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セスランディア王国物語  作者: あきよし りん
第十六章/護りたいもの
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危うい道のり

リリアンヌ視点



「…リリアンヌ。そこにいると、落ち着かないから」

ビッケが、目を閉じたまま言った。



「…だって」



「心配してくれるなら、離れてて」



「ごめん…!」

慌てて、座っているビッケから離れた。



「…ショウレン王の手に、書状が届きましたよ」



「…!」

リリアンヌは、すぐにネウロへ顔を向けた。



「今、読んでいます。…誰かと、話している」



「…ショウレン王は、ナブラン砦にいるの?」



「ええ。国境を越えてすぐの関所にいらっしゃいます」

ネウロは言い切ると同時に、ふっと右目の光を消した。



「…ふぅっ…少し、休憩させていただきます」



「ネウロ…本当に、お疲れ様」

リリアンヌはそっと腕に触れ、すぐに白のちからを送った。



「…贅沢ですねぇ」

ネウロは小さく苦笑し、額の汗を拭った。



「返事が来るまで、僕は休めます。ビッケ君は大丈夫ですか?」



「……」

目を閉じたまま、返事をしない。



「ビッケ…」



「リリアンヌ。邪魔だけはしてやるな」

ブライアンは、そっとリリアンヌをビッケから離した。



「座ろう」

倒木にリリアンヌを座らせると、そのまま隣に腰掛けた。



「一体、どんな返事が来ることやら…」

ルイージが樹に寄りかかり、小さく呟いた。


みんなと同じように旅人の格好で、モノクルもしていないし、髪も無造作だ。



「……」

リリアンヌは膝に肘をつき、祈るように手を組んだ。


まず…この書状が本物だと、信じてもらえるだろうか。



王城を抜け出したあの日、ブライアンが、ショウレン王へ渡す書状を用意してくれていた。


首都コウランへ向かうのは、リリアンヌ自身の意志であること。


アッシカル領の王国軍には内密にしたまま、ホウレンベルク領からの入国に協力してほしいこと。


そして、自分たちがコウランに到着し、ショウレン王と話すまでは、決して戦争を始めないこと。


もし守られなければ、即座に引き返す――とも。


ブライアンの同行も記され、最後には王家の印章が押されていた。



さすがすぎる…。


自分では思いつかなかったことまで、すべて整えてくれていた。


その書状に、先ほど自分で書いた手紙も添えた。



何か事情があるのなら、話を聞かせてほしい。


自分にできることがあるのなら、力になりたい。


返事は、一時間以内に鷹の足につけて返してほしい――と。



…最初の関門は、ショウレン王が返事をしてくれるかどうか。


ここで書状が無視されれば、もう、これ以上できることはない。


それに…逆上して、開戦を早めてしまう可能性だってある。



ふいに、背後の木々から微かに音がした。



「…!」

リリアンヌは、ぱっと振り返った。



森の中から、キリが戻ってきた。


手には、狩ってきた獲物を提げている。



「…キリ、ありがとう。何か手伝うよ」


何か、手を動かしていたい。



「ビッケを見てやれ」


そう言って、あっという間に獲物を捌いていく。


切り分けた肉を、鍋へ入れていった。



「せめて、混ぜる…」

リリアンヌは鍋の杓子を手に取り、ゆっくりとかき混ぜた。



キリのおかげで、ずっと食事には困っていない。


それに、ブライアンが持ってきてくれた麦もまだだいぶ残っている。


本当に…何もかも準備してもらってばかりだ。



昨日までの山越えは…正直、大変だった。


険しい坂では馬を降り、手綱を引いて登った。


雨にも降られ、結局、予定より一日遅れてしまった。


それでも山を越え、麓に着くなり鷹を飛ばした。


それからもう、四時間近く経っている。



「…!」

ビッケの指が、ぴくりと動いた。



「…ビッケ?」



「足が…引っ張られた」



「…ネウロ!」



「…ショウレン王ではない者が、鷹に書状を括りつけています」

ネウロは、すでに右目を光らせていた。



「…そう」

リリアンヌは、そっと息を吐いた。



ひとまず…ちゃんと返事はもらえた。


次は、その内容だ。


来なくていいと言われてしまったら…その時は、どうしよう。



「…ショウレン王が動き始めました」

ネウロは、まだ目を光らせていた。



「指示を出して…厩舎へ向かっています」



「すぐにコウランへ向かうつもりなんじゃないか?」

ルイージが、樹から身を起こした。



「そんなに慌てて出る必要があるのかな…?」


いくら、ナブラン砦から首都コウランまで距離があるとしても。


私たちは、まだ国境にも近づいていない。



「あなたを迎え入れるのなら、準備することは山ほどあるでしょう」



「ただ、話をするだけなのに?」



「…絶対に、話だけでは終わりませんよ」

ルイージが、呆れたように返した。



「あっ…まずい…!」

ふいに、ネウロの声色が変わった。



「どうしたの!?」



「……」



「…どうした、ネウロ」



「…もう、大丈夫そうです」


ブライアンが重ねて尋ねると、ネウロはようやく右目の光を消した。



「ショウレン王に、何かあったの?」



「いいえ。アッシカル側を見ていただけです」



「え…?アッシカル側?」


ということは、味方陣営の方だ。



「暴れん坊さんが勘づいて、大騒ぎしていましたが…総出で止められたようですね」



「暴れん坊さん…?」

リリアンヌは小さく首を傾げた。



「ああ…」


「まあ…予想の範囲内だな」


ブライアンとルイージが、同時に頷いた。



「暴れん坊さんって?」



「リリアンヌ。鍋が焦げるぞ」



「あっ…」

慌てて杓子を掴み直した。



「…想像していたより、遥かに早く味方陣営にばれたな」

ルイージが、再び樹にもたれかかった。



「どうして分かるのですか?」


今のネウロの話で、そこまで分かったのだろうか。



「…いずれにせよ、我々が王都を抜け出したことは、早馬でレックスへ報せがいったはずです」



「…?はい」


それは、覚悟のうえだ。


でも、王都からの早馬がアッシカルへ辿り着くには、まだ早い。



「…あとは、ショウレン王がどんな書状を持たせたのか、待つしかありませんね」

ルイージは、ちらりとビッケに目を向けた。



「……」


ビッケは、目を閉じたままだ。


集中しているのだろう。



「…ホ~」

リリアンヌの肩で、スノウが小さく鳴いた。



「どうしたの?」


何かしたいと言っている。



「ビッケにちからを貸したいらしい」



「えっ」

リリアンヌは、きょとんとしてキリに目を向けた。



「どうしてキリが分かるの?」



「私も貰っている」



「…?」



「精霊王が言っていただろう。キリ殿も、スノウの加護を持っていると」

ブライアンがそっと言い添えた。



「…あっ!えっ?」



「…勝手にすまない」



「えっ、ううん。そうじゃなくて、驚いただけ」

リリアンヌは首を振り、にこっと微笑んだ。



「すごく、嬉しい」



「…ビッケにも、協力してあげてほしい」

キリも優しく微笑んだ。



「うん、もちろん…!スノウ、お願い」

肩のスノウへ、こつんと頭を寄せた。


スノウは軽やかに飛び立ち、ビッケの頭へとまった。



白い光が、ふわりと二人を包み込む。



「…えっ」

ぱちりと、目が開いた。



「ビッケ、大丈夫?」



「…うん」



「疲れていない?」



「ちょっと疲れてたけど、今は集中しなくても、鷹がこっちに向かってるって分かるから。だいぶ楽になったよ」

言いながら、両腕を上げてぐっと伸びをした。



「…えっ、スノウ?」

その拍子にスノウに触れ、ようやく頭の上にいることに気付いた。



「スノウはね、吸収のちからを持っているの」

リリアンヌは嬉しそうに目を細めた。



「今、きっとビッケのちからを吸収して、それを解放しているところかな」



「…よく分かんないけど、ありがとう」



「ビッケ、食事にしよう?」



「うん」



それからみんなで食事を済ませ、再び出発した。


しばらく進んだ頃、鷹が戻ってきた。


全員で馬を降り、鷹を迎える。



「…本当に大きいな」

ルイージが、わずかに後ずさった。


ビッケが呼んだのは、ラジャタ村で見たあの大鷹だった。



「ガゥゥゥッ…!」


ビッケが吠えると、大鷹は羽をばさりと広げ、空高く飛んでいった。



「はい、リリアンヌ」



「ありがとう、ビッケ!」

リリアンヌは、差し出された書状をぱっと受け取った。



「間違いなく本物ですね」

ネウロが一瞬、左目を光らせた。



「ネウロも、ありがとう」


ゆっくりと封蝋を割り、書状を開いていく。


そこには、簡潔な返事が記されていた。



コウランにて、貴女を喜んで迎え入れよう。


開戦を一か月延期するよう、セスランディア側へ申し入れたが、それが受け入れられるかは分からない。


それから、ホウレンベルク領から入国するなら、タッセント南西のヘレンキ関所を通るように。


こちらからも、関所へ通達しておく――と。



「こんなにうまく話がいくものなのか…?」

隣から覗き込んでいたルイージが、訝しげに呟いた。



「だが、これでタッセントへ入国できる」

反対側では、ブライアンも書状に目を落としていた。



「あとは、ホウレンベルク領をどう抜けるか…」



「それが一番の難関になってしまいましたね…」



「伯父上は、私たちがまだセスランディアにいると分かっているのでしょうか?」

リリアンヌは、ちらりとルイージを見上げた。



「どうでしょう…。ネウロ、分かるか」

ルイージは、ネウロへ目を向けた。



「陛下は…今は、騎士たちを集めて何か指示を出しています」

ネウロが、右目を光らせながら答えた。



「まだセスランディア内にいると気付かれているかまでは、分かりませんが…」



「分かりませんが…?」



「…“彼”の姿が、どこにもありません」



「…動き出したのだろうな」

ブライアンが静かに返した。



「ええ。探してみますが、恐らくもう発っています」



「…誰の話?」


味方を見ているはずなのに…


さっきから、どうにも味方の話をしているように聞こえない。



「ここから休息を最低限にして進めば、我々が先にホウレンベルク領へ入れるはずです」


ルイージの言葉に、ブライアンがすぐ動いた。



「今すぐ発とう」


リリアンヌの手を取り、そのまま馬へ乗せた。



「ブライアン。誰が、動き出したのですか?」



「書状は私が預かっておく」

ブライアンもその後ろへ跨ると、書状を懐へしまった。



「私たちは、味方に捕まる可能性が出てきたのですか?」



「そうだ…しかも、何がなんでも君を捕まえて、二度と離さないだろうな」


馬が、再び進み出す。


キリが先頭を走り、その後ろに続いた。



「……」


…まさか。



「…説得できたら、ついてきてくれないかな」



「絶対に、無理だ」

ブライアンが一蹴した。



「でも…今まで、話せば許してくれることもありました」



「今回ばかりは、話が違う。それに…下手したら、私たちと斬り合いになるかもしれない」



「…!」

ぎくりと、肩が揺れた。



「それでも君は、コウランへ行くことを止める気はないのだろう?」



「……」

リリアンヌは前を見たまま、こくんと頷いた。



「それなら、逃げるしかない」



「…はい」


どうしても、捕まるわけにはいかない。


彼なら、ここにいる人たちから、自分を引き離すことだってできてしまう。



絶対に…彼に見つかってはならない。



あんなに、会いたくて仕方がなかったのに。


あんなに、言いたいことがあったのに。



今は――


アランフォースと出会わないことを、心から願ってしまっていた。



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