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セスランディア王国物語  作者: あきよし りん
第十六章/護りたいもの
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精霊の申し子の本気①

ルイージ視点



「十二塔付近で盗み、強奪、暴動が多発し、多くの怪我人が出ています」

目の前の文官が、報告書を淡々と読み上げた。



「…ナイジェル隊長に、それをすぐ報告しろ。守衛隊を向かわせて、暴動を許すな」

ルイージは、額に手を置いたまま返した。



「それから…今日もまた、大正門前で抗議の一団が声を上げています」



「……」



「その中には、“リリアンヌ様を今すぐ戦場に向かわせろ”というものも」



「暴動より、そっちが先だ」

顔を上げ、文官の声を遮った。



「速やかにその団体を制圧しろ」



「そんなことをしたら…それこそ、暴動が起こりますよ」



「そのために、王都に守衛隊を多く残した。足りなければ、近衛隊にも出てもらう。城内の護りは、今いる者たちで十分だ。必要なだけ兵を動かせと伝えろ」



「…分かりました」

文官は一礼すると、ルイージの執務室から出ていった。



「はぁ…くそっ…」

ルイージは、ひとり悪態をついた。



もう、どうやったって無理だ。


戦争は、どれくらいかかるか分からない。



だが、レックスは本気だ。


タッセント全域を制圧する気なら、どんなに早くとも終戦まで一年はかかるだろう。



その間、リリアンヌを王城に閉じ込め続けることは無理だ。


民の声を、彼女本人に隠し続けることもできない。



王都に住む者たちは…彼女の性格を知ってしまった。


規格外な彼女の白のちからを、民のために使って当然だと思ってしまった。



平和であることに…


死が遠くにあることに、慣れてしまった。



精霊の申し子は、必ず民を助ける。



彼女の善意が…


彼女本人を、苦しめることになってしまった。



実際に戦争が始まれば、今度は、彼女へ怒りを向ける者も出てくるだろう。


皆が戦っているのに、お前は何をしているのだと。


そして戦争がどう終わろうと、以前のように町を歩くことさえ難しくなるかもしれない。



『つらければ…我と共に、デューゼの森へ行くかい』


『デューゼの森で、我や精霊たちと一緒に、何も考えず一生を過ごしてもいい』



「……」


あの時は、精霊王の言葉にふざけたことを抜かすなと思っていたが…


本当に、それでもいいかもしれない。


彼女が現実を知る前に、デューゼの森へ行っても――



「ルイージ様。リリアンヌ殿下がいらっしゃいました」



「…!」


従者の言葉に、ルイージはすぐに立ち上がった。


急いで席を離れ、扉近くの丸テーブルへ向かった。



「入れてくれ」


机に近づかれては困る。


戦争に関する資料が山ほど置いてある。



従者は把手に手を掛けたまま、なぜか動こうとしない。



「…なんだ?」



「それから…ブライアン殿下とネウロ様もご一緒です」



「……」



「どう…されますか?」



「……」


どうも、何も。



「…入れてくれ」


訪れてきた王族たちを、突き返すわけにはいかない。


従者が扉を開くと、真っ先にリリアンヌが入ってきた。



「ルイージ宰相…お忙しいところ、申し訳ありません」


その後ろには、ブライアンとネウロもいる。


従者が部屋を出ると、入れ替わるようにビッケが扉脇に控えた。



「いえ…リリアンヌ殿下、どうされたのです?」


レックスから直接戦争の話を聞いたはずだが、彼女はいつも通りだ。


いや…よく見ると、顔色が悪い。


やつれてしまった気がする。



「お話を聞きに来ました」

リリアンヌは、まっすぐにルイージを見つめた。



「話…ですか」


この目を――


俺は、知っている。



「…どうぞ、お座りになってください」

ルイージはリリアンヌから目を逸らすと、そっと椅子を示した。



「ブライアン殿下、こちらへ」


応対用の椅子は、二脚しかない。


ネウロには立ってもらうしかない。



「いや…私はいい。ルイージ宰相、あなたが座ってください」

ブライアンはリリアンヌを椅子へ座らせ、その背後に立った。



「長話になるでしょうからね」

ネウロもその隣に並んだ。



「……」

扉脇では、ビッケが黙ったままこちらを見つめている。



ルイージは、ふと窓辺へ視線を流した。


案の定、キリが当たり前のような顔で窓枠に腰掛けていた。



「……」

周囲を窺いながら、ゆっくりと腰を下ろした。


まだ何も尋ねられていないのに、自分の中の警鐘が激しく鳴っている。



「ルイージ宰相。単刀直入にお伺いします」


その声に、巡らせていた視線を戻した。


リリアンヌは、じっとこちらを見据えていた。



「タッセントとの戦争が起こるのは――私が関係していますか?」



「……」


戦争が起こる理由は、レックスと俺以外、絶対に知らないはずだ。


ブライアンやネウロが手掛かりを与えたかもしれないが…


自力で辿り着いたのか。



「どうか、真実を教えていただけませんか?」



「…その問いに、お答えするつもりはありません」

ルイージは、静かに首を振った。



「お願いです。ルイージ宰相の口から教えてください」



「…ですから」



「僕のちからを使えば、すぐに真実は分かりますよ」



「……」

ルイージは、ネウロをぎろりと睨みつけた。



「ルイージ宰相。これは、私の意思です」

その視線に気付いたリリアンヌが、すかさず言った。



「教えてくださらないなら、自力で…いえ、仲間のちからを使って、絶対に調べます」



「…あなたがそこまでする理由は何でしょうか?」


レックスたちが王都を発ってから、もう一週間が経った。


あと十日ほどもすれば、アッシカル領に入るはずだ。


そこから十日以内には、他領から召集した軍も揃うだろう。



そうしたら…もう、戦争が始まる。



「私のせいで戦争が起こるなら…何もしないでいることなんて、できません」



「…それなら、どうするのです」

ルイージは低く尋ねた。



「戦争が始まれば、あなたにできることは何もありません」



「…いいえ。戦場に行くことは、できます」



「絶対に、許しませんよ」


想像通りの言葉に、即座に返した。



「それなら、理由を教えてください」

リリアンヌは、ぐっと身を乗り出した。



「ルイージ宰相。私は…じっとなんてしていられない」



「……」

ルイージは、黙ったままリリアンヌを見つめた。



「私には…」


声が、微かに震えている。



「私には、きっと――」


そこで言葉を止め、目を伏せた。


小さく息を吐き、再び顔を上げる。



「…お願いです。真実を、ルイージ宰相の口から教えてください」



『護衛なんて、いりません。ひとりでもデューゼの森に行きます』


『私は、自分で精霊を探して、オーリア様に会いに行きます』



あの時と、同じ目。


彼女は、本気だ。



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