たどたどしい外交②
リリアンヌ視点
「ブライアン王太子、リリアンヌ殿。晩餐会へようこそ」
長いテーブルの上座に、ショウレンが座っていた。
「できる限り貴国の作法に倣ってみたのだが、すべて聞き伝えでな。不備があっても許してくれ」
「ショウレン陛下。このたびは晩餐会へお招きいただき、ありがとうございます」
リリアンヌは、ブライアンと並んで一礼した。
「堅苦しい挨拶は不要だ。こちらへ」
ショウレンの片側には三人が並び、その向かい側に二人分の席が用意されている。
「息子のオウワン、妻のユンファ、娘のルオラだ」
席の前まで進むと、ショウレンが三人を紹介した。
三人が、それぞれ深く頭を下げる。
「オウワン殿下、ユンファ王妃、ルオラ殿下。お初にお目にかかります。リリアンヌ・エラドリオールと申します」
「セスランディア王太子、ブライアン・セスランディアです。お初にお目にかかります」
ブライアンも続いて一礼した。
ユンファは、とても綺麗な女性だった。
けれどずっと目を伏せていて、恐らく、こちらを一度も見ていない。
オウワンは、私と年齢が近そうだ。
ショウレンともユンファとも似ていなくて、なかなか…ふくよかな体だ。
ルオラは、まだ幼い。
隣に座る母をちらちらと見上げ、不安そうな顔を浮かべている。
プージのところの孤児院にいる、ココを思い出した。
扉から使用人たちが入ってきて、テーブルに次々と料理を並べていく。
あっという間に、目の前が色とりどりの料理で埋まった。
こんがりと焼き上げられた大きな鳥に、湯気の立つ海鮮のスープ。
大きな海老は頭や殻まで豪快に盛りつけられ、蒸した身が美しく添えられている。
どれも、食欲をそそる良い香りだ。
「今宵はタッセントの料理を楽しんでくれるとありがたい」
その言葉を合図に、晩餐会が始まった。
思った以上に、和やかな時間だった。
主に、ショウレンの質問が続く。
料理はセスランディアと比べてどうだとか、海の幸はあまり食べないだろうとか。
当たり障りのない話ばかりだ。
「二人は、従兄妹同士なのだろう?」
ふいに、ショウレンが別の話を切り出した。
「はい、そうです」
リリアンヌが代表して答えた。
ショウレンの視線は、こちらに向けられている。
「従兄妹同士で、婚約か。セスランディアでは珍しくないのか」
「えっ、そうなのですか?」
オウワンが、ぱっと顔を上げた。
「セスランディアでは、従兄妹同士の結婚を許しているのですか?」
「…こちらでは、そこまで珍しいことではありません」
リリアンヌは、わずかに間を置いて答えた。
「私にも従兄妹がおりますが…あれとは、とても結婚できませんね」
オウワンは一瞬、馬鹿にしたように笑った。
「オウワン、やめろ。お前の価値観でものを話すな」
ショウレンが軽く窘めた。
「すまない、愚息はまだこういった場に慣れないものでな」
「いいえ。私も、慣れていません」
「そうだろうか。貴女は、随分堂々としている」
「そう…でしょうか」
堂々としているなんて、初めて言われた。
ずっと、肩が丸まっているとか、自信を持てとか言われてきたのに。
話題は再び、料理や互いの国の文化へと戻った。
オウワンも、それ以上は何も話さない。
ユンファとルオラに至っては、最後まで一言も口を開かなかった。
「長旅で疲れているであろう。今夜はもう、ゆっくり休んでくれ」
やがて食事も終わり、使用人たちがリリアンヌとブライアンの椅子を引く。
「ああ…そうだ。城の裏庭にあるフォウファという花が見頃でな。明日、花見会でもどうだろうか」
二人が席を立つと、ショウレンが思い出したように言った。
「それは…嬉しいお誘いです。ぜひ、ブライアンと参加させてください」
リリアンヌは、たどたどしく応えた。
「…裏庭は、王族以外の男子は立ち入り禁止でな。すまないが、貴女だけで参加してもらいたい」
ショウレンは申し訳なさそうに続けた。
「……」
これは。
どうすればいいのだろう。
「ご安心ください、リリアンヌ殿。私が責任をもってご案内いたします」
オウワンがテーブルの向こうから、ぐいっと身を乗り出した。
「ショウレン陛下。さすがにそれは、少々やりすぎではありませんか」
ブライアンが、すっとリリアンヌの隣に並んだ。
「慣れぬ地で婚約者をひとりにするなど、私には到底できません」
怖いくらい、にこやかな笑顔だった。
「ですから、私が――」
「貴国ではどうか分からないが、我が国では、婚約者を他の男に任せることなどできない」
ブライアンは、オウワンへ冷やかな視線を向けた。
「嫉妬で、手元が狂うかもしれないな」
「はぁ…?」
オウワンが、怪訝そうに眉を寄せた。
「…冗談だ。ブライアン王太子」
ショウレンがふっと笑った。
「男の立ち入りに制限があるのは本当だが、貴殿らは別だ。ルイージ宰相も招待しよう」
「お誘いいただき、光栄です」
ブライアンが、すぐに礼を返した。
「…行こう、リリアンヌ」
「…!」
腰に手を回され、そのままぐっとブライアンの方へ引き寄せられた。
「ショウレン陛下。素晴らしい馳走でもてなしていただき、感謝いたします」
「…あ、ありがとうございました」
ブライアンは腰に手を添えたまま、リリアンヌを連れて食堂をあとにした。
「…驚いた顔をするなと、言っただろう」
廊下に出た途端、耳元で囁かれた。
何事もなかったように腰から手を離し、いつものように腕を差し出した。
「…何を言っても、とのことでした」
リリアンヌは小さく口を尖らせ、その腕に手を添えた。
ブライアンの言葉には、驚かなかったはずだ。
「あれは、予想以上に頭が悪そうだな…」
「…あれ?」
「……」
ブライアンは黙り込んだまま、何か考え込んでいる。
「あの、ブライアン…このあと、話す時間はありますか?」
今日中に、みんなとこれからのことを話しておきたい。
けれど、案内の者がいる今は、このまま部屋へ戻るしかない。
「……」
返事はない。
そのまま、割り当てられた棟へ着いた。
「私は、こちらにて失礼いたします。何かございましたら、門番へお申しつけください」
案内の者が一礼し、去っていく。
棟の入り口には、先ほどまでいなかった見張りの兵が立っていた。
中は自由に動けそうだけれど、これではネウロたちのいる隣の棟へ勝手に行けそうにない。
ブライアンは、難しい顔をしたまま部屋へ向かった。
「ネウロとルイージ宰相とは、お話しできないでしょうか?」
堪らず、もう一度尋ねた。
「禁止はされていないだろうが…」
部屋の前まで来て、ようやく返事がきた。
「私が二人のところへ行ってくる。君は部屋にいてくれないか」
「分かりました」
「それから…――」
ブライアンが顔を寄せ、耳元で囁いた。
「…え?」
思わず、ブライアンの顔を見返した。
「ほ、本当に…?」
「私の考えでは、恐らくな。…少し、分からせる必要がある」
「も、もしそうなったら、言われた通りにします」
「くれぐれも気をつけろ」
ブライアンは踵を返し、再び入り口の方へ向かっていった。
その背を見送り、部屋へ戻る。
ベッドの上には、寝間着らしい薄手の長衣が用意されていた。
それを持って備えられた浴室へ向かうと、大きな檜風呂まであった。
久しぶりにゆっくりと湯に浸かり、長旅の疲れを落とした。
風呂から上がり、髪を梳かしていると、部屋の扉がノックされた。
「リリアンヌ殿、オウワンです! 少し、お時間をいただけないだろうか」
「……」
…本当に、来た。




