庇護下の姫②
リリアンヌ視点
「おはよう、リリアンヌ」
「…あ、あれ?」
開いた扉の先に立つ人物を見て、リリアンヌは困惑の声を漏らした。
「…ビッケはいないのか?」
ブライアンが、室内を素早く見渡した。
「あ…はい。ビッケには今日、別の仕事をお願いしています」
「そうか。では、行こう」
「…行こう?」
どこに、行くのだろう。
ブライアンはいつもより軽装とはいえ、町民のような格好ではない。
それに今は、外出禁止命令も出ている。
「…ネウロへ診てもらいに、客間へ行くのだろう?」
「でも…護衛が、まだ来ていません」
アランフォースが、代理の護衛を頼んでいるはずだ。
「…私が、代理の護衛だが」
「えっ」
「…問題があるか?」
「だって…ブライアンは」
「そうだな。私は王太子だ」
「……」
「…すまないが、私で我慢してくれないか」
「…!」
リリアンヌは慌てて首を振った。
「ごめんなさい、行きましょう」
すぐに部屋を出て、扉を閉めた。
歩き出すと、少し後ろからブライアンがついてきた。
「…あの」
「村にいた時は、気にしていなかっただろう?」
「でも…ここは、城内です」
リリアンヌは振り返り、ブライアンの隣に並んだ。
「お願いですから、いつも通りにしてください…」
「……」
「…お願いします」
「…分かった」
ブライアンは小さく溜息をつくと、ゆっくり歩き出した。
二人で並び、階段を下りていく。
「ビッケには、何の仕事を頼んでいるんだ?」
「町のみんなに、手紙を届けに行ってもらっています」
「手紙を?」
ブライアンが、ちらりとこちらを見た。
「しばらく会いに行けないってことを、それぞれの薬療院に伝えたくて…」
リリアンヌは、視線を落としたまま答えた。
「ああ…」
ブライアンは小さく頷き、再び前を向いた。
「ブライアンも、外出禁止命令が出ているのでしょう?」
王妃と王子たちにも、外出禁止命令が出ていると言っていた。
「…そうだな」
「大きな軍事演習なんて…どうして急にやることになったのでしょうか」
きっと、知っているはずだ。
「隣国から、合同演習の申し出があった。その予行演習か何かだろう」
「隣国?ノウル国ですか?」
ノウルは、数少ない同盟国のひとつだ。
「すまない…それは、まだ話せない」
ブライアンは小さく肩をすくめた。
これ以上は、教えられないということだろう。
そのまま会話もなく、客間まで向かった。
「おや、珍しいですね」
客間に入ると、ソファに座るネウロが目を瞬かせた。
「ネウロ、おはよう」
リリアンヌは、すぐに正面に腰掛けた。
「…ブライアン殿下、今日はそちらにいらっしゃるのですか?」
ネウロが、扉の脇に立ったままのブライアンへ目を向けた。
「気にするな」
「ブライアン…」
ちらりと扉の方へ振り返った。
「……」
ブライアンは何も言わず、リリアンヌの隣に腰を下ろした。
「……」
「ネウロ、お願いします」
「はい、失礼しました」
ネウロはブライアンからリリアンヌへ視線を戻し、すぐに左目を光らせた。
「……」
いつものようにその状態で、じっと見続ける。
触れていないからか、ちからを送られている感覚はない。
それでも、ちゃんとネウロには視えているようだ。
やがて、左目の光をふっと消した。
「はい、今日も問題ありませんよ。いつもと変わりません」
「ありがとう。…ね、ネウロ。ティナは、元気?」
「ええ、おかげさまで。昨日、一緒に町の方で食事をしてきました」
「えっ、いいな」
「殿下といつお会いできるのかと、せっつかれてきましたよ」
「本当に?私も、早く会いたかったな」
外出禁止命令が解除されるまでは、会えそうもない。
「少なくとも、数か月は無理でしょうね」
「え?」
リリアンヌは、ぱっと顔を上げた。
「あ…軍事演習の話?」
まさか、そんなに演習が続くのだろうか。
「……」
ネウロはちらりとブライアンに視線を向け、すぐにリリアンヌへ戻した。
「…ティナの仕事が、忙しい時期に入りまして。しばらくは難しいでしょう」
「そっかぁ…でも、繁盛しているんだね」
美容に関する品を扱っていると言っていた。
「ティナの扱っている美容の品…見てみたいな」
「そんなことをティナに言ったら、すべての品を持って殿下のもとにやってきてしまいますよ」
「ふふっ…ううん、私がティナのお店に行く」
「…では、ティナの仕事が落ち着きましたら一緒に行きましょう」
ネウロが、優しく笑って言った。
「うん!お願いします」
「今日は、このあとどうされるのです?」
「図書室にでも…」
言いかけて、はたと言葉を止めた。
「…部屋で、手紙でも書こうかと思っているの」
「…そうですか」
ネウロが再び微笑んだ。
嘘だと、きっと気付かれている。
「…じゃあ、ネウロ。また明日ね」
リリアンヌが立ち上がると、ブライアンも立ち上がった。
「どうぞ、お気をつけて」
ネウロが、変な別れの挨拶をして手を振った。
「…?」
先ほど、部屋に戻ると言ったばかりだ。
「図書室に行こう」
廊下に出ると、すぐにブライアンが口を開いた。
「…ブライアンを振り回したくありません」
「気にせず、君のやりたいことをすればいい」
「ですが…ブライアンは、忙しいから…」
「…そんなに警戒するな」
「…!」
はっと、顔を上げた。
ブライアンが、悲しそうに微笑んでいた。
「ごめんなさいっ…」
やってしまった――
「本当にごめんなさい…ですが、警戒なんてしていません」
私が、変に意識してしまっただけだ。
最後に話したのが、自分たちの婚約についてだったから。
「図書室に行くだろう?」
「…はい」
今度は、頷いた。




