精霊の申し子の本気①
ルイージ視点
「十二塔付近で盗み、強奪、暴動が多発し、多くの怪我人が出ています」
目の前の文官が、報告書を淡々と読み上げた。
「…ナイジェル隊長に、それをすぐ報告しろ。守衛隊を向かわせて、暴動を許すな」
ルイージは、額に手を置いたまま返した。
「それから…今日もまた、大正門前で抗議の一団が声を上げています」
「……」
「その中には、“リリアンヌ様を今すぐ戦場に向かわせろ”というものも」
「暴動より、そっちが先だ」
顔を上げ、文官の声を遮った。
「速やかにその団体を制圧しろ」
「そんなことをしたら…それこそ、暴動が起こりますよ」
「そのために、王都に守衛隊を多く残した。足りなければ、近衛隊にも出てもらう。城内の護りは、今いる者たちで十分だ。必要なだけ兵を動かせと伝えろ」
「…分かりました」
文官は一礼すると、ルイージの執務室から出ていった。
「はぁ…くそっ…」
ルイージは、ひとり悪態をついた。
もう、どうやったって無理だ。
戦争は、どれくらいかかるか分からない。
だが、レックスは本気だ。
タッセント全域を制圧する気なら、どんなに早くとも終戦まで一年はかかるだろう。
その間、リリアンヌを王城に閉じ込め続けることは無理だ。
民の声を、彼女本人に隠し続けることもできない。
王都に住む者たちは…彼女の性格を知ってしまった。
規格外な彼女の白のちからを、民のために使って当然だと思ってしまった。
平和であることに…
死が遠くにあることに、慣れてしまった。
精霊の申し子は、必ず民を助ける。
彼女の善意が…
彼女本人を、苦しめることになってしまった。
実際に戦争が始まれば、今度は、彼女へ怒りを向ける者も出てくるだろう。
皆が戦っているのに、お前は何をしているのだと。
そして戦争がどう終わろうと、以前のように町を歩くことさえ難しくなるかもしれない。
『つらければ…我と共に、デューゼの森へ行くかい』
『デューゼの森で、我や精霊たちと一緒に、何も考えず一生を過ごしてもいい』
「……」
あの時は、精霊王の言葉にふざけたことを抜かすなと思っていたが…
本当に、それでもいいかもしれない。
彼女が現実を知る前に、デューゼの森へ行っても――
「ルイージ様。リリアンヌ殿下がいらっしゃいました」
「…!」
従者の言葉に、ルイージはすぐに立ち上がった。
急いで席を離れ、扉近くの丸テーブルへ向かった。
「入れてくれ」
机に近づかれては困る。
戦争に関する資料が山ほど置いてある。
従者は把手に手を掛けたまま、なぜか動こうとしない。
「…なんだ?」
「それから…ブライアン殿下とネウロ様もご一緒です」
「……」
「どう…されますか?」
「……」
どうも、何も。
「…入れてくれ」
訪れてきた王族たちを、突き返すわけにはいかない。
従者が扉を開くと、真っ先にリリアンヌが入ってきた。
「ルイージ宰相…お忙しいところ、申し訳ありません」
その後ろには、ブライアンとネウロもいる。
従者が部屋を出ると、入れ替わるようにビッケが扉脇に控えた。
「いえ…リリアンヌ殿下、どうされたのです?」
レックスから直接戦争の話を聞いたはずだが、彼女はいつも通りだ。
いや…よく見ると、顔色が悪い。
やつれてしまった気がする。
「お話を聞きに来ました」
リリアンヌは、まっすぐにルイージを見つめた。
「話…ですか」
この目を――
俺は、知っている。
「…どうぞ、お座りになってください」
ルイージはリリアンヌから目を逸らすと、そっと椅子を示した。
「ブライアン殿下、こちらへ」
応対用の椅子は、二脚しかない。
ネウロには立ってもらうしかない。
「いや…私はいい。ルイージ宰相、あなたが座ってください」
ブライアンはリリアンヌを椅子へ座らせ、その背後に立った。
「長話になるでしょうからね」
ネウロもその隣に並んだ。
「……」
扉脇では、ビッケが黙ったままこちらを見つめている。
ルイージは、ふと窓辺へ視線を流した。
案の定、キリが当たり前のような顔で窓枠に腰掛けていた。
「……」
周囲を窺いながら、ゆっくりと腰を下ろした。
まだ何も尋ねられていないのに、自分の中の警鐘が激しく鳴っている。
「ルイージ宰相。単刀直入にお伺いします」
その声に、巡らせていた視線を戻した。
リリアンヌは、じっとこちらを見据えていた。
「タッセントとの戦争が起こるのは――私が関係していますか?」
「……」
戦争が起こる理由は、レックスと俺以外、絶対に知らないはずだ。
ブライアンやネウロが手掛かりを与えたかもしれないが…
自力で辿り着いたのか。
「どうか、真実を教えていただけませんか?」
「…その問いに、お答えするつもりはありません」
ルイージは、静かに首を振った。
「お願いです。ルイージ宰相の口から教えてください」
「…ですから」
「僕のちからを使えば、すぐに真実は分かりますよ」
「……」
ルイージは、ネウロをぎろりと睨みつけた。
「ルイージ宰相。これは、私の意思です」
その視線に気付いたリリアンヌが、すかさず言った。
「教えてくださらないなら、自力で…いえ、仲間のちからを使って、絶対に調べます」
「…あなたがそこまでする理由は何でしょうか?」
レックスたちが王都を発ってから、もう一週間が経った。
あと十日ほどもすれば、アッシカル領に入るはずだ。
そこから十日以内には、他領から召集した軍も揃うだろう。
そうしたら…もう、戦争が始まる。
「私のせいで戦争が起こるなら…何もしないでいることなんて、できません」
「…それなら、どうするのです」
ルイージは低く尋ねた。
「戦争が始まれば、あなたにできることは何もありません」
「…いいえ。戦場に行くことは、できます」
「絶対に、許しませんよ」
想像通りの言葉に、即座に返した。
「それなら、理由を教えてください」
リリアンヌは、ぐっと身を乗り出した。
「ルイージ宰相。私は…じっとなんてしていられない」
「……」
ルイージは、黙ったままリリアンヌを見つめた。
「私には…」
声が、微かに震えている。
「私には、きっと――」
そこで言葉を止め、目を伏せた。
小さく息を吐き、再び顔を上げる。
「…お願いです。真実を、ルイージ宰相の口から教えてください」
『護衛なんて、いりません。ひとりでもデューゼの森に行きます』
『私は、自分で精霊を探して、オーリア様に会いに行きます』
あの時と、同じ目。
彼女は、本気だ。




