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セスランディア王国物語  作者: あきよし りん
第十六章/護りたいもの
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巻き込まれていく男①

ブルック視点



ホウレンベルク領の、端の端。


特徴のない村の、目立たない家。


ブルックはひとりの村人として、そこでひっそりと暮らしていた。



「ブルックさ~ん」


畑の外から、小柄な老人が手を振ってやってきた。


ブルックは首に巻いた手拭いで汗を拭きながら、老人のもとへ向かった。


鍬を土の上に置き、姿勢を正して後ろで手を組む。



「なんでしょうか、村長」



「今日の集会のことでね、ちょっと相談したいんだが。本当に私らは、避難しなくても大丈夫で?」

村長が、不安そうな顔で尋ねた。



「ええ。ここは戦場に近いとはいえ、セスランディア側が負けることは、万が一にもあり得ませんから」



「そうは言ってもねぇ。ここは、ガーデラ川も近いでしょう?あっこから、侵入してきたりしない?」



「ホウレンベルク領に面するガーデラ川沿いは、固く守られています。まったく問題ありません」



「この村に、毒を撒かれたりしない?ほら、前の戦争の時も、それで隣領の村が滅びたでしょ?」



「あの時とは、状況がまるで違います。あり得ません」


このやり取りも、もう何度目になるだろうか。



「ブルックさんが言うなら、本当なんだろうねぇ。さすが、元騎士様だ」



「…村長、そのことは」



「はいはい、秘密でしたね。だけどその立派な体つきじゃ、ばればれですがねぇ」



「それでも、どうか内密にお願いします」



「そりゃ、あんたの嫌がることはしないとも。もうこの村は、ブルックさんなしじゃやっていけんから」

村長は、自分で言いながら何度もうんうんと頷いた。



「作業中に、すまんかったね。夕飯は、うちで食べるか?」



「いえ…今日は多めに作物が採れそうなので、自炊します」



「そうか、そうか。でも、また近いうちに来てくださいね。家内が喜ぶ」



「ええ。お邪魔させていただきます」


去っていく村長に一礼し、その背を見送った。



この村の者たちは――


私がホウレンベルク領を治める侯爵家の息子だということを、知らない。



…言う気もない。


実家には、とっくに縁を切られている。


それでも、行くあてのなかった自分が領内に住むことだけは、許された。



町では、自分がホウレンベルクの息子と知られる可能性がある。


目立たぬよう、領の端に位置する小さな村を選んだ。



初めは、それまでの生活との違いに大いに戸惑った。


畑仕事など、やったこともない。


食事を自分で準備しなくてはいけないことにも衝撃を受けた。


それらも、お節介な村人たちが勝手に教えてくれた。


代わりに力仕事を引き受け、王都の様子を聞かせた。


それだけで、村人たちは随分と喜んだ。


いつの間にか…この生活に、慣れた。



『でも、ここから出たいでしょう?』



こうして何にも縛られることなく、外の世界で暮らしているのは、リリアンヌのおかげだ。


彼女は…今頃、王都でまた英雄譚を増やしているのか。


遠いこの村にまで、彼女の噂は届く。



どこまでも…自分につきまとう。


忘れさせてはくれない。


忘れることなど、できない。



「……」

小さく頭を振る。


鍬を持ち、再び畑へ足を向けた。



「…おい」



「!」

微かな声に、反射的に振り返った。


マントを目深にかぶった男が、先ほどまで村長が立っていた場所に佇んでいた。



「…何者だ」


気配が、まったくなかった。


ただ者ではない。



「見れば分かる」

男は言いながら、頭を覆っていたマントを払いのけた。



「…!」

はっと、息を呑んだ。



「なっ…なぜ、お前がここに…?」


人族とは異なる形の耳。


透けるような真っ白な肌。


人間離れした顔立ち――



リリアンヌの傍にいたエルフだ。



「今すぐ、私についてこい」

エルフは再びマントを目深にかぶり、畑に背を向けて歩き出した。



「……」

ブルックは、鍬を握ったまま動かなかった。



いまさら…殺しに来たのか?


生きる希望を与えて…いまさら、死ねと言うのか?



「早くしろ」

エルフが振り返り、鋭く言った。



「…待ってくれ」


ブルックは鍬を置くと、一度家へ戻った。


扉の脇に掛けてあるマントを手に取り、エルフのあとを追う。



どうせ、このエルフには勝てない。


こいつもまた、化け物並みに強い。



エルフは足を緩めることなく、村の裏手にある山道へ入っていった。


きつい傾斜もものともせず、まるで浮いているかのような身軽さで登っていく。


ついていくだけで、全身から汗が噴き出した。


一度足を止め、首に巻いたままだった手拭いで顔を拭う。


その間にも、エルフは容赦なく先へ進んでいった。



…一体、何だと言うのだ。


殺すなら、ここで殺せばいい。



エルフの前方から、複数の馬の息遣いが微かに聞こえた。


誰か、いる。


それも、数名。



本当に…私を始末するために連れてきたのか。


抵抗もせず死ぬくらいなら、鍬を持ってくれば良かったか――



「ブルック!」


「待て…!」


マント姿の二人が、エルフの向こうから現れた。


小柄な人物の腕を、隣の男が掴んでいる。



「……」


やはり――



「ブルック、久しぶり!だいぶ…変わったね?」


マントの下から覗く笑みは、二年前と変わらぬものだった。


いや…成長はしている。


だが、そんなこと、今はどうでもいい。



「…なぜ、あなたがこんな場所にいらっしゃるのでしょう」

ブルックは無意識に姿勢を正し、後ろで手を組んだ。



「私を、始末しに来たのでしょうか」



「えっ…!?違う…!」

リリアンヌは、慌てて首を振った。



「ええと…何も説明していないの?」



「していない」

視線を向けられたエルフが、短く答えた。



「じゃあ、私から言います」

リリアンヌは改めてブルックを見上げた。



「ブルック。私たちを助けてくれませんか?」



「…は?」


あまりにも予想外の言葉に、思考が止まった。



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