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セスランディア王国物語  作者: あきよし りん
第十六章/護りたいもの
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庇護下の姫④

ビッケ視点



「戦争が始まるぞ!」


中央市場は、大騒ぎだった。



「昨夜、発表があった」


「しばらく、商人たちも動かなくなるかもしれない」


「今のうちに、食料を買い込んでおけ」


いつもより混み合い、誰もが慌ただしげだ。



そんな中を、ビッケはマントを深くかぶったまま進んでいった。


ひとりなら、中央市場を抜けた方がどこへ行くにも早い。



「若い男どもは、みんな戦争に行っちまうんだろう…?」


「ああ…また大勢死ぬのか…」


「この町の男たちも、例外じゃねぇ」


「今日からさっそく、湖で軍事演習があるらしい」


「来週にはもう、アッシカル領へ向かうってさ」


…アッシカル領。


タッセント国に隣接する領だ。



従者の修行中に、地理も軍のことも、ステファンから叩き込まれた。


国中から兵を召集する気なら、何十万人規模になる。



アランフォースは、大きな戦争が起こると言っていた。


まさか本当に、そんな大軍で隣国を攻めるのだろうか。


タッセントの人口は確か、セスランディアの半分にも満たないはずなのに。



「…!」

ビッケは小さく顔を上げ、鼻をひくりと動かした。



知り合いの匂いがする。


…ちょうど良かった。


匂いを追いかけ、人混みをすり抜けた。



目当ての人物は、どんどん裏道へ進んでいった。


追いかけていくと、壁に寄りかかり、自分を待っていた。



「よぉ、ビッケ」

マントを目深にかぶる人物が、左手を上げた。


右手には、大きな包みを抱えている。



「ギタン、気付いてたの?」



「俺は元騎士だからな」

いつもの、ギタンの決まり文句だ。



「珍しいな。お前ひとりか?」



「リリア…リリィからの手紙を、預かってきたんだ」

ビッケは肩掛け鞄から手紙を二通取り出すと、ギタンへ手渡した。



「シルヴィアにも渡しておいて」



「あ?手紙?なんでまた」

ギタンが受け取りながら眉を寄せた。



「しばらく出かけられないってことが書いてあるんだと思う」



「戦争が始まるんだ。当たり前だろ」



「…リリィは戦争が始まること、まだ知らないんだ」

ビッケは、ぽつりと答えた。



「…ああ、そうなのか」

なぜか、納得したように頷いた。



「…お前、サムの店にも向かうのか?」



「うん」


サム宛ての手紙も預かっている。



「一緒に行くか」

ギタンは返事を待たずに歩き出した。


二人でマントをかぶったまま、通りを進んでいく。



「戦争っつっても、タッセントとだろ?王都は離れてる」


「だけどよ、物が入ってこなくなるぜ」


「酒も飲めなくなるのか?」


「まぁ、戦争に勝ちゃあ、タッセントからの酒も流れてくる」


裏道でも、戦争の話しかしていない。



「サムたちは、戦争に行かないの?」

ビッケは、はっとして尋ねた。



「貧民区出身の奴らは、徴兵登録簿に載ってねぇ」

ギタンが歩きながら素早く答えた。



「…そっか」


貧民区の話もまた、ステファンに習った。


そこの出身の人たちは、獣人族と同じように長く差別されてきた。



「お前たちこそ、どうなんだ」


獣人族のことを尋ねているのだろう。



「…分かんない」


村を出てから、一度もやり取りをしていない。


ブライアンなら何か知っているかもしれないけど…聞けるタイミングもない。



「…前と同じなら、召集が掛かることはねぇな」


ぽつりと聞こえた声に、顔を上げた。



「前の戦争の時は、人族だけだったの?」



「そうだな。…当時は、大勢死んだ」

ギタンが一瞬、遠くを見るような目をした。



「…今回もそうなるのかな」



「さぁな…だが、あいつが決断したなら、規模は前回と同等かもしれねぇな」



「あいつ…?」


あいつって、誰だろう。



「…リリアンヌ様は、行かないのかな」



「…!」


微かに聞こえた声に、ビッケはぴくりと耳を動かした。


壁際で、男たちが囁き合っている。



「…姫さんが戦争に行くわけないだろ」



「だってさ、あれほどの白の使い手だ。リリアンヌ様がいれば、兵たちは…」



「それ以上は、やめとけ。不敬で捕まるぞ」



「だがよ…誰もが思ってることだろ?」


声を潜ませても、自分には丸聞こえだ。



「精霊の申し子が行けば――簡単に戦争に勝てる、って」



「……」



「ビッケ。余計な噂を持ち帰るな」

ギタンが静かに口を開いた。



「…意味が分かんない」


リリアンヌがいれば、どうして簡単に勝てると思い込んでいるのか。



「…姫さんがいれば」


「リリアンヌ様なら…」


どこまで進んでも、あいつの名前が出てくる。


耳を塞ぎ、サムの店まで一気に向かった。



「…ビッケ!」


店に入ると、サムが慌てた様子でカウンターから飛び出てきた。



「リリィは!」



「外出禁止命令で、王城にいる」

ビッケは、手紙を差し出しながら答えた。



「…外出禁止命令」

サムは呆然としたまま受け取った。



「じゃあ…あいつは戦争に行かないんだな?」



「うん。行かない」



「…はぁ、良かった」

サムは深い溜息をついて、その場に屈み込んだ。



「もう…前みたいに耐えるのは、嫌だ」



「前みたいって?」

ビッケは、ぱさりとマントを脱いだ。



「…あいつが、ザンビア砦で戦った時の話」



「ああ…」


オレもそのことは、話でしか聞いていない。



「だから、今回はビッケが教えてくれて助かった。ありがとな」



「…でも、今回は何も関係ないのに。なんで、こんなにあいつの噂が流れてるんだよ」

ビッケは、ぎゅっと拳を握りしめた。



「…そりゃ、あいつは英雄だからな」



「英雄だから、なんだよ」



「平凡な奴らは…どうしても英雄に縋りたくなる」



「どうしてリリアンヌに縋ろうとするんだよ」



「おい、ビッケ。サムを責めるのは見当違いだろ」

ギタンが静かに口を挟んだ。



「噂は噂だ。勝手に言わせておけ」



「勝手にリリアンヌに期待して…行かなかったら、どうなるんだよ」


アランフォースは、どうして戦争が始まるかまでは教えてくれなかった。


国同士の争いだから、仕方ないかもしれない。


だけど。



「そしたら今度は、勝手に失望するだろ…?」


あいつは、なんにも関係ないのに。



「リリアンヌをなんだと思ってんだ…っ!」


腹が立つ。


何も知らないくせに。



「代わりに怒ってくれる奴がいて、リリィは幸せだな」



「!」


ギタンが、ぽんっとビッケの頭を撫でた。



「ビッケ。オレも、まったく同意見だよ」

サムは頷くと、ゆっくり立ち上がった。



「…ところで、これ、何?」

ようやく、手にしていた手紙へ目を落とした。



「リリアンヌからの手紙。あいつ、戦争のこと知らないから、噛み合ってないことが書いてあるかも」



「知らないって…町では、こんなに騒いでんのにか?」

サムがぎょっと目を丸くした。



「箝口令が敷かれようが、王城でも噂は流れるはずだ。下手にリリィの耳に入ったら、意味がねぇだろ」

ギタンが、まるで城の様子を知っているかのように言った。



「…国王が、直接説明するんだって」


そう、アランフォースから聞いている。


言っても良いか分からなかったけど、この二人なら大丈夫だろう。



「は…そりゃまた、あいつは随分とリリィを気に掛けているな」



「あいつって…まさか、国王のこと?」

ビッケは、驚いた顔でギタンを見上げた。


まさか、さっきの話も国王のことだったのだろうか。



「勘弁してくれ…王太子の次は、国王かよ…」

サムが、げんなりした声で呟いた。



「国王は、リリアンヌのことをすごく大切にしてるよ」


オレが見ても、分かるくらいに。


そうじゃなければ、異形の存在(ゼノプーパ)になるかもしれないって分かった時点で、リリアンヌは王都を追い出されていたかもしれない。


それに今、王城で箝口令が敷かれているのも、リリアンヌひとりのためだ。



「あいつが、誰かを大切に…?」


小さな声が耳に届いた。



「ああ…だから戦争するのか」



「…どういうこと?」



「…聞こえちまったか」

ギタンは、ふっと笑みを浮かべた。



「憶測の域を出ないことは、話せねぇな」



「……」


今、確信があるような言い方だったのに。



「…オレ、そろそろ行くよ」

ビッケは再びマントを深くかぶった。



「城に戻るのか?」



「ううん。六塔と十二塔の方に行ってくる」


それぞれの薬療院の院長に宛てた手紙も預かっている。



「ああ、そっちの薬療院まで行くのか。この時間でも、気をつけて行けよ」


「オレたちは元気にしてるって、リリィに伝えといて」



「分かった。またね」

ビッケは二人に手を振り、サムの店をあとにした。



「戦争には、黒の騎士たちも向かうんだろうね」


「当たり前だろ!前も、彼らのおかげでタッセントに圧勝しただろ」


しばらく歩くと、すぐにまた戦争の話が耳に入ってきた。



「圧勝と言えばさ…アランフォース様。前の戦争で、一気に名が有名になっただろ?」


「成人前で騎士になったのは、あの方ただひとりだけだ」


「国を背負って戦ってきた騎士だからな」



「また、活躍してくれるんだろうな」



「……」

ビッケは、ぎゅっと口を引き結んだ。


これからのことを思い、ずきりと胸が痛んだ。



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