身勝手な願い
ナイジェル視点
「リリアンヌ様は、何をしてんだ!」
「早く、戦場へ!」
「兵たちを見殺しにする気ですか!?」
「リリアンヌ様ぁ!弟を、助けて!」
「毒なんか、消してくれ!」
大正門の向こう側から聞こえる声が、日に日に多くなっている。
門番を増やしてもなお、抗議の声は増え続けていた。
「エラドリオール邸はどうだった!」
「騎士の塔にある王太子の屋敷はどうだ?」
「大聖堂の方はっ」
「ルイージ宰相がいないなら、誰に報告すればいい!」
「王族二人を、探し出せ!」
大正門のこちら側もまた、騒がしかった。
今朝方、リリアンヌ、ブライアン、ルイージが消えたことが発覚した。
…正確には、エルフのキリと獣人族のビッケ、パルミア家のネウロもいなくなっている。
サイラス以上の問題児はいないと思ったが…
妹もまた、とんでもない問題児だったか。
――リリアンヌ殿下と共に、タッセントへ乗り込むことになりました
――ナイジェル隊長。あなたは、リリアンヌ殿下に負い目を感じているはずです
――そう思うのなら、協力してください
…その気になれば、ルイージを無理にでも止めることはできた。
だが…そうしたところで、王都中の兵力を集めても王太子とエルフを止めることは不可能だろう。
確かに、リリアンヌには大きな負い目がある。
彼女が拉致された時には、実行犯の山賊を守衛隊に紛れ込ませてしまった。
部下に託したアランフォース宛ての手紙も、ブルックに奪われた。
どちらも、言い訳のできない失態だ。
いつか、まとめて謝りたいと思っていた。
だが、その機会はなかなか訪れなかった。
以前、彼女がラジャタ村へ向かった時も、せめてもの償いに同行させる兵だけは慎重に選んだ。
癖のある者もいるが、目の届かぬところでも任務を怠らない者ばかりだ。
あの九人なら、安心して任せられる。
…テッドとカイルだけは、少し別の理由で選んだが。
昨夜も、無事に馬を届けたとの報告を受けた。
同じ失態を繰り返すような者たちではない。
「早く、リリアンヌ様を出せー!」
「お願いだから、アッシカルへ向かってください!」
「毒から、私たちを護ってー!」
「……」
ナイジェルは、小さく溜息を漏らした。
今は、考え込んでいる場合ではない。
大正門前で抗議している連中は…実際にリリアンヌに会ったことがない者がほとんどだろう。
随分と、勝手な言い分だ。
自分たちは、安全な王都から一歩も出ないというのに。
こんな者たちのために、自分はこれから声を上げなくてはいけない。
それもまた、リリアンヌのためになるらしい。
…だが、これを言えば。
彼女は、もう後戻りができなくなる。
それだけではない。
事情を知らぬ官僚たちが、自分を責め立てるだろう。
リリアンヌとブライアンが消えた理由を言えと迫るだろう。
…それに耐えることが償いだと言うのなら、甘んじて受けよう。
「大正門を開けろ」
「…!?ほ、本気ですか、ナイジェル隊長!?」
門番が驚き、振り向いた。
「本気だ。開けなさい」
よほど驚いたのだろう。
普段、言い返すようなことなどしない兵士だ。
「…大変失礼いたしました」
門番は敬礼すると、すぐに塔の中へ駆けていった。
ほどなく、重い門がゆっくりと開き始めた。
抗議の声が萎み、代わりにざわめきが起こった。
門前に並ぶ兵たちは、ナイジェルに気付くと敬礼し、左右へ道を開けた。
その間を抜け、ナイジェルはゆっくりと門をくぐっていった。
門を出たところで、足を止める。
「…誰?」
「俺、知ってる。守衛隊の隊長さんだよ」
「ナイジェル隊長って方か?」
「騎士様が…なんで、ここに?」
戸惑いが、群衆の間に広がっていく。
「……」
ナイジェルは目を閉じ、静かに息を吐いた。
本当に…
手間のかかる兄妹だ。
目を開き、群衆をまっすぐ見据える。
「リリアンヌ殿下は、タッセントへ向かわれた!」
――静寂が落ちた。
「…はぁ!?」
「えええっ!?」
「タッセントに…?」
「どうして!?」
どっと声が上がり、大正門前が騒然となった。
「リリアンヌ殿下は、もう王都にはいない!」
ナイジェルは、声を張り上げて続けた。
「無駄な抗議はやめて――」
「…なんでだよっ!」
より大きな声に、遮られた。
再び、辺りが静まり返った。
「……」
ナイジェルは、声が上がった方に視線を向けた。
「なんでっ…」
声を上げたのは、町の若者だった。
怒りを滲ませ、こちらを睨みつけている。
「あいつはっ…城にいるって言ってただろ!」
「兄ちゃんっ…!駄目だって」
「どうしてお前らは、なんでもかんでもあいつにやらせるんだっ…!」
若者は、脇にいる少年の制止も聞かずに続けた。
「どうしてあいつがっ…いつでも責任を負わされなきゃいけないんだ!」
「…おい、そこの兄ちゃん、やめとけ」
「相手は、騎士だぞ」
「殺されるぞ…」
「お前らもっ…!」
若者が、群衆を振り返った。
「あいつひとりに戦場へ行けなんて言って、恥ずかしくねぇのかよ!」
「……」
それまで抗議していた者たちが、ぐっと口をつぐんだ。
「どうして、城にいねぇんだよ…」
なおも言葉を漏らす若者へ、ナイジェルはゆっくりと近づいていく。
「にっ、兄ちゃん…!」
隣にいた少年の顔が、さっと青ざめた。
「…っ」
それでも、若者は一歩も退かなかった。
ナイジェルは、その目の前で立ち止まった。
「お前、名は何と言う」
「…サムと申します」
「…サム?」
その名を、どこかで…
…ありきたりな名だ。
以前、耳にしたことがあるだけだろう。
「……」
サムの顔色が、どんどん悪くなっていく。
「…サム。耳を貸せ」
「…はい」
サムはしばらく躊躇った末、そっと耳を寄せた。
「…リリアンヌ殿下は、自らの希望で城を出られた」
「…!」
息を呑み、弾かれたようにナイジェルを見上げた。
「これ以上は言えないが…誰かの命令で動かれたわけではない。それだけは伝えておこう」
「……」
何か言いたげに、口元がわずかに動いた。
「…はい。分かりました」
だが、やがて力なく頷いた。
「…騎士様。失礼なことを言って、申し訳ありませんでした」
サムは一歩下がると、深く頭を下げた。
「サム」
「はい」
「リリアンヌ殿下は、良き友を持っているようだな」
「…!」
「だが、あまり無茶はするな」
ナイジェルは返答を待たず、門の方へ歩き出した。
数歩進んだところで足を止め、大広場を振り返る。
「何かに縋りたいお前たちの気持ちは、分かる」
声を張らずとも、よく響く。
先ほどよりもずっと、民たちは聞く耳を持っていた。
「十数年ぶりの戦争に誰もが動揺し、戸惑っている」
自分とて…決して例外ではない。
「あのっ…!」
どこからか、声が上がった。
「リリアンヌ様は…ご無事なのでしょうか?」
「敵国に乗り込んで…一体、何をする気なんですか?」
「なんで、そんな無茶をしたの!?」
「タッセントの王は、人殺しを楽しむって聞いたことあるぞ」
それをきっかけに、群衆の間で不安げなざわめきが広がった。
「お前たちが望んだことだろう。…満足か?」
ナイジェルは、容赦なく言い放った。
誰も答えられず、次々と視線を逸らしていく。
「……」
自分がこう言ってしまった以上…リリアンヌの退路は、断たれた。
タッセントに行けませんでした、では済まされない。
それは、ルイージも分かっていたはずだ。
そのうえで公表しろと言った。
…まさか、サムのような者が現れることまで読んでいたのか。
そこまでは、分からない。
だが、抗議の声は止まった。
自分たちが、いかに理不尽なことを言っていたかに気付いたのだろう。
「…抗議をする暇があるなら、リリアンヌ殿下のために、いつも通りでいろ」
目を逸らす者たちに向かい、ナイジェルは静かに続けた。
「祈り、願え。精霊の申し子が、再びお前たちの前に現れるようにと」
…祈り、願え。
自分らしくもない。
だが、そうとしか言えない。
我々には、ここで待つことしかできない。
…ルイージが羨ましい。
官僚たちへの説明も、
城下町で起こる騒動も――
あの無茶をする娘が、今頃どこで何をしているのか。
何も考えなくていいのだから。




