積み重なる異変
リリアンヌ視点
「失礼いたします。お着替えの手伝いに参りました」
簡単に朝の支度を済ませた頃、使用人たちが部屋を訪れた。
昨日と同じ顔触れの三人だった。
「ありがとう、よろしくお願いします」
使用人たちは、今日も多くの衣装を持ってきていた。
しかも、どれも肩が隠れる作りのものだ。
ビッケが入れ替わるように部屋を出ていった。
使用人のひとりが、その後ろ姿をじっと追っている。
「自慢の従者なの」
リリアンヌは、こそっと囁いた。
「あっ…失礼しました」
使用人は、はっとしてリリアンヌへ向き直った。
「昨日は薄い青でしたので、本日は、こちらの色はいかがでしょうか」
別の使用人が、きびきびと一着の衣装を選び出した。
この中で、一番年長のようだ。
「うん、素敵。それにします」
白と赤を基調にした、華やかな衣装だ。
上は白く、裾へ向かうにつれて鮮やかな赤へと色づいている。
「花とも色が合いますので、とてもいいと思います」
「ええと…フォウファの花、だっけ」
「ええ、タッセントの国花です」
「へぇ…そうなのね」
一体、どんな花なのだろう。
「裏庭は、王族の男性以外立ち入り禁止なのでしょう?理由があるのかな?」
「はい。裏庭は、妃たちがお住まいになる区域にありますから。正確には、王族か、妃の近しい親族でなければ、男性は立ち入れないのです」
年長の使用人が、着付けを進めながら答えた。
「…妃たち?」
「はい。妃たちです」
「…?」
ユンファ王妃と、その子供たちのことだろうか。
「…獣人族を、初めて見ました」
ビッケを目で追っていた使用人が、ぽつりと呟いた。
「タッセントに、獣人族はいないのかな?」
話しかけてもらえたことが嬉しくて、もう少し話を続けてみた。
「はい。タッセントには、人族しかいないと言われております」
「それじゃあ、エルフも初めて見たのね」
「いえ…私は、まだエルフの方にはお会いできていません」
「あっ…そっか」
そういえば城に着いてから、キリが人前に出たのは最初だけだったかもしれない。
「見た者が…とても美しい方だったと話していました」
使用人の頬が、ぽっと赤くなった。
「そうだね。キリは、とても綺麗な顔立ちをしているの」
リリアンヌは、ふふっと答えた。
「ぶ、ブライアン様と、どちらが格好良いですか…?」
頬を染めた使用人が、勢いのままに尋ねた。
「ちょっ、ヤオ…!」
「こら…!」
他の二人から、すぐに声が飛んできた。
「ブライアンと?それは…すごく難しい質問かも」
リリアンヌは気にせず、首を傾げながら答えた。
そもそも、二人は格好良さがまるで違う。
「セスランディアには…容姿の整った方が多いのでしょうか」
また、別の使用人が口を開いた。
「リリアンヌ様といい、ブライアン様といい…それとも、王族の方々が特別なのでしょうか」
「ふふっ…それは、光栄だわ」
「いい加減にしなさい、ツォン。…リリアンヌ様、無駄話ばかり申し訳ございません」
年長の使用人が、申し訳なさそうに謝った。
「他国のお方のお世話をするのは初めてですので、少々舞い上がってしまっているようで」
「いいえ、気にしないで。私だって、こちらの話が聞けたら嬉しいから」
リリアンヌは微笑みながら、何気なく答えた。
「……」
なぜか、急に三人が黙ってしまった。
何か…また、変なことを言ってしまっただろうか。
「…髪飾りは、いかがなさいますか?」
年長の使用人が何ごともなかったように、鏡台の前へ促した。
「その、桃色の髪飾りが可愛いな」
「いいですね。衣装にとてもよくお似合いです」
使用人が、手際よく髪をまとめていく。
「ね…あなたは、何というお名前なの?」
「…私の名前でしょうか?」
「ええ。名前が分からないと、呼びにくいから」
後ろで残りの衣装をまとめている二人の名は、ヤオとツォンだ。
「…私は、ラーラと申します」
「ラーラ。良い名ね」
「…リリアンヌ様。私どもは、ただの下働きです。名など、どうぞお忘れください」
「えっ…どうして?」
リリアンヌは、ぎょっとして尋ねた。
「あ…もしかして、名前を呼んではいけない…?」
「…そんなことは、ありませんが」
「それなら、呼ばせてもらいます」
「……」
ラーラは、少し困ったように目を伏せた。
「…できました。行きましょうか」
そう言って、そっと椅子を引いた。
―――
「本当に、お似合いなお二人ですことっ」
煌びやかな女性が笑いながら、大きな扇子で口元を隠した。
「…ありがとうございます、ウェレリエ王妃」
リリアンヌは、何度目か分からない礼を口にした。
「この子たちも、もうすぐ成人を迎えますからね。あなた方のように、素敵なお相手に巡り会えるといいのですけれど」
ウェレリエは、隣に座る二人へちらりと目を向けた。
リリアンヌも視線を向けると、王子たちが軽く会釈をした。
「タッセントでは、十四歳で成人ですのよ。この子は、来年なの」
「そうなのですね。セスランディアでは、十六歳なのです」
「あら、では、リリアンヌ様は成人されたばかりなのね?」
「ええ、今年の一の月に誕生日を迎えました」
「あら…本当、つい最近のことなのねっ!」
ウェレリエが、楽しそうに笑った。
まさか…別の家族を紹介されるとは思わなかった。
もうひとりの妃…ということだろうか。
ショウレンは、どちらも“妻”という言い方をした。
ウェレリエの顔立ちは、タッセントの人々とは少し違って見える。
何も話さなかったユンファとは対照的に、彼女はよく話しかけてくれる。
セスランディアの貴族たちとどこか似た話し方に、少しだけほっとした。
「…セスランディアには、川沿いの港も多くあるのか?」
ショウレンの声が、ふいに耳に届いた。
「ええ。大きな川もいくつかありますから。船を使った物資の運搬も盛んです」
左隣に座るルイージが、淡々と答えている。
「なるほど。こちらは、川よりも海を使うことが多いな」
「貴国は、北の海へ出られますからね。昨夜の海の幸は、本当に美味でした」
「それが自慢だからな。だが、国土の広いセスランディアでは、食も豊かなのであろう」
「気候の変化が少ないということは、育つ作物も限られます。ですから――」
「…徳は巡り、孤せず、隣伴い戻る。それは、“栄王論”の一節だ」
今度は右隣にいるブライアンの声が聞こえ、リリアンヌはそちらへ意識を戻した。
「…よく、ご存じですね」
王子のひとりが、驚いたようにブライアンを見ていた。
「その論は、我が国でも有名だからな」
「ですが、私は異国の書物について、何も知りません」
「フワド殿は、まだ若い。これから学ぶ機会はいくらでもあるだろう」
「ブライアン殿下は、王となるための学びをいつから始められたのでしょう?」
フワドの隣に座る、年下らしい王子が興味深そうに尋ねた。
「まっ…いけません、セイオウ…!」
「ウェレリエ王妃、構いませんよ。…そうだな、私は九歳の時に自分にちからがあると分かり、王になるべく学び始めた」
ブライアンは気にした様子もなく、セイオウに答えた。
「ちからとは、光のちからのことでしょうか?」
「その通りだ」
「すごい…!僕も、そんなすごいちからが欲しかったです」
「セイオウ殿も、ちからを持っているのか?」
「はい!僕のちからは――」
「お話が弾んで何よりですが、どうです、お花の観賞でもいたしませんこと?」
ウェレリエが、さっとセイオウの言葉を遮った。
「陛下より、フォウファという花だと伺いました。とても綺麗ですね」
リリアンヌは、辺りに咲く花々をゆっくりと見渡した。
枝いっぱいに小ぶりな花をつけ、その姿も様々だ。
大きく枝を広げて華やかに咲き誇るものもあれば、細い枝を垂らし、どこか儚げに花を咲かせるものもある。
赤や桃色、白の花で彩られた庭園はとても綺麗で、見応えがあった。
「この花は、もう少しすると実がなるのですよ。それを漬けた酒は、とても甘くて美味しいの」
「それは…とても興味があります」
ウェレリエの言葉に、リリアンヌはわずかに身を乗り出した。
「私の婚約者は、酒に目がなくてな…それでいて酒に弱いから、始末に負えない」
「…!」
ブライアンが手を伸ばし、そっとリリアンヌの手を握った。
「まぁ…!本当に仲良しだこと」
ウェレリエが扇子を広げ、ふふふっと笑った。
「ああ、すまない…確か貴国では、人前で異性に触れてはいけなかったか」
顔を赤くする二人の王子へ、ブライアンがさらりと言った。
それでも、繋いだ手は離さなかった。
「…昨夜は、愚息が失礼したな」
ショウレンがルイージとの会話を止め、こちらを振り向いた。
「もう、貴女の前には現れない。安心してくれ」
「……」
リリアンヌは、きゅっと口を結んだ。
昨夜、オウワンが部屋まで来たことを言っているのだろう。
「本当に、オウワン様は困ったお方なのだから…」
ウェレリエが、扇子の下で呟いた。
「…驚きましたが、大丈夫です」
そう言うしかなかった。
「ブライアン王太子も、申し訳なかった。どうか許してくれ」
「…二度とないものと、信じております」
ブライアンがふっと笑い、手を離した。
――ガシャーンッ…!
不意に、遠くから何かが壊れたような音が響いた。
傍に控えていた兵たちが一斉に駆け寄り、ショウレンを囲んで身構えた。
ブライアンはすぐさま剣の柄に手をかけ、ルイージも音のした方へ鋭く目を向けた。
しんと、辺りが静まり返る。
「…すまないが、ここで待っていてくれ」
ショウレンはそう言い残すと、兵を従えて足早に庭をあとにした。
ほどなく、その背が建物の中へ消えていった。
「な、何ごとでしょうね…?」
ウェレリエは青ざめた顔で、二人の王子を傍へ引き寄せた。
「…誰か騒いでいますね」
ルイージが隣から、そっと囁いた。
「騒いでいるのは、ひとりだな」
ブライアンが、音がした方へ視線を向けたまま言った。
「何が…あったのでしょう」
リリアンヌは、二人の間でぎゅっと眉をひそめた。
聞こえるのは、怒号のような…
悲鳴のような――
それも、すぐに聞こえなくなった。
しばらくして、ショウレンが庭へ戻ってきた。
「大変、失礼した」
「どうされましたか」
ブライアンがすかさず尋ねた。
「使用人が、粗相をしてな。客人の前で、みっともないところを見せた」
ショウレンは淡々と答えた。
「……」
さっき聞こえたのは、男性の声だった。
王妃の住まう区域に、男性の使用人がいるのだろうか。
「今日は、これでお開きとしよう。夕食は、部屋の方に用意させる」
「……」
リリアンヌは、じっとショウレンを見つめた。
何か、尋ねるべきだろうか。
ブライアンとルイージは、何も言わない。
「リリアンヌ殿。明日は、エルフの者と獣人族の少年に会わせてくれないか」
「えっ?」
予想外の言葉に、思わず聞き返した。
「異種族の者から、直接話を聞いてみたくてな。こんな機会もないだろう」
ショウレンは薄く笑い、静かに続けた。
「……」
まだ――
悠長に、話をする気なのか。
「…なに、ただ話をするだけだ。会談だな」
リリアンヌの表情に気付いたショウレンが、素早く付け足した。
「ショウレン陛下。我々も同席してもよろしいでしょうか」
何か答える前に、ブライアンが口を開いた。
「無論だ。もうひとり、客がいたな。六人で参加して構わない」
ショウレンはそう言うと、使用人へ目配せをした。
それを合図に、使用人たちがリリアンヌたちの椅子を引いた。
「慌ただしくてすまなかった。また明日、会おう」




