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セスランディア王国物語  作者: あきよし りん
第十六章/護りたいもの
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突きつけられた現実

リリアンヌ視点



「…集中しているところ、すまない」


本に影ができて、ぱっと顔を上げた。



「そろそろ、部屋に戻ろう」

ブライアンが、優しく微笑んでいた。



「今、何時…?」


窓の外は、もう暗い。



「八時だ。侍女たちも心配しているだろう」



「…七時には戻って夕食にしますって、言っていたのに」

リリアンヌは眉を下げ、ぱたんと本を閉じた。



「ビッケが先に戻って伝えている。心配するな」



「ごめんなさい…」


いつも、こうだ。


調べものを始めたら、あれもこれもと気になって、つい読み込んでしまう。


大聖堂の書庫室にも行ってみたかったけれど、城内から出られない今、仕方がない。



外出禁止命令が出てから、一週間。


まだ、命令は解かれていない。



「遅くまで、ごめんなさい」



「いいえ、とんでもございません。またお待ちしております」


案内の者と挨拶を交わし、図書室をあとにした。



「ブライアンも、ごめんなさい」

歩きながら、リリアンヌは隣を見上げた。



「つい…時間の感覚がなくなっちゃう」



「声を掛ければ、気付くだろう。まったく問題ない」



「…今日のご飯は、何かな」


今になって、お腹の虫が小さく鳴った。



「君は意外と、食いしん坊だからな」

ブライアンが、ふっと笑った。



「だって、お昼から何も――」



「…どうして、俺が!」


廊下に、声が響き渡った。



「…?」

リリアンヌは、声のした方へ顔を向けた。


廊下の奥で、数人の文官が揉めている。



「おい、落ち着け!ここは城内だ」


「もう、知るかよ!どうせ明日には、俺は行かなくちゃいけない」


「行くのは、お前だけじゃない。それに、お前はまだいい方だろう」


「だからと言って――」



「…リリアンヌ、行こう」



「…!」


ブライアンはぐいっとリリアンヌの手を引くと、足早に廊下を進んでいった。



「――死ぬわけには…ない」


文官たちの声が遠くなり、断片的にしか聞こえなくなった。



「…何かあったのかな」



「君の気にすることではない」



「……」



「…ああ、すまない」

ブライアンは、ぱっと手を離した。


そのまま、部屋へ向かう階段を上がっていく。



「……」


違う。


そうじゃない。



外出禁止命令が出てから――何か、おかしい。



「あの…ブライアン」



「!」


リリアンヌは、先を行くブライアンの袖をきゅっと掴んだ。



「…何があったのでしょう?」



「……」

ブライアンは足を止め、ゆっくりと振り返った。



「……」

リリアンヌはじっと見つめながら、掴んでいた袖を離した。


その手を、ブライアンがそっと取った。



「…これだけは、覚えていてほしい」

重ねられた手に、わずかに力がこもる。



「私は、君の味方だ」



「…はい」


そんなことは…


とっくに分かっている。



「そうではなく…」

視線を落とし、言葉を探している。



「…これから先、君が何を選んでもだ」



「…何の話でしょうか?」


何があったのか、尋ねたはずなのに。



「……」

ブライアンは手を離し、再び階段を上がっていった。


もう、それ以上は何も話してくれなかった。



…何か、あったんだ。


自分の知らない、何かが。



ここ数日、城内がずっと騒がしい。


初めは軍事演習のせいかなと思ったけど、どこか殺気立っている気もする。


ルイージとも、結局会えなかった。



まるで、ザンビア砦に入った時みたいに息苦しい。


ずっと、嫌な予感がしている。



知らないままでいるのは…嫌だ。


誰に聞いたら、教えてくれるだろうか…



…ネウロ。


ネウロは、協力してくれるだろうか。


明日の朝、診てくれたあとに頼んだら、調べてくれるだろうか――



「…リリアンヌ殿下」



「…はい」

ゆっくりと、顔を上げた。



「…全然召し上がっていません」

レマンが心配そうに様子を窺っていた。



「…ごめんなさい。せっかく用意してくれたのに」


でも…もう、食欲がない。



「せめて、温かい紅茶でも飲みましょう」

フローラが、室内で茶器の準備をしてくれている。



「ありがとう…」

リリアンヌは、手にしていたフォークを静かに盆へ戻した。


そのままテラスから見える夜景に目を向け、そっと息を吐いた。



本当に、悪い癖だ。


何か考え始めると、他のことが何も手につかなくなる。


せっかく料理人が、自分に合わせたものを作ってくれているのに。


せめて、あと一口――



「…リリアンヌお嬢様」

扉の脇に立っているビッケが、静かに口を開いた。



「どうしたの?ビッケ」



「まもなく、陛下がいらっしゃいます」



「…えっ?」



「!」


ビッケの言葉を聞いた瞬間、フローラとレマンが素早く食器を下げ始めた。


結局ほとんど手付かずのまま、夕食が終わってしまった。



「…どうして?」


どうしてビッケは、分かったのだろう。


それより。


どうして、こんな夜に国王が自室に訪れてくるのだろう。



「……」

ビッケが、静かに扉を開けた。


開けられた扉から、レックスが入ってきた。



「全員、出ろ」



「…伯父上」

リリアンヌは、さっと立ち上がった。



「そこでいい」


レックスはまっすぐテラスまで進むと、リリアンヌの前の椅子を引いて座った。


ビッケとフローラたちが、そっと部屋から出ていった。



「……」



「座れ」

レックスは、紅茶をすすっていた。


いつの間にかフローラは、二人分用意したようだ。



「こんな夜に…どうしたのですか?」

リリアンヌは、腰掛けながら慎重に尋ねた。


この部屋に訪れてくるのは、久しぶりだ。


しかも事前に連絡もなく来るのは、初めてだ。



「……」

レックスは黙ったまま、テーブルを指で叩いた。


何も、言わない。


何か、考えている。



「…簡潔に言う」


その指が、ぴたりと止まった。


鋭い目が、こちらに向いた。



「戦争が、始まる」



「…せんそう」

ひゅっと、喉が鳴った。



「国際情勢は、学んでいるな」



「…は、はい」



「長らく停戦状態だったタッセントと、再び戦争することになった」

レックスは目を逸らすことなく、静かに告げた。



「明日、タッセントと隣接するアッシカル領に向けて出兵する」



「明日…!?」

思わず、悲鳴に近い声が出た。



「今回を最後に、俺は、二度と戦争する気はない」


こちらの反応を待つことなく、話は進んでいく。



「この意味は、分かるか」



「…わ、分かりません」



「セスランディアの全兵力を集結して、タッセントを完膚なきまでに叩き潰す」



「…っ」

肩が、びくりと跳ねた。



「いいか。全兵力、だ」

それでも、レックスは言葉を止めなかった。



「そこには、ロデオとサイラスも入っている」



「……」


父と兄の、優しく笑う顔が頭をよぎった。



「…国王直(フィデリス)属騎士団(グラディウス)も全員、連れて行く」



「……」


もう…


分かっている。



「アランフォースも、連れて行く」


国最強の、騎士――


戦争があるなら、彼は必ず行くことになる。



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