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セスランディア王国物語  作者: あきよし りん
第十六章/護りたいもの
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次の段階へ

リリアンヌ視点



もう、あれから何日が経ったのだろう。



左肩が痛むことが怖くて、何も考えられない。


それに…起きたところで結局、王城から出ることはできない。



外出禁止命令を解かないまま――


レックスは、戦場へ行ってしまった。



「…リリアンヌ」

扉の向こうから、ビッケの声が聞こえた。



「ネウロが来たけど、ここに入れてもいい?」



「…うん」

リリアンヌは、もそりとベッドから起き上がった。



「ちょっと待ってて」

ビッケは、扉を開けたまま階段を下りていった。


下で、微かに話し声が聞こえる。


しばらくして、扉の向こうからネウロが顔を覗かせた。



「おはようございます。体調はいかがですか?」



「…ネウロ、ごめんなさい」



「何も謝ることはないですよ」

ネウロは言いながら、すぐに左目を光らせた。



「…はい、大丈夫ですね」



「…本当?」



「ええ。今は、落ち着いています」



「……」


今は、ということは…やっぱり、前は危なかったのだろうか。


あれだけ、左肩が痛んだのだから。



あのまま痛み続けていたら…どうなっていたのだろう。


自分の中にいるヌシカが、瘴気を送ってきたはずだ。


瘴気に飲み込まれて…あんな場所で、異形の存在(ゼノプーパ)になっていたのだろうか。



「リリアンヌ殿下。そろそろ、寝室から出てみませんか?」

ネウロが、扉の前からそっと声を掛けた。



「皆さん、心配していますよ」



「…?」


皆さんとは…誰だろう。


もう…みんなは、遠い場所へ行ってしまった。



「まずは、下の部屋に行きませんか?さすがの僕でも、女性の寝室で長話はしづらいですから」



「…分かった」

リリアンヌは、言われるがままにベッドから下りた。



「待った」


ビッケが駆けてきて、素早く背中に羽織ものを掛けた。



「…ありがとう、ビッケ」


寝間着だけで、陽のもとへ出るところだった。


ゆっくりと、螺旋階段を下りていく。



「はい、よくここまで来ましたね」

先に下りたネウロが、にこりと言った。



「よく晴れていますよ。今日は、一段と暖かい」



「…本当だね」


ネウロに続いて、テラスへ向かった。



「どうぞ、座ってください」



「うん」


椅子に腰掛け、テーブルを指でなぞる。



「……」


ここで、レックスと。


…アランフォースと。



「…悲しいことは、分かります」



「…え」

リリアンヌは、ゆっくりと顔を上げた。



「そろそろ、次の段階へ進みませんか?」

ネウロは、優しく微笑んでいた。



「…次の段階って?」


まだ…頭が、うまく働いていない。



「僕の千里眼のちからは、あなたのためだけに使うと言ったはずです」



「…うん」


確かにそう言っていたけれど、今、何か関係あるのだろうか。


…そういえば。


何かを、ネウロに確認してもらおうと…



「ブライアンが来るけど、どうする?」

ビッケが、テーブルにカップをそっと置いた。



「うん…大丈夫」

リリアンヌは、こくりと紅茶を飲んだ。


すぐにカップを置き、椅子から立ち上がった。



「立たなくていい」


ビッケが開けた扉から、ブライアンが入ってきた。



「やっと出られるようになったのだな」

そのまま、リリアンヌの隣に腰掛けた。



「…ご心配をおかけしました」


動けないでいる間、何度かブライアンの顔も見たような気がした。



「…せめて、何か口にしてくれないか」

ブライアンは、ちらりとビッケへ視線を送った。


ビッケがすぐに、リリアンヌの前に軽食を載せた盆を置いた。



「ありがとう…」


リリアンヌは、パンを手に取り――


ふと、動きを止めた。


ぼんやりと宙を見つめる。



「…リリアンヌ」

ブライアンが、そっと顔を覗き込んだ。



「急に黙り込まれると、心配になる」



「…ブライアン」

ぱっと顔を上げた。



「!」

ブライアンが、反射的に顔を引いた。



「なぜ今回、戦争することになったのでしょう?」


次の段階――



そもそも、なぜ、タッセントと急に戦争することになったのか。


きっかけは、何だったのか。


必ず理由があるはずだ。



「…余計なことを言ったな」

ブライアンは目を細め、ネウロを睨みつけた。



「でも、ほら、顔色が戻りましたよ」



「ブライアン。理由を教えてください」

リリアンヌは、ブライアンから目を離さなかった。



「……」


黙り込んでしまった。



きゅるる…と、お腹が小さく鳴った。


リリアンヌはブライアンを見つめたまま、パンをぱくりと食べた。



「ふふっ」

ネウロが二人の様子を見て、小さく笑った。



「何か…向こうから仕掛けられたのでしょうか」

リリアンヌはもぐもぐと食べながら、首を傾げた。



レックスから戦争を仕掛けることは、きっとない。


もう、分かっている。


大国の王は、戦争を良しとしていない。



「なんだろう…タッセントといえば…」


ギタンが左腕を失うきっかけになった戦争は、時期から考えればタッセント戦だ。


ということは、タッセントは、セスランディアの霊拝師(オランス)たちを虐殺した国だ。



その報復を…?


いや…もう、それは二十年近く前の話だ。


そのあとも、タッセントとの戦争は続いていた。



完膚なきまでに叩き潰そうと思うほどの、何かが…


何かを、された?



「その理由が、君の望む答えではないかもしれない」



「…へ」

リリアンヌは、きょとんと目を瞬いた。



「君にとって、つらいものかもしれない」

ブライアンは真剣な表情で続けた。



「聞かない方が良かったと思うことも――」



「ま、待って、ブライアン」

慌てて遮った。



「ブライアンは…でも、理由を知っているのでしょう?」


どうして、可能性の話ばかりをするのだろう。



「…正確には知らない」

ブライアンはゆっくりと首を振った。



「私は、憶測しただけだ」



「そう…なのですか?」


王太子ですら…戦争が起こる理由を知らない…?



「知っているのは、彼だけだろう」



「…彼?」



「ルイージ宰相だ」



「話をしに行きます」

リリアンヌは、間髪入れずに返した。



「ルイージ宰相に、理由を尋ねに行きます」



「待ってよ」


扉の方から聞こえた声に、顔を向けた。



「理由を聞いて、どうするの?」

ビッケが、険しい表情を浮かべていた。



「ブライアンが言う通り、望まない答えを聞いてさ。一週間前みたいにまた左肩が痛んだら、どうするの?」



「…あ、そんなに経ってたの」


一週間も、寝込んだままだったなんて。



「そこじゃなくってさ」

ビッケはさらに眉を寄せた。



「国王から、王都を護れって言われたよな」



「……」



「それなら、理由を知る必要なんてないじゃん。やることは変わんないでしょ?」



「……」



「理由を知って、また何か背負うつもり?」

声が、どんどん強まっていく。



「お前が動く必要なんて、ないだろ…!」



「…そっか」

リリアンヌは、ぽつりと呟いた。



「ビッケは、私より前から戦争が始まることを知っていたんだね」



「……」


今度は、ビッケが口をつぐんだ。



「板挟みにさせちゃったね」


きっと、町でもいろいろな話を聞いてきたのだろう。


だから…ずっと、つらそうだった。



「気付いてあげられなくて、ごめんね」



「…オレのことじゃなくってさ」



「だけど私は、ここでじっとなんてしていられない」



「!」



「もう、何も知らないままは嫌なの」


また、左肩が痛むかもしれない。


それは、怖い。



だけど――何も知らないまま、ここで待っていることの方が嫌だ。


遠く離れた場所で、ただ戦争の行方を知らされるだけなんて、もっと嫌だ。



たとえ、どんな理由が待っていようとも。


聞かなければ良かったとだけは、思わない。



「…ごめん。オレが言うことじゃなかった」



「ううん。心配してくれて、ありがとう」



「…オレは、お前について行くよ」



「え?」



「お前が行くなら、オレも行く。それだけ」

ビッケは、きっぱりと言い切った。



「ビッケ…」


それは…ルイージのもとへ行く話をしているのだろうか。


それとも――



「私も、ビッケと同じだ」


聞き慣れた声に、振り返った。


いつの間にか、キリがテラスの手すりに寄りかかっていた。



「知りたいなら、聞きに行けばいい」



「…キリ」



「君の好きなようにすればいい」

キリは、ふっと笑みを浮かべた。



「私も、君について行く」



「…うん」

リリアンヌは、嬉しそうに目を細めた。



「ビッケもキリも、ありがとう」



「…お二人の言葉は、まっすぐでいいですねぇ」



「…ネウロ、今は口を挟むな」



「ブライアン、ネウロ」

リリアンヌは立ち上がり、囁き合う二人に目を向けた。



「ルイージ宰相のもとへ、行きます。二人も、一緒に来てくれますか?」



「それは、もちろんですが」

ネウロが、首を傾げてリリアンヌを見上げた。



「…なあに?」



「その格好で向かわれる気ですか?」



「…向かいません」

急に恥ずかしくなって、そっと俯いた。



まだ寝間着姿だった。


それに、何日もベッドの上にいた。


顔も髪もひどいことになっているだろう。



「待っているから、準備してくるといい」

ブライアンが、ふっと苦笑した。



「う…はい」

リリアンヌは、小さく頷いた。



ビッケが、すぐにフローラとレマンを連れてきた。


二人と一緒に、再び螺旋階段を上がっていく。


脱衣場に入ると、リリアンヌはすぐに切り出した。



「二人とも、心配をかけてごめんなさい」



「…いいえ。こうして起き上がれるようになられて、本当に良かったです」

レマンが静かに答えた。



「私たちこそ…何も言えず、申し訳ありませんでした」

フローラが申し訳なさそうに言った。



「何のこと?」



「先日、軍事演習のことを尋ねられた時、戦争のことは何も知らないふりをしました」



「…知っていたのに、言えなかったの?」



「ええ。陛下たちが出立する日まで、ずっと城内で箝口令が敷かれていました」



「…え」


箝口令が敷かれていた…?


どうして…



…きっと、私のためだ。


私の感情が、昂らないように。


レックスが順を追って、ゆっくりと説明してくれた。


国王自ら、ここまで足を運んで。



『お前に貰った命を、無駄にする気はない』



あんなに、自分のことを思って言葉を選んでくれたのに。


私は、ただ泣くばかりだった。


何も、言葉を返せなかった。



あの時、ちゃんと動けていれば間に合ったのに。


もう、父も兄も、遠くに行ってしまった。


行ってらっしゃいも、言えなかった。



…情けない。


縋ってばかりで…



…自惚れでなければ。


もしかして、戦争が起こる理由は――



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