庇護下の姫①
リリアンヌ視点
「外出禁止命令…?」
リリアンヌは、きょとんと目を瞬いた。
「…明日から大きな軍事演習があるため、しばらく王城から出ることはできません」
正面に座るアランフォースが、同じ言葉を繰り返した。
「王城内は、いいの?」
「ええ。ネウロ殿に客間まで来てもらうのも、今まで通りで構いません」
「でも…明後日には、夜会があります」
母方の叔父が、王都で開くものだ。
そのために今日、エラドリオール邸で衣装合わせまでしてきた。
「おそらく、中止になるでしょう」
「…そんなに大きな軍事演習が、突然?」
そもそも、軍事演習とは何をするのだろう。
でも、今はそれより。
「…どうしよう。明日、サムの店に顔を出すねって約束しちゃった」
それに一か所、頼んだ品を受け取る約束もしている。
「外出禁止命令って、リリアンヌだけ?」
隣に座るビッケが口を開いた。
「…正確には、王妃、王子たちもだ」
アランフォースが静かに答えた。
「それなら、オレがサムのところに行ってくるよ」
「!」
「お前がしばらく外出できないこと、伝えてくる」
「…それは大丈夫?」
リリアンヌは、ちらりとアランフォースへ視線を向けた。
「…いいでしょう」
間を置いて、アランフォースが頷いた。
「ビッケ、頼んでもいいかな?」
「ついでに、お前が気になるところ全部寄ってくるよ」
「本当っ?」
リリアンヌは、ぱっと表情を明るくした。
「そうしないと、落ち着かないだろ」
「ありがとう、ビッケ!」
「気が済むように、手紙でも書けよ」
「うん。そうする」
ビッケは、最高の従者すぎる。
気が利いて、自分の考えていることを分かってくれる。
それにしても…
「外出禁止命令かぁ…」
リリアンヌは、ゆっくりと背もたれに体を預けた。
窓の外では、見慣れた景色が流れていく。
正直…明後日の夜会がなくなると聞いて、少しだけほっとした。
エスコート役として、またブライアンがついてくれる予定だった。
成人の誕生日から、二週間が経った。
あれから、ブライアンとは一度も会っていない。
でも、きっと…夜会が中止になるくらい、何か動きがあった。
なんだろう…
突然の軍事演習…
どこかの国へ牽制するため?
領主たちへ、力を示すため?
…何のために?
「お帰りなさいませ、リリアンヌ殿下」
王城へ戻ると、部屋では二人の侍女が待っていた。
「ただいま。フローラ、レマン。遅くなってごめんなさい」
「夕食を済ませてお戻りになることは伺っております。どうぞ、お気になさらず」
「このまま、ご入浴なさいますか?」
「そうだね…少し、待って」
リリアンヌは侍女たちに答えると、扉の方へ振り返った。
「アランフォース。今日もお疲れ様でした」
「…ええ」
何か、言いたそうだ。
「…もしかして、明日はアランフォースも軍事演習?」
「その通りです」
「でも、王城内なら出歩いて大丈夫…?」
「ええ。代理の護衛は、手配できています」
「そう…」
国王直属騎士団の誰かだろうか。
「それから…しばらく代理の護衛が続くことになるかと思います」
アランフォースが、じっと見つめたまま続けた。
「…分かりました。大丈夫です」
つい、視線を逸らした。
あの祝宴の夜。
たった三日会えなかっただけで寂しいと言ったことを、気にしてくれているのだろう。
酔っていたとはいえ…できれば、忘れてしまってほしかった。
「演習、頑張ってください」
なんとか笑顔で言い切った。
「…では、失礼します」
アランフォースは一礼すると、扉を閉めて出ていった。
「……」
「リリアンヌ殿下、浴室の方へ行きましょう」
フローラが後ろから言った。
「あ…はい」
リリアンヌは振り向きながら、何気なく扉の脇に立つビッケへ目を向けた。
「……」
じっと、扉の向こうを見つめている。
「ビッケ、どうしたの?」
「…水差し、取ってくる」
小さく言うと、部屋から出ていった。
「…?」
一瞬、妙な間があった気がした。
「リリアンヌ殿下?」
「あっ…ごめんなさい。行きましょう」
慌てて歩き出し、侍女たちと螺旋階段を上がっていった。
白い湯気が立ち込める浴室で、ゆっくりと湯に浸かる。
「…軍事演習、ですか?」
傍らに控えるフローラが聞き返した。
「そう…明日から、大きな軍事演習があるんだって」
リリアンヌは、湯の中で足を伸ばした。
「その話は、初めて聞きましたね」
脱衣場の方から、レマンの声がした。
「二人も、知らないか…」
ずずず…と浴槽に体を沈めた。
「こら、お行儀が悪いですよ」
フローラが窘めるように言った。
「ごめんなさい…」
つい、気を抜いてしまった。
王城に住むようになってから、二人の専属侍女がついた。
フローラもレマンも、数年前に王城で泊まった時に世話になった人たちだ。
初めは仕事以外の話をほとんどしない二人に戸惑ったけれど、今では私に合わせてくれるようになった。
こうして時間がある時は、話にも付き合ってくれる。
「外出禁止命令が出たとおっしゃっても、王城内は出歩けるのでしょう?」
再び脱衣場からレマンの声がした。
「うん、そう」
「そうしたら…リリアンヌ殿下は、きっと毎日出歩きますね?」
「うん。それならそれで、やりたいことがあるから」
久々に、図書室で調べものをしたい。
それから、ルイージと約束して話もしたい。
「成人しても、目が離せそうにありませんね」
ふぅっとフローラが溜息をついた。
「お手数をおかけします」
リリアンヌは、くすっと苦笑した。
身支度を終えて部屋へ戻ると、扉の脇に、いつものようにビッケが立っていた。
「ビッケ、お待たせ」
「…あ、はい」
「…?」
珍しく締まりのない返事だ。
侍女たちの前では、いつもぴしりとしているのに。
「では、私たちはこれで」
「明日また、起床の時間に参ります」
フローラたちが一礼して、扉から出ていった。
「ビッケ、どうしたの?」
二人になった瞬間、すぐに尋ねた。
どこか、上の空な気がした。
「…なんでもない」
ビッケは小さく答えると、机の方へ向かっていった。
「手紙、書くだろ?」
「うん。そうする」
リリアンヌはビッケが引く椅子に腰掛け、引き出しから便箋を取り出した。
お茶会をするようになってから、手紙を書く機会が増えた。
令嬢たちとやり取りするうちに、正しい手紙の送り方も覚えた。
だからこそ、十歳の時に出した手紙のことを思い出す。
知らなかったとはいえ、封蝋もせず、しかも守衛隊に預けてしまったなんて。
当時は、本当に世間知らずだった。
「…よし」
ぺしっと頬を叩き、羽ペンを手に取った。
どれくらい、外出禁止命令は続くのだろうか。
アランフォースの言い方だと、少なくとも一週間くらいは続きそうだ。
エラドリオール邸に行けないことが、一番寂しいかもしれない。
今日も、思いきり甥を愛でてきたけれど…
しばらく、あのぷにぷにの頬もお預けだ。
ガブリエルにも、手紙を書こう。
そうすれば、シリウスの様子を教えてくれるかもしれない。
あとは…ルイージに、約束したい旨も書いて――




