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セスランディア王国物語  作者: あきよし りん
第十六章/護りたいもの
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巻き込まれていく男②

ブルック視点



「私たち、どうしても――」



「リリアンヌ、落ち着け。私から伝える」

隣に立つマントの男が、彼女の腕を引いた。


この声に、聞き覚えがある。


また…とんでもない人物が、ここにいる。



「単刀直入に聞く。ホウレンベルク領から、秘密裏にタッセントへ入国することは可能か?」

王太子の口から、耳を疑うような言葉が飛び出した。



「…まず、なぜ、こんなことを王族がなさっているのでしょう」

真っ先に、その疑問が口を衝いた。



「お前には関係ない」



「ブライアン。やっぱりお願いするなら、ちゃんと説明したい」

リリアンヌはブライアンの腕に手を掛け、顔を見上げた。



「……」


こんなに二人は、距離が近かっただろうか。


いや…確か、ザンビア砦でも二人は一緒にいた。



「ブルック。あのね、私、タッセントの王と話をしたいの」



「……」


頭の痛い発言に、何も返せない。



「入国する許可は、もう、タッセントの王に取ってあります」



「は…」

ブルックは、小さく声を漏らした。



タッセントの王が、リリアンヌの入国を許可した――?


なぜ…?



「だけど…アッシカル領には多くの味方がいて、入国が難しいの」



「…あなたは、独断で向かわれているのですね」


まったく状況は読めないが、


彼女がとんでもない奇行に走っていることだけは、理解した。



「ホウレンベルク領からなら、もしかしたら、どこか渡れるところがあるんじゃないかなって思って」



「…それで、私のもとにいらしたと」



「ええ、そうです」

リリアンヌは、こくんと頷いた。



「……」


言いたいことが、次々と喉までせり上がってくる。


それを、かろうじて呑み込んだ。



「ゆっくりしている時間はない。すぐにでも発たないと、最強の刺客がやってくる」



「ブライアン…!刺客だなんて…」



「……」

その言葉に、ふと辺りを見渡した。



…そういえば。


自分がこんなにもリリアンヌに近づいているのに、どこからも殺気を感じない。


エルフの後ろに控える三人から、探るような視線は感じるが、戦意すらない。



あの忠犬が、リリアンヌの傍にいない…?



「お願い、ブルック…」

リリアンヌは胸の前で両手を組み、懇願するように見上げた。



「どうしても、味方に捕まるわけにはいかないの」



「……」


本当に…この方は。


何も、変わらない。



「…なぜ、私があなたに協力しなければいけないのでしょう」



「ブルックが私を嫌いなことは、分かっています。だけど今、頼れるのはブルックしかいないの」



「……」



「お願いします、ブルック。…協力してください」

言うなり、深く頭を下げた。



「…あなたは、王族だ」

ブルックの声に、わずかな怒気が滲んだ。



「私に命令をすればいいでしょう…!」


なぜ、ブライアンは止めないのか。



「こんなこと、命令できない…!」

リリアンヌは顔を上げ、急いで首を振った。



「私は、その…今、陛下に逆らっているから…」

困ったように眉を下げている。



「何があっても、ブルックの名を出さないことを約束します。もし味方に捕まっても、ブルックのせいにしたりしない」



「……」


…だから。



「地図で示してくれるだけでいいの…!お願いします…!」


だから――


この方が、嫌いだ。



「…地図を」



「…!」

ぱっと、リリアンヌの表情が明るくなった。


ブライアンが、控えている三人の方へ振り向いた。


その中のひとりが、地図を持って近づいてくる。



「書き込む必要があれば、この石筆を使ってください」


この声にも、覚えがある。



「…この地図では、大まかな説明しかできませんが」

ブルックはその場に跪き、受け取った地図を地面に広げた。


描かれているのは、ホウレンベルク領とアッシカル領、その周辺だけだ。



「…今、我々はここにいます」

地図の東側を、指で示した。



「うん」

リリアンヌが屈み、正面から覗き込んだ。



「ここから一日ほど北へ馬を走らせると、ガーデラ川へ出ます」

ブルックは指先を北へ滑らせ、そのまま川沿いをなぞった。



「そこから川に沿うように、長い城壁が築かれています」

ある地点で、指を止める。



「…ここで、一旦城壁は終わる」



「…ほとんどアッシカル領だな」

ブライアンが低い声で呟いた。



「いいえ。この位置から領境までは、まだ半日かかります」

ブルックはすぐに答えた。



「そして、城壁が途切れるこの辺りで、川は二股に分かれています。この地図には、そこまで詳しく描かれていませんが…二つに分かれた川は、その先のここで再び合流します」

石筆で、中州のある一帯を大きく囲んだ。



「二つの流れの間にできた中州は、深い森に覆われ、周囲の川もほとんどが深い。天然の防壁となっているため、この区間に城壁はありません。軍勢が侵入できるような場所でもなく、見張りも常駐していません」



「…確かに、中州に兵の姿はありませんねぇ」

知らない声の男が、呟いた。



「じゃあ、この二股に分かれるところから入ればいいのね?」



「ええ。この辺りは川幅が広く、流れも速いですが、一か所だけ浅瀬があります。馬を連れ、中州まで歩いて渡ることも可能です」

ブルックはリリアンヌへ答えながら、浅瀬の部分にさらに丸を描いた。



「ただ…こちら側は徒歩で渡れても、中州の向こうはそうはいきません。タッセント側へ渡るには、舟が必要です」


舟まで用意してやる義理は、ない。



「それは、大丈夫」

リリアンヌは自信ありげに頷いた。



「…それから、いくら手薄とはいえ、ここまで向かう間には多くの見張り兵がいます」


あくまで、国境を越えられる可能性が高いというだけだ。



「それも多分、大丈夫」



「……」


彼女のこの自信は、どこから来るのか。



「国境を越えるなら、夜が良いですね。闇夜に紛れて、タッセント側へ渡る」

この声は、ルイージのものだ。



「それなら…明日の夜?」

リリアンヌがちらりとブライアンを見上げた。



「問題は追手だな…ネウロ、どうだ」



「向こうは、ずっと川沿いを走っています。こちらも川沿いに向かえば、間違いなくぶつかります」

ブライアンに名を呼ばれた男が、静かに答えた。


マントの下から、青い光が漏れている。



…ネウロ?


パルミア侯爵家の嫡男か?


なぜ、こいつがここに?



「…間に合わない?」

リリアンヌが泣きそうな声で尋ねた。



「…川沿いを走らなければいいだけではありませんか?」

ブルックは、静かに口を挟んだ。


状況は分からないが、川沿いを避ければ、追手とはすれ違えるはずだ。



「川から離れて迂回すれば、浅瀬の正確な位置が分からない」

ブライアンが、丸の場所を指で示した。



「それに、できる限り人目を避けたい」



「…とにかく、早く向かいましょう」

ルイージが地図を丸め、立ち上がった。



「ブルック」



「!」


リリアンヌは、ブルックの手をぎゅっと握った。



「本当に、ありがとう…!とても助かりました」



「リリアンヌ、早く」

ブライアンはすでに、馬のもとへ向かっている。



「ブルックが元気そうで、良かった」

リリアンヌは手を離すと、すぐに立ち上がった。



「……」



「どうか、元気でね」



「…馬を一騎、貸していただけますか」


考えるより先に、言葉が出ていた。



「…え」

リリアンヌは、きょとんとした顔で振り返った。



「川沿いと人目を避け、中州まで辿り着ければいいのでしょう?」



「…うん」



「ホウレンベルク領のことは、私がよく分かっています」

ブルックは素早く立ち上がると、ブライアンの方へ視線を向けた。



「……」

訝しむような表情で見ている。



そうだ。


これが、普通だ。



「…案内が不要でしたら、結構ですが」


申し出たことを、すでに後悔しかけていた。



「いいえ…!ブルック、すっごく助かる…!」

リリアンヌは、一気に目を輝かせた。



「……」



「ブライアン殿下。彼は、本気で協力してくれるようですよ」

ネウロが馬から降り、手綱をブルックへ差し出した。



「どうぞ、僕の馬をお使いください」



「…お前と相乗りか」

ネウロの向こうから、げんなりとした声が聞こえた。



「そこは、我慢してくださいよ。僕は集中したいので、前は頼みます」



「…そればかりは、お前が頼りだ」


ルイージの後ろに、ネウロが乗った。



「お前が先頭で行け」

エルフが馬の向きを変えながら、こちらを見やった。


その後ろには、マントを目深にかぶった小さな子供が乗っている。



「…ブルック、頼む」

ブライアンは、まだ硬い表情だ。



「ブルック。本当に本当に、ありがとう!」

その前に乗るリリアンヌが、また礼を言った。



「…はぁ」

小さく溜息をつき、慣れた動きで馬に跨った。


二年ぶりの乗馬だ。



軽く腹を蹴ると、馬はゆっくり歩き出した。



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