隣国の王
リリアンヌ視点
コウラン城の玉座の間は、レイセント城のものとまったく違っていた。
天井はそれほど高くない。
けれどその代わり、広間は左右へ大きく広がっている。
太い柱が等間隔に並び、その奥――
数段高くなった場所に、金の装飾が施された玉座が据えられていた。
広間の左右には大勢の人がずらりと並び、他国から来た一行をじっと見つめていた。
その視線を受けながら、玉座に向かって進む。
やがて玉座の前に着くと、ブライアンとルイージが流れるように膝をついた。
リリアンヌも二人を真似て両膝をつき、そっと目を伏せた。
「面を上げよ」
低くかすれた声が、頭の上から降ってきた。
ゆっくりと顔を上げ、初めて玉座の王を見た。
「…っ」
その瞬間、小さく息を呑んだ。
「私がタッセントの王、ショウレンだ。我が国へようこそ。長旅ご苦労であった」
ブライアンから、ショウレンは三十代半ばと聞いていた。
けれど、とてもそうは見えない。
白い髪は、年齢によるものではないだろう。
頬はひどくこけ、落ちくぼんだ目元には深い影が落ちている。
ただ、その眼差しだけは異様なほど鋭い。
後ろに並ぶキリたちまで、順に見渡している。
ブライアンの腕が微かに触れ、リリアンヌは慌てて口を開いた。
「セスランディア王国、王弟ロデオ・エラドリオールの娘、リリアンヌと申します。ショウレン陛下、お目にかかれて光栄でございます」
「お初にお目にかかります、ショウレン陛下。セスランディア王国王太子ブライアンと申します」
「セスランディア王国宰相、ルイージ・アートンと申します。ご尊顔を拝し、恐悦至極に存じます」
すぐにブライアンとルイージが続いた。
「鷹に乗って入国したと聞いたぞ。さすが、精霊の申し子だな」
「…ショウレン陛下、入国の際にはお力添えいただき、ありがとうございました」
咄嗟に、当たり障りのない返事をした。
「なに、大したことはしていない。それにしても、まさか本当に我が国へ来るとは思わなかった」
「……」
これは…どう返せばいいのだろう。
簡単でした、とでも冗談を言うべきなのだろうか。
「本当に、精霊がいるな」
黙っていると、ショウレンが先に切り出した。
「はい。スノウと申します」
リリアンヌは答えながら、肩にとまるスノウの頭を優しく撫でた。
「常に肩にいるのか?」
「…はい、そうです」
本当は、他の人の肩や頭にもとまることもあるけれど。
今、そこまで説明する必要はないだろう。
「…そうか」
ショウレンの視線が、ゆっくりと隣に移っていった。
「ブライアン王太子。噂以上の貴公子だな」
「光栄なお言葉です」
ブライアンは目を伏せ、すぐに言葉を返した。
「精霊の申し子と大国の王太子が、わずかな供だけで敵国へ来るとはな…」
ショウレンの目が、ゆっくりと細くなっていく。
「…貴殿らを、心から歓迎しよう」
「……」
この言葉が本心かは…分からない。
「長旅でさぞ疲れているだろう。食事は部屋へ運ばせよう。今夜はゆっくり休め」
「お心遣い感謝いたします」
リリアンヌは膝をついたまま、深くお辞儀した。
「リリアンヌ殿には、今宵の晩餐会に参加してもらいたい」
「え」
本当に、誘われた。
「なに、晩餐会と言っても、私の家族だけだ。身内に、貴女を紹介したい。いかがだろうか」
「…大変光栄なお誘いですが、私は、正装を持ってきておりません」
持ってきたのは、旅の装束だけだ。
セスランディアの王族として、さすがにこの格好で晩餐会には参加できない。
「ああ…そこまで気が回らず、すまなかった。いくつかの衣装を、貴女の部屋に持っていかせよう」
「…そ、それは…ありがとうございます」
「まだ、何か問題でもあるか?」
「……」
これはもう、参加が前提で話をされている。
「…では、婚約者と共に参加させていただいてもよろしいでしょうか?」
ルイージに言われたことを、ちゃんと思い出した。
「…婚約者?」
「はい。ブライアン王太子です」
リリアンヌは、さっと隣のブライアンへ手を向けた。
ざわりと、周りが騒がしくなった。
「…は、なるほど」
ショウレンは、じろりと二人を見下ろした。
「もちろん、構わない。ブライアン王太子、貴殿とも話してみたかった」
「それは光栄です」
ブライアンが、再びすぐに返した。
「まずは部屋へ案内させよう。ハラ、頼む」
「かしこまりました」
脇に控えていたハラが、入り口へ向かって歩き出した。
一行もショウレンに一礼し、そのあとに続いた。
「お疲れ様でした」
しばらくして、ルイージがそっと口を開いた。
「あれで大丈夫でしたでしょうか…?」
リリアンヌは、ちらりと隣を見上げた。
「…及第点と言ったところです」
相変わらず、厳しい。
「いいですか。あなたは、絶対にブライアン殿下から離れないでください」
「…分かりました」
晩餐会は、セスランディアと同じようなものだろうか。
分からないけれど、参加する以上、みっともない姿は見せたくない。
「あと…お願いですから、同性、異性問わず、みだりに触れないでください」
「!?そ、そんなことしません」
まるで、誰にでも触れて回っているような言い方だ。
「……」
ルイージは、無言でリリアンヌを見やった。
「…こちらの国では、夫婦や家族以外の異性に触れることは、慎むべきこととされています」
「セスランディアの貴族と、同じような礼儀ですね」
エスコートや敬意を示す手の甲へのキス以外、異性に触れることは失礼にあたる。
「分かっているじゃないですか」
また、睨まれてしまった。
ルイージに、ちからを試した時以外、触れたことがあっただろうか…
八歳からの記憶を辿ったけれど、思い出せなかった。




