新たな試練
ルイージ視点
リリアンヌたちが階段を上がっていくと、ネウロが欠伸を漏らした。
「今日、僕は不寝番なんて無理ですからね」
相当、ちからを使っていた。
冗談のように言っているが、限界に近いのだろう。
「構わない。私とルイージ宰相で十分だ」
「ブライアン殿下。私は体力も余っていますから、ひとりで平気です」
ブライアンも、相当限界なはずだ。
ずっと神経を張り巡らせていた。
「交代でやりましょう。先に寝かせてもらいます」
ブライアンはそう言いつつも、椅子を引いて腰掛けた。
「これからが本番のはずなのに…どうにも、調子が狂いますね」
ネウロが、ぽつりとこぼした。
「ハラ大臣には、こちらに対する裏は何もありません。隠しごとはあるようですが、陥れるつもりはまったくないようです」
「…本気かよ」
ルイージは呆れ混じりに呟いた。
ネウロのちからが本物なのは、この旅で身に染みて分かった。
それなら、本当にハラはこちらを陥れる気はない。
あれだけ、裏があるように聞こえる発言をしていたというのに。
「リリアンヌを、どうしてもコウランへ連れて行きたいのだろうな」
ブライアンが、茶をこくりと飲んだ。
「やはり、要人の治療が目的でしょうか」
リリアンヌを呼びたい理由は、分かりきっている。
白のちからを求めているか、異形の存在の討伐を頼みたいか。
後者なら、こんな悠長なことをしている余裕はないはずだ。
それに、どの国もこれまでは自力で討伐してきた。
となれば、王か、それに連なる者が重病なのか。
「その可能性が濃厚でしょう」
ブライアンが静かに頷いた。
「確かに、ショウレン王は病気みたいに細いですねぇ」
「お前はもう寝ろよ」
ルイージは眉を寄せ、眠そうなネウロを見やった。
「そうさせていただきますよ。おやすみなさい」
ネウロは、さっさと階段を上がっていった。
「ブライアン殿下も、そろそろお休みください」
「ええ…」
ブライアンは考え込みながら、指先でテーブルをとんとんと叩いた。
父親と同じ癖だ。
「ショウレンは…リリアンヌに、どうやって白のちからを使わせる気なのか…」
小さく呟いている。
「……」
ルイージは、静かに茶を口に運んだ。
先ほど、リリアンヌには白のちからを絶対に使うなと言ったが――
こちらの切り札として使うなら、話は別だ。
本当に白のちからを求めているなら、こちらが圧倒的に優位に立てる。
だからこそタッセントは、交渉の場に持ち込まれる前に、どうにかリリアンヌに白のちからを使わせようとするだろう。
『…お噂通り、お優しい方ですね』
リリアンヌなら、頼まずとも自ら病人を治してくれる――
そう考えているのか。
安直な考えだが、実際、それが彼女には通用してしまう。
彼女に、駆け引きはできない。
白のちからを先に使えば、それだけでこちらの優位は崩れる。
下手をすれば、こちらが頼み込む立場になりかねない。
ショウレンも、何かしら仕掛けてくるはずだ。
例えば――
「…私は、こちらとの交渉を避けるつもりかと」
ルイージは、ぽつりと口を開いた。
「あちらには、確か王子が三人ほどいたはずです」
「…王子を近づけ、リリアンヌとの縁談に持ち込むつもりだとでも? その気なら、ショウレンは随分と悠長ですね」
「いえ…そうではなく。リリアンヌ殿下を王子の誰かに惚れさせ、頼みを聞かせるつもりなのでしょう」
惚れた相手からの頼みなら、交渉をせずとも、白のちからを使ってくれるかもしれない――と。
「…随分と馬鹿げた話ですね」
ブライアンが、嫌そうに顔をしかめた。
「…まあ、その心配は、あなたがいる限り必要ないでしょう」
リリアンヌ自身は、絶対に王子たちへ興味を持たないだろう。
だが、隙の多い彼女ひとりでは何があるか分からない。
婚約者役のブライアンが傍にいれば、下手な真似もできないはずだ。
「もしくは…彼女の情に訴えるか」
むしろ、こちらの方が厄介だ。
まだ誰が病人かは分からないが、実際に苦しんでいる者の姿を見たら、彼女はすぐにでもちからを使おうとするだろう。
「とにかく…彼女を、コウランでひとりにしてはいけない」
必ず、ブライアンか自分が傍にいなければ。
「…分かっています」
ブライアンは静かに立ち上がり、階段へ向かっていった。
その手前で足を止める。
「…王子の話は、リリアンヌにはしないでください」
それだけ言って、階段を上がっていった。
やがて扉の閉まる音が聞こえ、辺りがしんと静かになった。
「…はぁ」
ルイージは、ひとり溜息を漏らした。
本当に、タッセントへ来てしまった。
本当に――追手から、逃げきってしまった。
大剣を振りかぶったアランフォースの姿が脳裏をよぎり、背筋がぞくりと震えた。
あの距離からでも、確実に大鷹だけを狙う自信があったのだろう。
味方の時は頼もしいだけだったが、敵となれば、あれほど怖い者はいない。
ブルックは…生きているだろうか。
最後に微かに聞こえた声――あれは、サイラスのものだ。
あの二人に捕まったなら、生きていればましな方だろう。
巻き込まれて同情してやりたいところだが、元々は、リリアンヌを敵対視したあいつが悪い。
…ここまで来たなら、何としても交渉を有利に進めなくてはならない。
リリアンヌほど、政治の駆け引きに向かない者はいない。
それなのに、彼女はコウランへ行き、戦争まで止める気でいる。
一体、どこまで理解できているのか――
ショウレンだけでなく、リリアンヌの出方まで読まなくてはいけない。
だが、彼女の出方を読む方が遥かに難しいことは、
もう、分かっている。




