ぶつかり合う為政者たち①
リリアンヌ視点
「エルフが、いないようだが」
ショウレンが、やってきた一行を鋭く見渡した。
「申し訳ありません…エルフは自由な種族のため、無理に参加を求めることはできませんでした」
リリアンヌは眉を下げ、申し訳なさそうに答えた。
「貴女に付き従うと聞いていたが…」
「それは噂です。実際は、そんなことはありません」
「…まあ、よい。座ってくれ」
上座のショウレンの背後には、何人もの兵が控えている。
「ここから見る城下の景色が美しくてな。貴殿らにも見せたくて、この場所を選んだ」
ショウレンが案内したのは、城の最上階の広間だった。
広間は太い柱に囲まれ、四方が大きく開けた造りになっている。
一角には、城下を一望できる見晴らし台が外へ張り出していた。
ショウレンに近い方から、リリアンヌ、ブライアン、ルイージ、ビッケ、ネウロの順に腰掛けた。
向かい側には、ハラだけだ。
「ハラ大臣。先日は、ありがとうございました」
リリアンヌは、座ったままお辞儀した。
「…いえ、こちらこそ」
ハラの声は、相変わらずつらそうにかすれていた。
使用人たちが、テーブルに茶と茶菓子を並べていく。
この国の茶の香りは、どこか懐かしい。
「彼が、貴女の従者か…」
やがて使用人たちが去っていくと、ショウレンが静かに口を開いた。
その目は、じっとビッケを見据えていた。
「はい、そうです」
リリアンヌは、さっと答えた。
「どういう経緯で獣人族を従者にできるのか、詳しく聞きたいものだな。セスランディアでは、まだ奴隷制度が残っているのか?」
「いいえ。現王により、とっくに撤廃されています」
「ああ…そうだったな。そういえば貴女が、獣人族の避難した先の村を訪ねたとも聞いた」
「その話を、ご存じなのですね」
「…私は、貴女の物語に興味があってな」
ショウレンの声色が、わずかに変わった。
「私の…物語ですか?」
「貴女の話は、ここまで届く。不思議なことだな。交流を断っていてもなお、入ってくる」
「…不思議ですね」
そうとしか、返せない。
「異形の存在を一撃で倒し、王都では、白のちからを毎日送っていると聞いた」
「それは、だいぶ誇張されています」
「エルフや、あの有名な紅玉の騎士とは常に行動を共にしているそうだが、それも違った」
「紅玉の騎士…」
アランフォースの二つ名だ。
「獣人族を率いて山賊を倒し、村中に広がった毒を消し去ったという話もある。だが…これも所詮、噂なのだろう」
「……」
リリアンヌは口を閉ざし、じっとショウレンを見つめた。
「私は、貴女の話を聞きたい」
ショウレンは、静かに繰り返した。
「この世で唯一、精霊の加護を持つ者。貴女の物語を、私は聞きたい」
「……」
私の、物語。
そっと目を閉じ、息を吐く。
それなら――話すことは、決まっている。
少しの間を置いて、ぽつりと口を開いた。
「…私は、王城に閉じ込められていました」
「…それは、いつの話だ?」
「閉じ込められていた理由は、私を護るため――戦争が起こることを、私に知らせないためです」
リリアンヌは、ショウレンの問いに答えなかった。
「陛下から直接知らされたのは、皆が出立する前日のことでした」
「……」
ショウレンの目が、すっと細くなった。
「初めは、悲しかった。大切な人たちが戦場へ行ってしまう。たくさんの人が、亡くなってしまうかもしれない。それなのに、私は何もできない。それがもどかしくて…ただ、泣いていました」
構わず、ゆっくりと言葉を紡いでいく。
「けれど、戦争のきっかけが私だと知って…今度は、強い怒りを覚えました」
「自惚れるな」
間髪入れず、鋭い声が飛んできた。
「戦争は、いくつもの要因が積み重なって起こるものだ」
「これは、私の物語です」
リリアンヌはすぐに言い返した。
「伯父である王に背き、多くの人を巻き込み、仲間を傷つけ…私は、敵国に乗り込みました」
言葉を重ねるごとに、声が強くなっていく。
「それも――すべて、戦争を止めるために」
「はっ…何を、馬鹿なことを」
ショウレンが嘲笑を浮かべた。
「それなら、開戦を延期してまで私をここへ招いたのは、なぜですか?」
「…だから、貴女の話を――」
「ショウレン陛下。私に、何をしてほしいのですか?」
「…何を言っている?」
声から、温度が消えた。
「手紙でも、事情があるのならお話ししてほしいと伝えたはずです。私に、何か頼みごとがあったのでしょう?」
リリアンヌは、怯まなかった。
「…話にならないな」
ショウレンは、がたりと立ち上がった。
「ハラ、もういい。彼女たちをセスランディアへ送り返せ」
「ショウレン陛下。まだ、話は終わっていません」
「精霊の申し子は…どうやら周りに褒めそやされて、調子に乗っているようだな」
ショウレンは、ぎろりとリリアンヌを見下ろした。
「お前に頼みたいことなど、何もない」
きっぱりと言い放つ。
しばらく、二人は無言で睨み合った。
「…もう、いいです」
やがて、リリアンヌはふっと目を伏せた。
「そうだな。決裂だ。帰ってくれ」
「もう、強硬手段で行きます」
その目が、再びショウレンを捉えた。
「…あ?」
――その瞬間。
見晴らし台に、二つの人影が現れた。
「陛下!」
「何者だ!」
兵たちが、すぐにショウレンを庇うように前へ出た。
「驚かせて申し訳ありません。彼に敵意はありません。どうか、手を出さないでください」
リリアンヌは、座ったまま淡々と言った。
見晴らし台に立つひとりは、キリ。
そして、その足元には――
「お前っ…!」
ショウレンの顔が、一瞬で怒りに歪んだ。
ひとりの老人が、キリの前に小さく身を縮めていた。
両手を地につき、額がつきそうなほど深く頭を下げている。
「陛下…!どうか、お助けを…!」
震える声が、広間に響く。
「もうっ…我々は、限界だっ…」
「お前っ…何をしているのか、分かっているのか…!」
ショウレンが、怒りの形相でリリアンヌを振り返った。
「こんな勝手なことをして、ただで済むと思うな!」
「あなたは、ホーレイ大臣とお伺いしました。お間違いないでしょうか?」
リリアンヌはショウレンを無視し、老人に尋ねた。
「そうです…!リリアンヌ殿とお見受けします。どうか、我々を――」
「あいつを、捕らえろ!」
ショウレンの声に、兵たちが一斉に躍り出た。
――キィンッ…!
「ひいっ…!」
ホーレイへ迫った刃を、キリの細剣が弾き返す。
次の瞬間、その姿が消えた。
「なっ…」
キリはひとりの背後へ回り込み、腕を捻り上げた。
そのまま片手を振る。
「がっ!」
「うわっ」
巻き起こった風に、後続の兵たちがまとめて弾き飛ばされた。
「ぐっ…!」
すぐ傍でも、短い呻き声が重なった。
ショウレンの傍に残っていた兵たちが、床へ倒れている。
最後のひとりが、がくりと膝から崩れ落ちた。
――カラン…ッ
手を離れた剣が、床を転がっていく。
その向こうに、ブライアンが立っていた。
「ハラ、今すぐ兵を呼べ!」
「……」
ハラは座ったまま、動かなかった。
「…ハラ!」
ショウレンの焦れた声が飛ぶ。
「…いいえ、呼びません」
「!?」
「ショウレン。座りなさい」
「お前っ…俺を、裏切るのか…!?」
「裏切る…?私が祖国を裏切ることなど、あり得ません」
ハラは、ゆっくりとショウレンを見上げた。
「本当に国のためを思うなら、我々は、さっさとリリアンヌ殿に願い出るべきだった」
「…っ」
「もう、探り合っている場合ではないでしょう…!」
その言葉を最後に、再び広間に静寂が落ちた。
ホーレイの小さく呻く声だけが、微かに響く。
「…ホーレイ大臣。状況を、教えていただけますか」
リリアンヌは、そっと口を開いた。
「毒が…この町に、漏れているのですか?」
「違う…!毒ではない!」
「やめろ、ホーレイ!」
ショウレンの制止を振り切るように、ホーレイが声を張り上げた。
「病だ…!人を病にするものが、町中に広がっている!」




