精霊の申し子の本気③
ルイージ視点
「…もう、ひとりで行くとは言わないのですね」
「…!」
ルイージの言葉に、リリアンヌは、はっと口元を押さえた。
今さら気付いたように、辺りを見渡している。
「か、勝手に、ごめんなさい。あの、そういうつもりでは」
「ここまで来て、謝りますか?」
ネウロが、横からリリアンヌの顔を覗き込んだ。
「とても格好良かったのに、今ので台無しですよ」
「そうじゃなくて…コウランまでついてきてほしいだなんて、私――」
「言っただろう。君が何を選ぼうとも、味方でいると」
ブライアンはリリアンヌの肩にそっと手を添え、再び椅子へ座らせた。
「私も行く。戦わずに済む可能性が残っているのなら、試す価値はある」
「…ブライアン殿下。まず、あなたたちが王都から出ることは、絶対に許しませんよ」
ルイージは、すかさず釘を刺した。
「お前が許さなくとも出ることは可能だ」
窓辺から、淡々とした声が飛んできた。
「……」
「あの…でも、できればルイージ宰相にも分かってもらいたいです」
キリを睨みつけるルイージに、リリアンヌが慌てて割って入った。
「お話ししてくださったルイージ宰相に、賛同してもらいたいです」
「…どうやってコウランまで向かうというのですか」
ルイージは、静かに視線を戻した。
「アッシカル領一帯には、すでに我が軍の目が行き届いています。あなたが川を渡れば、すぐに見つかりますよ」
そうして、そのままレックスのもとへ連れて行かれるだろう。
「…伯父上を説得します」
「絶対に無理です。全兵力を使ってもあなたたちを止めるでしょう」
「行くなら内密に…ですか」
「…その前にまず、私はここに大量の兵を呼びますけどね」
それでも、この一行を止められる気はしなかったが。
「…アッシカル領の北側には、ホウレンベルク領がある」
ブライアンが口元に手を当てて呟いた。
「国境となるガーデラ川は、一部がホウレンベルク領にも掛かっている。…そちら側なら、まだアッシカル領より手薄だ」
「ホウレンベルク領…?どこかで…」
リリアンヌが、首を傾げながらブライアンを見上げた。
「…あなたが監獄塔から解放した、ブルックの故郷です」
「…!」
ぱっと、こちらを振り返った。
「ブルックは、どこにいるのでしょうか?」
「騎士の身分を剥奪され、王都も追放されましたから、恐らくホウレンベルク領にいるでしょう」
…どこまでも甘い処罰だ。
結局ホウレンベルク家自体は、何の咎めも受けなかった。
「もし会えたら、協力してくれるかな…」
「見つけて、脅せばいい」
リリアンヌの呟きに、キリがすぐに答えた。
「それに僕の目があれば、我が軍の抜け穴を探すことは容易です」
ネウロが、右目を青く光らせた。
「…アッシカル領は、すごいことになっていますねぇ」
「ネウロ、すごいことって?」
「…ああ、失礼しました。国境の川を挟んで、両国の兵が大勢集まっているということです」
「まだ…動きはない?」
「ええ。今のところは」
「……」
ルイージは、苦々しげに二人を見比べた。
千里眼のちから――
本当に、とんでもないちからだ。
「…そのお前のちからで、タッセントの王の目的を探ることはできないのか?」
ふと気になり、尋ねた。
王の動向を追えれば、何か分かるかもしれない。
「僕の体力が持ちませんよ」
ネウロは小さく肩をすくめて答えた。
「せいぜい、セスランディア内を十分ほど見ることが精いっぱいです。まして、隣国にいる王を探るとなれば…僕は、しばらく使い物にならなくなるでしょうね」
「……」
それだけでも、かなりのものだが。
「…タッセントへ潜入したとして――問題は、そこからです」
いつの間にか自分まで、行くことを前提に話している。
「タッセント内で兵に見つかれば、望まぬ戦いを避けられなくなりますよ」
「事前に、タッセントの王へ行くことを知らせるのはどうでしょう」
リリアンヌはすぐに返した。
「…今、国境は我が軍が見張っていると言ったばかりでしょう」
ルイージは、呆れ混じりに答えた。
「早馬や使者を出したところで、すぐに止められますよ」
ましてや、リリアンヌからタッセントの王への使いだと分かれば、すぐにレックスの耳にも入るだろう。
「鷹を使う?」
ずっと黙っていたビッケが、ぽつりと口を開いた。
「空なら、止められないでしょ?」
「た、鷹…?」
思わず、聞き返した。
「でも、ここからタッセントまで飛ばしたら、何時間もかかるでしょう?ビッケの体力が持たないよ」
リリアンヌが振り返って尋ねた。
「一羽を飛ばすだけなら、なんとかなるよ」
「それなら、先にタッセントへ近づくべきだ。ここで返事を待っていては遅い」
キリが素早く言った。
「じゃあ、ホウレンベルク領に入ってからかな?」
「それでは、ぎりぎりだな…せめて、ザンビア山脈を越えたくらいか」
ブライアンまで会話に加わった。
勝手に、話がどんどん進んでいく。
「待ってください…鷹を使うとは一体、何ですか?」
ルイージは困惑気味に口を挟んだ。
「ビッケのちからで、動物に協力してもらうことができるのです」
リリアンヌが、あっさりと答えた。
「鷹に書状を運んでもらって、王の許可が下りれば、堂々とタッセントを歩くことができますよね?」
「……」
思わず、頭を抱えた。
ただの獣人族の子だと思っていたのに…彼もまた、ちからを持っている。
これでは、本当にコウランへ行けてしまう。




