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セスランディア王国物語  作者: あきよし りん
第十七章/隣国タッセント
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積み重なる異変

リリアンヌ視点



「失礼いたします。お着替えの手伝いに参りました」


簡単に朝の支度を済ませた頃、使用人たちが部屋を訪れた。


昨日と同じ顔触れの三人だった。



「ありがとう、よろしくお願いします」


使用人たちは、今日も多くの衣装を持ってきていた。


しかも、どれも肩が隠れる作りのものだ。



ビッケが入れ替わるように部屋を出ていった。


使用人のひとりが、その後ろ姿をじっと追っている。



「自慢の従者なの」

リリアンヌは、こそっと囁いた。



「あっ…失礼しました」

使用人は、はっとしてリリアンヌへ向き直った。



「昨日は薄い青でしたので、本日は、こちらの色はいかがでしょうか」

別の使用人が、きびきびと一着の衣装を選び出した。


この中で、一番年長のようだ。



「うん、素敵。それにします」


白と赤を基調にした、華やかな衣装だ。


上は白く、裾へ向かうにつれて鮮やかな赤へと色づいている。



「花とも色が合いますので、とてもいいと思います」



「ええと…フォウファの花、だっけ」



「ええ、タッセントの国花です」



「へぇ…そうなのね」


一体、どんな花なのだろう。



「裏庭は、王族の男性以外立ち入り禁止なのでしょう?理由があるのかな?」



「はい。裏庭は、妃たちがお住まいになる区域にありますから。正確には、王族か、妃の近しい親族でなければ、男性は立ち入れないのです」

年長の使用人が、着付けを進めながら答えた。



「…妃たち?」



「はい。妃たちです」



「…?」


ユンファ王妃と、その子供たちのことだろうか。



「…獣人族を、初めて見ました」

ビッケを目で追っていた使用人が、ぽつりと呟いた。



「タッセントに、獣人族はいないのかな?」


話しかけてもらえたことが嬉しくて、もう少し話を続けてみた。



「はい。タッセントには、人族しかいないと言われております」



「それじゃあ、エルフも初めて見たのね」



「いえ…私は、まだエルフの方にはお会いできていません」



「あっ…そっか」


そういえば城に着いてから、キリが人前に出たのは最初だけだったかもしれない。



「見た者が…とても美しい方だったと話していました」

使用人の頬が、ぽっと赤くなった。



「そうだね。キリは、とても綺麗な顔立ちをしているの」

リリアンヌは、ふふっと答えた。



「ぶ、ブライアン様と、どちらが格好良いですか…?」

頬を染めた使用人が、勢いのままに尋ねた。



「ちょっ、ヤオ…!」


「こら…!」


他の二人から、すぐに声が飛んできた。



「ブライアンと?それは…すごく難しい質問かも」

リリアンヌは気にせず、首を傾げながら答えた。


そもそも、二人は格好良さがまるで違う。



「セスランディアには…容姿の整った方が多いのでしょうか」

また、別の使用人が口を開いた。



「リリアンヌ様といい、ブライアン様といい…それとも、王族の方々が特別なのでしょうか」



「ふふっ…それは、光栄だわ」



「いい加減にしなさい、ツォン。…リリアンヌ様、無駄話ばかり申し訳ございません」

年長の使用人が、申し訳なさそうに謝った。



「他国のお方のお世話をするのは初めてですので、少々舞い上がってしまっているようで」



「いいえ、気にしないで。私だって、こちらの話が聞けたら嬉しいから」

リリアンヌは微笑みながら、何気なく答えた。



「……」


なぜか、急に三人が黙ってしまった。


何か…また、変なことを言ってしまっただろうか。



「…髪飾りは、いかがなさいますか?」

年長の使用人が何ごともなかったように、鏡台の前へ促した。



「その、桃色の髪飾りが可愛いな」



「いいですね。衣装にとてもよくお似合いです」

使用人が、手際よく髪をまとめていく。



「ね…あなたは、何というお名前なの?」



「…私の名前でしょうか?」



「ええ。名前が分からないと、呼びにくいから」


後ろで残りの衣装をまとめている二人の名は、ヤオとツォンだ。



「…私は、ラーラと申します」



「ラーラ。良い名ね」



「…リリアンヌ様。私どもは、ただの下働きです。名など、どうぞお忘れください」



「えっ…どうして?」

リリアンヌは、ぎょっとして尋ねた。



「あ…もしかして、名前を呼んではいけない…?」



「…そんなことは、ありませんが」



「それなら、呼ばせてもらいます」



「……」

ラーラは、少し困ったように目を伏せた。



「…できました。行きましょうか」

そう言って、そっと椅子を引いた。



―――



「本当に、お似合いなお二人ですことっ」

煌びやかな女性が笑いながら、大きな扇子で口元を隠した。



「…ありがとうございます、ウェレリエ王妃」

リリアンヌは、何度目か分からない礼を口にした。



「この子たちも、もうすぐ成人を迎えますからね。あなた方のように、素敵なお相手に巡り会えるといいのですけれど」

ウェレリエは、隣に座る二人へちらりと目を向けた。


リリアンヌも視線を向けると、王子たちが軽く会釈をした。



「タッセントでは、十四歳で成人ですのよ。この子は、来年なの」



「そうなのですね。セスランディアでは、十六歳なのです」



「あら、では、リリアンヌ様は成人されたばかりなのね?」



「ええ、今年の一の月に誕生日を迎えました」



「あら…本当、つい最近のことなのねっ!」

ウェレリエが、楽しそうに笑った。



まさか…別の家族を紹介されるとは思わなかった。



もうひとりの妃…ということだろうか。


ショウレンは、どちらも“妻”という言い方をした。


ウェレリエの顔立ちは、タッセントの人々とは少し違って見える。


何も話さなかったユンファとは対照的に、彼女はよく話しかけてくれる。


セスランディアの貴族たちとどこか似た話し方に、少しだけほっとした。



「…セスランディアには、川沿いの港も多くあるのか?」

ショウレンの声が、ふいに耳に届いた。



「ええ。大きな川もいくつかありますから。船を使った物資の運搬も盛んです」

左隣に座るルイージが、淡々と答えている。



「なるほど。こちらは、川よりも海を使うことが多いな」



「貴国は、北の海へ出られますからね。昨夜の海の幸は、本当に美味でした」



「それが自慢だからな。だが、国土の広いセスランディアでは、食も豊かなのであろう」



「気候の変化が少ないということは、育つ作物も限られます。ですから――」



「…徳は巡り、孤せず、隣伴い戻る。それは、“栄王論”の一節だ」


今度は右隣にいるブライアンの声が聞こえ、リリアンヌはそちらへ意識を戻した。



「…よく、ご存じですね」

王子のひとりが、驚いたようにブライアンを見ていた。



「その論は、我が国でも有名だからな」



「ですが、私は異国の書物について、何も知りません」



「フワド殿は、まだ若い。これから学ぶ機会はいくらでもあるだろう」



「ブライアン殿下は、王となるための学びをいつから始められたのでしょう?」

フワドの隣に座る、年下らしい王子が興味深そうに尋ねた。



「まっ…いけません、セイオウ…!」



「ウェレリエ王妃、構いませんよ。…そうだな、私は九歳の時に自分にちからがあると分かり、王になるべく学び始めた」

ブライアンは気にした様子もなく、セイオウに答えた。



「ちからとは、光のちからのことでしょうか?」



「その通りだ」



「すごい…!僕も、そんなすごいちからが欲しかったです」



「セイオウ殿も、ちからを持っているのか?」



「はい!僕のちからは――」



「お話が弾んで何よりですが、どうです、お花の観賞でもいたしませんこと?」

ウェレリエが、さっとセイオウの言葉を遮った。



「陛下より、フォウファという花だと伺いました。とても綺麗ですね」

リリアンヌは、辺りに咲く花々をゆっくりと見渡した。


枝いっぱいに小ぶりな花をつけ、その姿も様々だ。


大きく枝を広げて華やかに咲き誇るものもあれば、細い枝を垂らし、どこか儚げに花を咲かせるものもある。


赤や桃色、白の花で彩られた庭園はとても綺麗で、見応えがあった。



「この花は、もう少しすると実がなるのですよ。それを漬けた酒は、とても甘くて美味しいの」



「それは…とても興味があります」

ウェレリエの言葉に、リリアンヌはわずかに身を乗り出した。



「私の婚約者は、酒に目がなくてな…それでいて酒に弱いから、始末に負えない」



「…!」


ブライアンが手を伸ばし、そっとリリアンヌの手を握った。



「まぁ…!本当に仲良しだこと」

ウェレリエが扇子を広げ、ふふふっと笑った。



「ああ、すまない…確か貴国では、人前で異性に触れてはいけなかったか」

顔を赤くする二人の王子へ、ブライアンがさらりと言った。


それでも、繋いだ手は離さなかった。



「…昨夜は、愚息が失礼したな」

ショウレンがルイージとの会話を止め、こちらを振り向いた。



「もう、貴女の前には現れない。安心してくれ」



「……」

リリアンヌは、きゅっと口を結んだ。


昨夜、オウワンが部屋まで来たことを言っているのだろう。



「本当に、オウワン様は困ったお方なのだから…」

ウェレリエが、扇子の下で呟いた。



「…驚きましたが、大丈夫です」


そう言うしかなかった。



「ブライアン王太子も、申し訳なかった。どうか許してくれ」



「…二度とないものと、信じております」

ブライアンがふっと笑い、手を離した。



――ガシャーンッ…!


不意に、遠くから何かが壊れたような音が響いた。



傍に控えていた兵たちが一斉に駆け寄り、ショウレンを囲んで身構えた。


ブライアンはすぐさま剣の柄に手をかけ、ルイージも音のした方へ鋭く目を向けた。


しんと、辺りが静まり返る。



「…すまないが、ここで待っていてくれ」

ショウレンはそう言い残すと、兵を従えて足早に庭をあとにした。


ほどなく、その背が建物の中へ消えていった。



「な、何ごとでしょうね…?」

ウェレリエは青ざめた顔で、二人の王子を傍へ引き寄せた。



「…誰か騒いでいますね」

ルイージが隣から、そっと囁いた。



「騒いでいるのは、ひとりだな」

ブライアンが、音がした方へ視線を向けたまま言った。



「何が…あったのでしょう」

リリアンヌは、二人の間でぎゅっと眉をひそめた。



聞こえるのは、怒号のような…


悲鳴のような――


それも、すぐに聞こえなくなった。


しばらくして、ショウレンが庭へ戻ってきた。



「大変、失礼した」



「どうされましたか」

ブライアンがすかさず尋ねた。



「使用人が、粗相をしてな。客人の前で、みっともないところを見せた」

ショウレンは淡々と答えた。



「……」


さっき聞こえたのは、男性の声だった。


王妃の住まう区域に、男性の使用人がいるのだろうか。



「今日は、これでお開きとしよう。夕食は、部屋の方に用意させる」



「……」

リリアンヌは、じっとショウレンを見つめた。


何か、尋ねるべきだろうか。


ブライアンとルイージは、何も言わない。



「リリアンヌ殿。明日は、エルフの者と獣人族の少年に会わせてくれないか」



「えっ?」

予想外の言葉に、思わず聞き返した。



「異種族の者から、直接話を聞いてみたくてな。こんな機会もないだろう」

ショウレンは薄く笑い、静かに続けた。



「……」


まだ――


悠長に、話をする気なのか。



「…なに、ただ話をするだけだ。会談だな」

リリアンヌの表情に気付いたショウレンが、素早く付け足した。



「ショウレン陛下。我々も同席してもよろしいでしょうか」

何か答える前に、ブライアンが口を開いた。



「無論だ。もうひとり、客がいたな。六人で参加して構わない」

ショウレンはそう言うと、使用人へ目配せをした。


それを合図に、使用人たちがリリアンヌたちの椅子を引いた。



「慌ただしくてすまなかった。また明日、会おう」



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