たどたどしい外交①
リリアンヌ視点
ハラは、城の前の長い石段を下りず、そのまま城壁の上を進んでいった。
しばらく進むと、反り上がった瓦屋根の建物が、二棟並んで見えてきた。
一棟にルイージとネウロが、もう一棟にブライアンと一緒に案内された。
まさか…婚約者と言ったから、同じ棟にされたのだろうか。
「では、リリアンヌ殿、ブライアン殿下。私は、こちらで失礼します」
ハラが、棟の入り口前で一礼した。
「ハラ大臣も、晩餐会へ参加されますか?」
リリアンヌは、何気なく尋ねた。
「いいえ。先ほど陛下がおっしゃった通り、今宵は王家の方々のみでございます」
「それでは、また明日でしょうか?」
「…何がでしょうか?」
「ハラ大臣とは、また明日お会いできるのかな、と」
「……」
ハラは黙ったまま、じっとリリアンヌに目を向けた。
「……」
何か…変なことを言っただろうか。
「…明日になるかは分かりませんが、貴国との折衝は、私が担っております。またお会いすることになるでしょう」
やがて、ゆっくりと口を開いた。
「それなら、良かったです」
せっかく仲良くなれた気がしたのに、これが最後だと言われたら、少し寂しい。
「…私は、常に城内におります」
「…え?」
リリアンヌは、ぱっと顔を上げた。
「それでは、失礼します」
ハラが再び頭を下げ、今度こそ去っていった。
「…?」
どうして今、それを言ったのだろう。
「リリアンヌ様、ブライアン様。部屋へご案内させていただきます」
「あっ…はい」
去っていくハラから目を離し、慌てて棟内へ足を踏み入れた。
使用人はキリとビッケを見て、一瞬迷った様子を見せたものの、そのまま部屋へ案内した。
リリアンヌは一番奥の部屋へ通され、ビッケはその隣になった。
部屋の中央には、天蓋の付いた豪奢なベッドが置かれている。
周りには彫刻の施された家具や、華やかな調度品が並んでいた。
「一度、オレ出る?」
「ううん、大丈夫」
リリアンヌは荷物を床に置くと、すぐにマントを外して上衣を脱いだ。
「ごめん…ビッケ、手伝ってくれる?」
「うん」
ビッケに手伝ってもらいながら、左肩を包帯で覆っていく。
傷跡は、ここの人たちには見せないように。
そう、ルイージから言われていた。
上衣を着直したところで、「失礼いたします」と使用人たちが入ってきた。
三人の女性が、それぞれ何着もの衣装を抱えていた。
「どれか、お気に召すものはございますか?」
「……」
正直…多すぎて、選べない。
「…左肩に包帯を巻いているので、そこが隠れる衣装がいいのだけど」
使用人たちは特に理由を尋ねることもなく、いくつかの衣装を選び出してくれた。
用意してくれたのはすべて、見慣れない形の衣装だった。
胸元で布を重ね、細い帯を高い位置で結ぶ。
その上から、薄い上衣をふわりと羽織った。
まるで、物語に出てくる仙女の衣装みたいだ。
…とても可愛い。
黒髪だから、思っていたより違和感なく馴染んでいる気がした。
着付けが終わると、鏡台の前に座らされた。
「髪型はどうされますか?」
「ええと…未婚でも問題のない髪型でお願いできますか?」
「え…?」
櫛を手にした使用人が、不思議そうな顔をした。
「そういう決まりは…ないのかな?」
セスランディアでは、髪型に特別な決まりはない。
けれど、この国にはそういう決まりがあるのかと勝手に思ってしまった。
「いえ、おっしゃる通りですが、よくご存じだと思いまして…」
「セスランディアでも、地域によってはそういった文化があるの」
咄嗟に嘘をついた。
「なるほど、そうですか…」
使用人は納得したように頷き、髪を梳かし始めた。
「衣装に合うように整えさせていただきます」
「ありがとう」
その言葉に、使用人の手がふと止まった。
「…綺麗な御髪ですね」
そう呟き、再び静かに櫛を通していく。
「そうかな…ありがとう」
思わず、苦笑いがこぼれた。
長旅で、ちゃんとお手入れもできなかった。
バッキラ香油は毎日使っていたけれど、陽に焼けて、ぱさぱさになってしまった気がしていた。
身支度を終わらせて部屋を出ると、すでにブライアンが待っていた。
「君は、何でも似合う。綺麗だ」
いつものように、すぐに褒めてくれた。
「ありがとうございます。ブライアンも、とっても格好良いです」
ブライアンも、こちらの衣装だ。
黒地に金の刺繍が入った衣に、幅広の帯を締めている。
不思議と、黄金色の髪にもよく馴染んでいた。
「リリアンヌ様、ブライアン様。こちらへどうぞ」
使用人が、二人を先導していく。
「行ってらっしゃいませ」
ビッケが、扉の前で見送った。
「……」
「こちらの様子が分からないからな。連れていかない方が無難だ」
後ろを振り向くリリアンヌに、ブライアンが囁いた。
「…あの、ブライアン。何か気を付けることはありますか?」
ルイージにも聞いたばかりなのに、不安になってもう一度尋ねてしまった。
「そうだな…私が何を言っても、驚いた顔をしないでほしい」
「…へ」
「その顔も、やめてほしい」
ブライアンはきょとんとするリリアンヌに、ふっと苦笑を浮かべた。
「…分かりました」
一体、何を言うつもりなのだろう。




