。



「三千人だ。今分かっているだけでも、それだけの人間が病に侵されている」



「……」

ルイージは何か言いかけるように口を開き、結局何も言わなかった。



「…自業自得だろう?」

ショウレンは、投げやりに椅子へ腰を落とした。



「こんなの…もう、どうしようもない」

乾いた笑いが落ちる。



「あんな感情的になったところで、何ができるというんだ」

その声には、もう諦めしか残っていなかった。



「それは…どうでしょうねぇ」

ずっと黙っていたネウロが、ぽつりと呟いた。


視線は、まっすぐ上へ向いていた。



「…ああ、また止められなかったか」

ルイージが、額を押さえた。



その直後――


見晴らし台の向こうに、巨大な白い影が現れた。



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