大国の王の本気③
レックス視点
「もうホウレンベルク領に入ってしまっていたら、間に合いません」
エドガーがすぐに口を開いた。
「いや、まだ入っていないはずだ」
ザンビア山脈を越えた辺りで鷹を飛ばしたなら、ホウレンベルク領まではまだ五日ある。
今から全速で追えば、間に合う。
「アランフォース。川沿いに馬を走らせろ」
「分かりました」
「あいつを、タッセントに入れるな」
あの、馬鹿が。
タッセントへ行って、どうする。
向こうで感情が昂っても、助けてやることもできない。
そのことを、分かっているのか。
「兄上。軍使への返事は、どうする気だ」
ロデオが低く尋ねた。
「……」
この申し出を蹴り、今すぐ開戦すれば――
ネウロなら、すぐに気付く。
リリアンヌも、タッセントへの入国を諦めるだろう。
一度始めれば、タッセントを完全に潰すまで止まる気はない。
『…ぜ、絶対にっ…帰って…きて』
「…ちっ」
時間もない。
出し惜しみしている場合ではない。
レックスは地図へ視線を落としたまま、体を紅く光らせた。
「…!」
すぐ後ろで、ロデオとサイラスが息を呑んだ。
頭の中で、ひとつ問いかけた。
ほどなく、胸の奥が微かに熱を帯びる――
「…アランフォース」
レックスは、ふっと体の光を消した。
「…はっ」
「リリアンヌをセスランディア内で見つけたら、捕まえろ」
国内で止められたら、予定通りタッセントを叩き潰す。
そのあとのことは、捕まえてからだ。
今は、こいつを向かわせるしかない。
「だが、あいつがタッセントに入国したら、絶対に追いかけるな」
「……」
アランフォースは答えず、じっと目を向けた。
「エドガー。リョーマを呼べ」
「はっ」
エドガーが天幕の外へ声を掛けると、すぐにリョーマが入ってきた。
「軍使に要求を呑むと伝えろ」
「伯父上…!」
サイラスが噛みつくように声を上げた。
「リョーマ、行け」
「はっ」
すぐに天幕を出ていった。
「お前も、いいか」
レックスは、鋭い目をサイラスに向けた。
「タッセントに入れば、リリアンヌがどうなろうと、あいつの責任だ」
「!リリィは、俺たちのために」
「分かってんじゃねぇか」
すぐにサイラスの言葉を遮った。
「タッセントへ乗り込んだなら、あいつが俺たちのために何をする気なのか、ここで待つ」
それが選ぶべき道だと、ちからが答えた。
「分かったか、アランフォース」
「必ず、国内で見つけ出します」
間髪入れずに返ってきた。
「…少しでも南へ転移させてやりたかったが、お前のせいだ」
エドガーが、溜息混じりにアランフォースの肩を叩いた。
先ほど、アランフォースを止めるために二度も使った。
あと一度では、馬も同時に送れない。
「…申し訳ありませんでした」
アランフォースは、その場で深く頭を下げた。
やがて顔を上げると、静かに天幕から出ていった。
「サイラス。ついて行け」
「……」
サイラスは、不服そうにレックスを睨みつけた。
「…兄上、それはまずい。厄介ごとを増やすだけだ」
ロデオが、さっと口を挟んだ。
「お前らをここから離せない」
レックスは目も向けずにロデオとエドガーを指さした。
「…フーリンとリックをつけましょう」
エドガーが、天幕から出ていった。
「サイラス。俺の言いたいことは、分かったな」
この単細胞は、リリアンヌの望みを優先する。
「…リリィがタッセントに入ったことが分かったら、あの馬鹿をここへ連れ帰る。それでいいでしょうか」
「頼む」
「…分かりました」
サイラスも天幕から出ていった。
その姿が消えるなり、ロデオがこちらへ向き直った。
「…兄上。さっきの光は、まさか」
「選ぶ道の手掛かりを貰えるちからだ」
レックスは素早く答えた。
「…それなら、リリィがタッセントに入ることが良いと出たのか」
「違う。示される道はいつでも、俺にとって良いというだけだ」
「…どういう意味だ?」
「タッセントに入ることが、リリアンヌにとって良いことかは分からない」
あくまで、俺にとって幸運となる道だ。
あいつがどうなるかまでは、ちからは示さない。
「…ああ、そういうことか」
ロデオは納得したように頷いた。
「兄上にとって、開戦を延期してここで待つのが良いと出たということだな」
「…そういうことだ」
レックスは、静かに弟へ目を向けた。
「俺を、恨むか」
「いや…違う。今回ばかりは…」
「じゃじゃ馬娘に、仕置きが必要だな」
「私の子たちは…なぜ、こんな向こう見ずに育ってしまった」
ロデオは深い溜息をつき、額に手を当てた。
「刺激しないよう、あの子に何も言わず来たのが悪かったのか…」
「サイラスが向こう見ずなのは、リリアンヌに関わる時だけだろ」
「…そうだな。分かりやすい分、まだましだ」
「リリアンヌも分かりやすいだろ」
「敵国へ独断で乗り込もうとするなど…何を考えているか分からない!」
ロデオは吠えるように返した。
「あいつは、いつでも信念を貫いているだけだ」
レックスは、当然のように言い切った。
たとえ、わずかな可能性しか残されていなくても。
あいつは――決して、それを逃さない。
「俺と、同じだ。譲れないもののためなら、誰の言葉も聞きやしねぇよ」




