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セスランディア王国物語  作者: あきよし りん
第十六章/護りたいもの
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精霊の申し子の本気②

ルイージ視点



「…タッセントの首都、コウランでは、今も毒の研究が続けられていると言われています」



「…は…え?」


意外な切り出しだったのか、リリアンヌはぽかんとしている。



「……」

ルイージは、そっとモノクルを押し上げた。



勝手に調べられ、中途半端に伝えられるくらいなら。


自分の口から説明した方が、ずっといい。



「吸い込むだけで命を奪う毒。白の使い手が調合した解毒薬さえ効かない毒――そういったものを、長年にわたって作り続けています」


そうした毒に侵された者は、白のちからを直接送らなければ癒せない。



「あ…だから、霊拝師(オランス)たちが虐殺された…?」

リリアンヌが、はっとして呟いた。



「……」


戦争の話はしたが、霊拝師が虐殺された話はしていないはずだ。


本当に…どうして彼女は、知らなくていいことまで知ってしまうのか。



「…先の戦争で、タッセントは研究の末に作り出した毒を、国境近くにあるセスランディアの村に撒きました」



「…っ」



「毒は瞬く間に村中に広がり、村はわずか数日で滅びました。誰も近寄ることすらできなかった」


なぜ今、この話をするのか。


リリアンヌは青ざめたまま、何も言わない。



「ですがその後、その毒が使われることはありませんでした。…陛下が、タッセントとの停戦に持ち込んだからです」



「…お互いの王が、戦死したからですね」



「ええ。停戦の話は、あなたにしましたね。現在もその関係が続いていることを前提に、お話しします」


ここまでは、前置きに過ぎない。


――ここからが、本題だ。



「先日、タッセントの王から、あなたを首都コウランへ招きたいとの書状が届きました」



「…え」



「もちろん、陛下はすぐに断りました。停戦中の国に、あなたを行かせるわけがない」

ルイージはリリアンヌを見つめたまま、淡々と続けた。



「そのあと、再びタッセントから書状が届きました。すでにアッシカル領の各地へ毒を持ち込んでいる。いつでも撒く準備ができている――と」



「…!」

リリアンヌは、ひゅっと息を呑んだ。



「…脅しだ」

その背後に立つブライアンが、低い声を漏らした。



「…ええ。これまでの挑発とは、明らかに一線を画すものです」

ルイージは小さく頷いた。


リリアンヌを寄こさなければ、毒を撒くという明確な脅し――



「それなら…!やっぱり、私はアッシカル領に行くべきでしょう!」

すぐにリリアンヌの声が飛んできた。



「……」


タッセントが先の戦争で毒を使ったことは、セスランディアの民も知っている。


だから、最強の白の使い手であるリリアンヌを戦場へ――


彼女さえいれば、毒など恐れる必要はない。


民は、そう考えている。



「…毒の話は、タッセントの王の虚言だと思っています」



「…どうしてそう判断できるのですか?」

リリアンヌの眉が、わずかに寄った。



「タッセントと我が国の間には国境となる川があり、そこでは常に兵が見張っています。他国を迂回でもしない限り、気付かれずにアッシカル領へ入るのは困難です」



「国境となる、ガーデラ川がある…」

小さく呟いている。


頭の中で、地図を思い出しているのだろう。



「まして、先の村に使用したような毒を大量に持ち込むことは、まず不可能でしょう」


人ひとりなら、まだ抜け道はあるかもしれない。


だが、大量の毒を抱えて川を越えるとなれば話は別だ。



「でも…絶対にないとは、言い切れないのでしょう?」

リリアンヌは囁くように尋ねた。



「だからこそ、戦争をするのでしょう…?」



「…違います」

ルイージはゆっくりと首を振った。



「正直…この脅しを一蹴することもできました。アッシカル領に毒を撒くというのなら、好きにすればいい――と」



「…好きにって…」

リリアンヌは、きゅっと眉をひそめた。



「ですが、ここで退けたところで、タッセントは諦めないでしょう。手を変え、何度でも我が国に仕掛けてくる」


停戦中も、何度となく繰り返されてきたことだ。



「陛下は…それを、もう終わらせることにした」


リリアンヌの名を出したことが、タッセントの間違いだった。


越えてはならない一線を、越えた。



「売られた喧嘩をすべて買い、今度こそタッセントとの決着をつける。陛下は、そう決めたのです」


二度と、セスランディアへ手を出せないように。


二度と、リリアンヌを脅しの道具に使えないように。



徹底的に、タッセントを叩き潰す。



その選択が、リリアンヌの“枷”を揺さぶりかねないと知りながら。


それでも、レックスは戦争を選んだ。



「……」


室内に沈黙が落ちた。



「…いいですか。今回の戦争を、あなたのせいだとは思わないでください」

何か言われる前に、先に口を開いた。



「あなたの名を出したことは、ただのきっかけに過ぎません。以前から続いていたタッセントとの争いに、陛下が決着をつけると決めた。それを分かってもらうために私は事情を話しました」



「……」

リリアンヌは目を伏せ、何かを考えている。



「…あなたがアッシカル領へ行く必要は、ありません」


毒は、恐らく使われない。


タッセントへ侵攻すれば、再び使われることもあるかもしれないが――



不意に、伏せられていたリリアンヌの瞳がこちらを向いた。



「首都コウランへ、行きます」



「…は?」

思わず、間の抜けた声が漏れた。



「私の話を聞いていましたか…?」



「もちろんです。ルイージ宰相の話を聞く限り、タッセントの王は、私に来てほしがっています」



「……」


そこまでは、はっきり言わなかったつもりだが。



「何か、困っていることがあるのかもしれません」



「本気で…おっしゃっているのですか?」


どこまで、彼女は。



「もし問題を解決できれば、戦争は止まるかもしれませんね?」

リリアンヌの目は、真剣だった。



「…そんな簡単に、戦争が止まると思っているのですか?」



「でも、可能性はあります」



「だからといって、あなたをコウランへ行かせるとでも?」

声に、わずかに圧を込めた。



「そもそも、どうして伯父上は私に何も言わなかったのでしょう」


まるで効いていない。



「私が初めからコウランへ向かえば、戦争をする必要なんてなかったかもしれない」



「あなたが思うほど、単純な話ではないのです!」

ルイージは、語気を強めて言い返した。


あまりにも能天気な発言に、さすがに腹が立った。



「コウランへ行き、あなたが拘束でもされたら…!どうなるか、分かっているのですか」



「そんなこと、されません」



「人質にでもされてご覧なさい…!レックスは、どんな手を使ってもあなたを取り返しに行きますよ」


それこそ、罪のないタッセントの民を犠牲にしてでも。



「…ですから、捕まったりしません」



「…っ」


まだ、言うか――



「仮に、向こうが抱えている問題を解決したとしても!あなたが解放される保証などありません!」



「…だから!私は、捕まったりしない!」

リリアンヌが、がたんっと立ち上がった。



「なぜ言い切れるのですか!?」


いくら彼女が戦えるからと言って、


何百、何千ものタッセント兵に囲まれれば、どうすることもできない。



「私には、仲間がいるからっ!」



「…!」



「ブライアンも、キリも、ビッケも、ネウロも…!傍に、いてくれるから!」


リリアンヌは、迷いのない顔で言い切った。



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