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セスランディア王国物語  作者: あきよし りん
第十七章/隣国タッセント
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静かな入国

リリアンヌ視点



ビッケは、多くの灯りがともる方へ大鷹を進ませた。


やがて、大きな城塞が見えてくる。



その手前には、いくつものランタンを掲げた兵たちが集まっていた。


三羽の大鷹が地上へ降りると、兵たちが一行を取り囲んだ。



「うわ…」


「でかいな…」


大鷹を見上げる兵たちに、ほっとした。


いきなり剣を向けられたらどうしようと、少しだけ思っていた。



「ガウゥゥ…ッ!」


ビッケが吠えると、兵たちが今度はそちらへ目を向けた。


大鷹たちが、ゆっくりと夜空へ戻っていく。


見送っていると、ひとりの兵士が近づいてきた。



「リリアンヌ様でお間違いないでしょうか」



「あ…はい。私がリリアンヌ・エラドリオールです」



「お待ちしておりました。こちらへ」


兵士に案内され、城塞の門へ向かった。


きっと、関所のヘレンキだ。


門の前には、兵とは違う服装をした人たちが並んでいた。



「リリアンヌ殿、タッセントへようこそお越しくださいました」

その中央に立つ男性が、こちらに向かって深く頭を下げた。



「私は、大臣を務めておりますハラと申します。首都コウランまで、私がご案内いたします」


がっしりとした体に、前世で見た東方風の衣装をまとっている。



「恐れ入りますが、ご同行の方々を確認させていただいてもよろしいでしょうか」


言葉遣いは丁寧だけれど、鋭い目が、素早く一行を確認していた。


他のみんなは、まだ深くマントをかぶったままだ。


隣に立つブライアンが、ぱさりとマントを払った。



「セスランディア王国の王太子、ブライアンと申す。私が同行する旨は、書状にて伝えている」



「ブライアン王太子殿下。もちろん、陛下より伺っております」

ハラが再び深く頭を下げた。



「セスランディア王国宰相、ルイージ・アートンと申します」

ルイージが、ハラと同じように頭を下げた。



「後ろに控える者たちは、護衛と従者だ。名乗った方がよいだろうか」

ブライアンが、ちらりと後ろの三人へ目を向けた。



「お名乗りいただく必要はございません。ただ、入国にあたり、お顔だけは確認させていただきます」


ハラの言葉に、キリ、ビッケ、ネウロが、それぞれ頭を覆っていたマントを払った。



「エルフ…!」


「やはり、獣人族か!」


たちまち、兵たちが騒がしくなった。



「静かにさせろ」

ハラは背後の兵士に指示を出すと、再びこちらへ視線を戻した。



「…気配を探ることに長けたエルフの方がいらっしゃるなら、話は早い。周辺をお確かめいただいて構いません。その方が、皆様もご安心でしょう」



「!」

リリアンヌは、ぴくりと顔を上げた。



「……」

ブライアンとルイージは、何も反応しなかった。



「長旅で、さぞお疲れでしょう。離れをご用意しておりますので、皆様でお休みください。…こちらへ」

ハラ自ら、先に立って歩き出した。



「あの…ハラ大臣」

リリアンヌは小さく駆け、その隣に並んだ。



「遅い時間にもかかわらず我々を出迎えてくださり、ありがとうございました」



「…お噂通り、お優しい方ですね」

ハラはじっと見つめたまま、真顔で言った。



「…タッセントで、私の噂が流れているのですか?」


セスランディアとタッセントは、国交を断絶しているはずなのに。


情報は入ってくるものなのだろうか。



「ええ。精霊の申し子の話は、あまりにも有名です」



「そ、それは…光栄です」


その呼ばれ方まで、伝わっているなんて。



「ハラ大臣。少し、よろしいでしょうか」

ルイージが歩み寄り、リリアンヌを挟むように並んだ。


少し離れようとすると、ルイージに視線で止められた。



「ええ、もちろんでございます。何でしょう」



「我々は、正規の手順を踏まずに入国しています。まだ他にも味方がいるとは、お考えにならないのでしょうか」



「…!」

思わず、息を呑んだ。


まるで、疑ってくれと言っているようなものだ。



「あなた方同様、こちらにも気配を探ることに長けた者がおります。入国されたのが、ここにいる六名だけであることは確認しております」

ハラは淡々と答えた。



「ええ。おっしゃる通り、たった六人です。我々を拘束することも、容易でしょう」



「その意思はございません。それに、光の使い手であるブライアン殿下やエルフの方を、ここにいる兵だけで拘束できるとも考えておりません」



「…随分とお詳しいですね」

ルイージの目が、わずかに細くなった。



「この程度の情報なら、あなた方もお持ちでしょう。互いに、同じことです」

ハラは、相変わらず表情を変えなかった。


短い沈黙が落ちた。



「あの…ハラ大臣は、喉を痛められていますか…?」



「…はい?」


「はぁ…?」


ハラもルイージも、リリアンヌへ視線を落とした。



「あ…ごめんなさい。話すのが、つらそうでしたので」


ハラの声はかすれ、話すたびに息が混じっていた。



「…失礼。持病でして。お聞き苦しかったでしょうか」



「いいえ…!あの、もしよろしかったら――」



「リリアンヌ、待て」

言い終える前に、ブライアンが後ろから二人の間へ入った。



「ハラ大臣、すまない。彼女は、まだこうした場に不慣れだ」



「…いえ、お気になさらず。まだ成人されたばかりでしょう」

ハラはそれだけ言って、再び前を向いた。



城塞の脇に伸びる階段を上がり、小さな見張り塔のような建物へ案内された。


その入り口で、ハラは足を止めた。



「我々は、こちらの建物には一切近づきません。どうぞ、皆様だけでお使いください」



「…明日は、何時頃に出立いたしますか」



「お任せいたします。支度が整いましたら、階段を下りてきてください」

ルイージの問いに淡々と答えると、ハラは深く頭を下げた。



「では、失礼いたします」


静かに扉が閉まる。



「きな臭すぎるだろ…!」

すぐに、ルイージが低く呟いた。



「ですがハラ大臣は、ほとんど正直に話していましたね」

ネウロは荷物を床に下ろし、部屋の中央にあるテーブルへ向かった。



「ほとんど?何か嘘をついたのか?」

ルイージが振り返って尋ねた。



「嘘ではありませんが、わずかに動揺した時がありました」

ネウロは何気なく、テーブルの茶器に手を伸ばす。



「リリアンヌ殿下が、喉のことを指摘した時です」



「えっ、そうなの?」


さっぱり分からなかった。



「持病は、本当です。ですが、殿下が白のちからを使おうとした時――正確には、その話を切り出そうとした時に、動揺しました」



「それは…当然じゃないのか?」

ルイージが眉を寄せた。



「どうでしょうねぇ。理由までは、僕には分かりません」

ネウロは小さく肩をすくめ、淹れた茶をテーブルに並べていった。



「皆さん、どうぞ」



「ありがとう」

リリアンヌは椅子を引き、ネウロの隣に腰掛けた。


間を置かず、ブライアンが傍へ寄ってきた。



「リリアンヌ。君は、絶対にこの国の者に白のちからを使っては駄目だ」



「どうしてですか?」



「他国から来た白の使い手が、勝手にこの国でちからを使えば、国同士の問題になりかねない」



「えっ…?」



「ブライアン殿下…私の方から」

いつの間にか席についていたルイージが、軽く手を上げた。



「…任せます」

ブライアンは短く答え、部屋の端にある階段へ向かっていった。


ビッケも、そのあとに続く。


キリはまだ、外から戻ってきていなかった。



コップを持ち上げ、茶をひと口飲んだ。


お腹はあまり空いていなかったけど、喉は渇いていた。



「リリアンヌ殿下。白のちからの扱いは、国によって異なります」



「…はい」

コップを置き、おずおずと頷いた。


ルイージの声色が、授業を受けていた時のようだ。



「例えばノウル国では、白のちからを受けても、本人が対価を支払う必要はありません。国が負担します」



「…タッセントでは、どうなのでしょうか?」


同盟国とですら、まったく違う。



「今は分かりません。ただ――十六年前のタッセントでは、白のちからを受けられるのは王族だけでした」



「えっ」



「それが今も変わっていないのなら、彼が動揺したのも分かりますねぇ」

ネウロがぽつりと呟いた。



「ハラ大臣が白のちからを受ければ、罰せられる可能性もあります」



「は、ハラ大臣が罰せられるの!?」

思わず声が裏返った。



「本来なら、使った側もでしょうね。ですが、いくら敵国とはいえ、殿下を罰するわけにはいかないでしょう」



「どうして…」


白のちからを送られただけで、罰せられる――?



「納得いかずとも、国の法律とはそういうものです」

ルイージが静かに締めた。



「他国の者に白のちからを使うことが、どれほど危険なことか分かりましたね?」



「…はい」


もう、頷くしかない。



階段から、足音が近づいてきた。


ビッケとブライアンが下りてくる。



「上に、部屋が三つあった」


「リリアンヌ。少しでも寝た方がいい」



「みんなは、どうするの?」


今日まで、ずっと夜通しで馬を走らせてきた。


私なんかより疲れているはずだ。



「順に寝る。気にせず、ビッケと上がってくれ」



「…分かりました」

リリアンヌは茶を飲み切り、立ち上がった。



「みんなも、早く休んでください」

ビッケと共に、そのまま階段を上がっていく。



最上階の扉を開けると、柔らかそうな布団が整えられたベッドがあった。


それを見た途端、一気に眠気が押し寄せた。



「隣に、洗い場があるんだよ。明日にしておく?」



「うん…起きたら入る」

リリアンヌはビッケに答えながら、そっと窓辺に近寄った。


多分、目の前は城塞だ。


下の方には灯りが見えるけれど、上は真っ暗で何も見えない。



「…ビッケ、ごめんね」



「何が?」



「鷹たちに、危険なことさせちゃった」

部屋の方へ振り返り、口をきゅっと結んだ。


タッセントへ渡る方法を話し合った時、ビッケが大鷹に乗ることを提案してくれた。


良い案だと喜んだけれど…味方や敵に狙われることまでは、考えていなかった。



「別に…オレ、呼び寄せる動物のこと、どうとも思ってないし」



「でも…書状も運んでくれたし、鷹たちには、すごくお世話になったのに」



「どうせ、何かあってもお前が白のちからで治すつもりだったんだろ?」



「…うん」


だけど、もし、アランフォースがあのまま大剣を投げていれば――



「大丈夫か」



「えっ…」


耳元で声が聞こえ、はっと振り向いた。


キリが窓枠に腰掛け、こちらを見ていた。



「あ…キリ、鷹を護ってくれてありがとう」


キリの放った矢が、アランフォースのナイフを空中で弾いた。



「あいつは、それほどお前を行かせたくなかった」



「…うん」


分かっている。



「もう、大丈夫」

リリアンヌは、しっかりと頷いた。



「ここまで来たからには、コウランのことだけを考える」


もう、後戻りはしない。



「…そうだな」

キリは優しく微笑むと、そっと右手を差し出した。



「キリも、たまには休んでね?」

差し出された手を、自然に握り返した。



「休んでいるから気にするな」



「それなら、いいけど…じゃあ、おやすみなさい」

握った手を、ゆっくりと離した。



「おやすみ」


キリはそれだけ言うと、窓の向こうへ姿を消した。



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