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セスランディア王国物語  作者: あきよし りん
第十六章/護りたいもの
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初めての痛み

リリアンヌ視点



「…霊拝師(オランス)たちは」

リリアンヌは、はっと口を開いた。



「霊拝師たちは、戦場へ行くのでしょうか」



「…当然、行く」



「私も、行きます」


戦争があるのは…仕方がないことだ。


それならせめて、自分のちからを――



「お前は行かせない」

レックスは即座に答えた。



「…お役に立ってみせます」



「そうじゃねぇ」



「加護を持っていたら、国の有事には必ず参加するのでしょう…?」


ずっと前に、そう言われたはずだ。



「俺が、お前の協力を要らないと言っている」



「…っ」

喉の奥が、詰まった。



「…でも、少しでも怪我人が減らせれば」



「戦場のすべてを、お前ひとりで救えると思うな」



「…!」



「何度でも言う」

レックスはテーブルに腕をつき、ぐっと距離を詰めた。



「命の価値は、平等じゃねぇ。何より優先するのは、お前の命だ」



「…違います…っ」

リリアンヌは、すぐに首を振った。



「それに、そういうことじゃなくてっ…私がちからを使えば、救える人も――」



「違わない」

きっぱりとした声が返ってきた。



「お前が戦場に来れば、お前を護るために兵を割くことになる…邪魔だ」



「…っ」


何も、言い返せない。


ぽたりと、涙が落ちた。



「…ううっ…」


どうして。


“デューゼの森の悪夢”を、防いだはずなのに。



父も、


兄も、


エドガーも、国王直(フィデリス)属騎士団(グラディウス)たちも――


レックスも。



助かったはずの人たちが、また戦場へ向かってしまう。


また…歯車が、回り出してしまった。



「…行きたい、です」

かすれた声がこぼれた。



「私も、行きたい…っ」



「王都も、どうなるか分からない」

涙の向こうで、レックスがこちらを見ている。



「…ひくっ…お、王子たちは」



「…全員残す」



「そ、それ、なら」



「ブライアンと、王都を護れ」


静かな声が、そっと落ちた。



「お前が、王都を護れ」



「…っ」


そう言われてしまったら――


もう、断ることなんてできない。



「…安心しろ」


微かに、椅子を引く音が響いた。



「俺は、死ぬ気はない」



「…でもっ」

顔を上げ、はっと言葉を止めた。


レックスの顔が、すぐ目の前にあった。



「お前に貰った命を、無駄にする気はない」


目元の涙が拭われていく。


ぼやけていた視界が晴れ、優しい顔がはっきりと見えた。



「必ず、ここに戻ってくる」



「…っ」

拭われたばかりの目に、また涙が滲んだ。


喉の奥が、ぎゅっと熱い。



「…ぜ、絶対にっ…帰って…きて」



「絶対に、戻ってくる」


迷いのない声だった。



「…交代だ」

レックスの気配が、ゆっくりと遠ざかった。



「…っ…ううっ…」


涙が、止まらない。



嫌だ。


やっぱり、嫌だ。



何が…戦争は仕方ない、だ。


大切な人たちが、みんな遠くへ行ってしまう。



何も、納得できない。


理解なんて、したくない。



ただ、行ってほしくない――



「…うぐぅっ…」

リリアンヌは、左肩をぱっと押さえた。



左肩が――痛い。



…駄目だ。


乱れた息を、必死に整える。


落ち着け――



「…左肩が、痛みますか」


大きな手が、肩を押さえる右手ごと包み込んだ。



張り詰めていた体から、ふっと力が抜けた。


痛みが、引いていく。


右手を包む大きな手に、目を落とした。



「…っ」


押し込めていたものが、溢れ出す。



「…ずっと、一緒にいるって…」



「…申し訳ありません」



「傍に、いるって」



「約束を守れず、申し訳ありません」



「…離れないで…っ」


両手で、大きな手を掴む。



「…っ…お願い」


その手を胸元へ引き寄せ、ぎゅっと握りしめた。



「……」


両手の中で、指先がぴくりと動いた。



「お願い…」


この手を…


この人を、



アランフォースを。



「行かないでっ…」


どこにも、連れて行かないで。



「…あなたなら、大丈夫です」



「…っ…」


…嫌だ。


聞きたくない。


もう、何も言わないで。



「……」


きつく握ったはずなのに、指がひとつずつほどかれていく。


やがて、大きな手が――



「…どうか、お幸せに」


離れた。



胸元に、自分の両手だけが残った。



「……」


…苦しい。


胸が、詰まる。



息が――


吸えない。



「リリアンヌ。息をしろ」


とんっと、肩を叩かれた。



「…っ、はぁ…はっ…」


息を吐くと同時に、また左肩が痛み出した。



「落ち着け」


紫の瞳が、揺れる視界に映った。



「私が見えるか」



「……」



「ゆっくり呼吸しろ」



「…む、無理」



「大丈夫だ」



「…っ…キリ」



「ここにいる」



「…キリ!」

リリアンヌは、勢いよくキリにしがみついた。



「ぅっ…ううっ…」

堰を切ったように、嗚咽が溢れ出した。


もう、自分が椅子に座っているのか、床にいるのかも分からない。



「ゆっくり考えろ」

キリが、優しく背中をさすった。



「ひとつずつ、ゆっくりだ」



「ゆ、ゆっくり…?」



「そうだ。君の前に、誰がいる?」



「…え」

リリアンヌは、涙で濡れた目をゆっくり上げた。


目の前でビッケが、静かに泣いていた。



「ビッケ…」


その涙に、息が詰まった。



「今は、ここにいる者だけを見ろ」



「うん…」


ゆっくりと呼吸していく。



「今は、何も考えるな」



「…うん」


目の前には、ビッケがいる。


キリも、いる。



この人たちの前で――


異形の存在(ゼノプーパ)になるわけにはいかない。



「…ぐすっ…」


今度は、頭がぼやけた。



キリの手が、ゆっくりと背中を叩いている。


その音も、次第に聞こえなくなっていった。



「…もう、大丈夫です」

遠くから、ネウロの声が聞こえた。



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