大国の王の本気①
レックス視点
窓の向こう――
ガーデラ砦の門を抜けた先には、川へ向かって長い石段が伸びている。
その先には無数の天幕が広がり、ガーデラ川に沿って見渡す限り続いていた。
眼下には、十五万。
あと一週間もすれば、その倍になる。
セスランディア国内の、ほぼ全兵力だ。
「兄上、ツァガ領の部隊が到着した」
扉からロデオが入ってきた。
「随分と早いな」
「あのイーデンの部隊だからな。二万ほど連れてきている」
「これで十七万か」
「隊長たちを一度集めるか?」
「いや、俺が行く」
レックスは窓から視線を離すと、まっすぐ扉へ向かっていった。
その後ろに、エドガーとアランフォースも続いた。
「問題は、やはり食糧だな…」
ロデオが隣に並び、小さく呟いた。
「各領が携行してきた食糧だけでは、長くはもたない」
「あと十日ももてば、それでいい」
レックスは、そのまま砦の門をくぐった。
長い石段を下り、天幕の間を進んでいく。
気付いた兵たちが、次々と姿勢を正した。
その脇では、天幕を張る者や荷を運ぶ者たちが忙しく行き交っていた。
少し離れた場所からは、訓練する兵たちの掛け声が響いている。
領ごとに分かれた陣の間を抜け、川へ向かう。
川の近くに陣取る一団へ近づくと、ひとりの騎士が振り向き敬礼した。
「陛下、ロデオ総長。ツァガ領より、全兵、無事到着しました」
「ナイジェル、ご苦労」
「陛下、なぜこちらへ?」
「視察だ」
レックスは短く答え、川へ目を向けた。
対岸には、ガーデラ砦より一回り小さなナブラン砦がそびえている。
砦の周囲には天幕が並び、人も馬も、絶えず行き交っている。
開戦すれば、まずこの川を渡る。
両国を繋ぐ橋は、ひとつもない。
渡河で多少の損害は出るだろうが、難所と呼べるのはそこまでだ。
一度向こう岸へ渡ってしまえば、ナブラン砦など長くはもたない。
こちらの戦力は、十六年前とは比べものにならないほど増している。
砦を落とし、そのまま奥へ進む。
今度こそ、徹底的にタッセントを――
「……」
今回の一件は、そのための口実を向こうから差し出してきただけだ。
こちらにつけ込む隙を見つけては、干渉してくる。
王が代替わりし、少しはましになったかと思ったが――結局、何も変わらない。
挙げ句、精霊の申し子まで脅しの材料に使った。
随分と舐められたものだ。
視線の先――
ナブラン砦から、一羽の鳥が飛び立った。
レックスは、わずかに目を細めた。
鳥は砦の上空をゆっくりと旋回し、やがて南へ向かった。
「あっ、あれ…」
「さっきの鳥だ」
「一体、何なんだろうな」
鳥に気付いた兵たちが、次々と空を見上げた。
「タッセントでは、鳥で書状を運んでいるのか…?」
ロデオが訝しげに眉を寄せた。
「珍しいことではないだろ」
伝令に鳩を使うことくらい、こちらでもある。
だが…あれは――
「随分と大きな鷹だな…」
イーデンが代わりに呟いた。
ここからでも、異様な大きさだと分かる。
南へ向かう鷹は、大きく翼を広げたまま悠々と空を進んでいった。
「…ん?あの鷹、どこかで…」
イーデンが再び呟いた。
その瞬間――
背後の気配が、一変した。
「…!」
ロデオが隣で振り返る。
エドガーも、イーデンも、周囲の騎士たちも一斉に身構えた。
視線が、ひとりの男へ集まった。
「おい、アランフォース!なんだ突然!」
「……」
アランフォースはロデオに答えず、大鷹を見つめたままだ。
眉間に、深い皺が刻まれている。
薄く開いた唇が、微かに動いた。
「…アラン、どうした」
エドガーが、ゆっくりと近づいていく。
「……」
レックスは動かず、アランフォースを見据えた。
こいつに、こんな顔をさせる奴など――
ひとりしかいない。
まさか。
アランフォースの姿が、消えた。
それと同時に、レックスは反射的に口を開いた。
「――あの馬鹿を止めろ!」
言い切るより早く、エドガーの姿も消えた。
周囲の騎士たちが、一斉に川の方へ振り向く。
駆けるアランフォースの背後に、エドガーが現れた。
伸びた手を、アランフォースが身を沈めて躱した。
間髪入れずにエドガーの蹴りが飛ぶ。
体を翻して避けたところへ――
イーデンが、正面から組みついた。
――ドッ…!
「くっ…!」
次の瞬間、イーデンの体が弾き飛ばされた。
すかさずアルジャの騎士たちが左右から回り込み、前方を塞いだ。
アランフォースが、地を蹴った。
「!」
騎士たちの頭上を、一気に飛び越える――
「うわっ」
「あぶなっ!」
着地と同時に、周囲の兵たちが慌てて飛び退いた。
その背後に、再びエドガーが現れた。
「アラン!」
肩を掴み、そのまま地面へ引き倒す。
アランフォースは倒れきるより先に、両手を地面についた。
体を捻り、その勢いのまま脚を薙ぐ。
「…!」
「ってぇ…!」
追いついた騎士たちが、まとめて蹴り飛ばされた。
「アラン! 落ち着け!」
聞こえていない。
アランフォースは立ち上がると、そのまま川へ向かって駆けた。
「わぁっ!」
近くにいた兵から手綱を奪い、そのまま馬へ飛び乗った。
馬の腹を蹴る――
――ドゴッ…!
横から、何かが突っ込んだ。
「…!」
アランフォースの体が馬上から弾き飛ばされ、地面を転がった。
その向こうへ、サイラスが着地した。
アランフォースは、すぐに膝をついて身を起こした。
その背に、ロデオが真っ先に飛びかかった。
「押さえろ!!」
そのままアランフォースを地面へ押さえ込み、フーリン、リック、シャル、ムロバンも続いた。
数人がかりで押さえつけた体が――
ぐらりと、浮いた。
「てめぇ、いい加減にしろ!」
サイラスも加わり、起き上がろうとするアランフォースを再び地面へ叩き伏せた。
「手伝え!」
ロデオの怒声に、周囲の騎士たちが次々と押さえ込んでいく。
十人。
二十人。
まだ、止まらない。
三十人近い騎士が群がってなお――
その体は、押さえつける男たちごと浮き上がろうとしていた。
レックスは、その前に屈み込んだ。
「落ち着け、馬鹿。どこへ行くつもりだ」
「…今すぐ、あの鷹を」
「冷静になれ。馬で追いつけるか」
「…では、タッセントへ」
「余計、リリアンヌが危険になるだけだ」
「…!?伯父上、どういうことですか!」
「サイラス、手を緩めるな!」
ロデオがすぐに叫んだ。
アランフォースが、強引に起き上がろうとする。
「おい、いい加減にしろ」
レックスは襟元を掴み、顔を寄せた。
「あの鷹は――リリアンヌが呼んだものなんだな?」
「……」
アランフォースが、拳をきつく握り締めた。
もう、認めているようなものだ。
「ああ、ラジャタ村で…!」
イーデンが、後ろで納得したように呟いた。
リリアンヌが鷹を使い、何かをタッセント側へ伝えた――
あの馬鹿を、舐めていた。
なぜ、じっとしていない。




