第一章Ⅷ(二つの日々)③
リリアンヌ視点
「リリィ、このまま計算を教えてくれるか?それとも、シルヴィアのところ戻るか?」
「ううん、まだ大丈夫。もう少ししたら、薬療院の方に戻るけど」
今、シルヴィアは来訪者の対応中だ。
「ええと…どうしようかな」
リリアンヌは呟きながら、カヤの放った枝を拾った。
計算を教えるといっても、難しい。
「…まずは、足し算かな」
サムがどのくらいの知識を求めているかは分からないけれど、
教えるなら、最初からだ。
「足し算は…絵にした方が、分かりやすいの」
そう言うと、ガリ、ガリ…と、足元に絵を描いていった。
丸に葉を一枚つけた林檎と、細長い三角にぎざぎざの葉をつけた人参。
「ここに、林檎が二個と、人参が三個あるとします」
「…これが、林檎と人参?」
「え?うん、そうだけど」
「おまっ…絵、下手すぎ…!」
サムは、ぶはっと吹き出した。
「どっちも一緒じゃん!」
「一緒じゃない…!」
ちゃんと差をつけて描いたつもりだ。
「お前、なんでもできるくせに、絵は下手なのかよ…!」
サムは、まだ苦しそうに肩を震わせていた。
「…もう、教えてあげない」
リリアンヌは、ぷいっと顔を逸らした。
「うわっ、ごめん!嘘!」
「…笑わない?」
「うん、笑わない。それに、ユウより上手だよ」
サムが一番年少の子の名を上げた。
「…じゃあ果物と野菜はやめて、魚にする」
描いたばかりの絵を手で消し、新たに描き直していった。
口まで描けば、魚に見えるだろう。
「…っく…」
「……」
「…ぶっ」
「もう、知らない」
「ごめん!本当、ごめん…!」
サムは手を伸ばし、立ち上がろうとしたリリアンヌの腕を慌てて掴んだ。
「本当にもう、笑わないから!」
「…別にね、絵じゃなくてもいいの」
リリアンヌは頬を膨らませたまま、足元に小石を集めていった。
「とりあえず…石が二十個くらいあればいいかな」
もう、絵は諦めた。
それに、動く石の方が断然教えやすい。
「…あのさ、リリィ。次の休みの日、ここに来る?」
「…ん?休みの日って?」
「星の日の、次の日のことだよ。ちょうど一週間後」
「休息の日のこと?」
「そう言うのか?とにかく、その日」
「うん、来ると思う」
「知ってるか?その日、王子のお披露目会があるんだよ」
「…え?」
リリアンヌは、きょとんとして顔を上げた。
「王子?お披露目会って、何?」
王子は、四人もいる。
どの王子のことだろうか。
「半年前に、第四王子が生まれただろ?祭りもあったのに、もう忘れたのかよ」
サムは、呆れたように眉をひそめた。
「…ああ、ヴァメロ王子のことだね」
半年前にエレメア王妃が子を産み、もうひとり従弟が増えた。
まだ、会ったことはない。
それに、祭りがあった日は衛兵が多すぎて、抜け道を使うことはできなかった。
「あれ?名前って、もう発表されてたか?」
「わっ…ええと、お披露目会がどうかしたの?」
「いつもみたいに、大正門の上で王様が話すんだ。祭りじゃないけど、大広場にたくさん人が集まる」
サムは気にせずに続けた。
「あ…うん」
初めて知った。
「お前も、一緒に行くか?」
「えっ?」
「オレとメルだけの特等席を教えてやるよ。お披露目会は午前中だから、お前も行けるだろ?」
サムが、にっと笑って言った。
「町に行けるの…?」
リリアンヌの目が、みるみる輝いた。
「行けるのって…お前、いつも町の方から来てんじゃないのかよ」
「あ…ええと、てっきりこの区域からは、町の方へ行けないと思っていたの」
「別に、行けるよ。遠回りだけど三塔側から向かえば、盛り場も通らないんだ」
「そうなんだ…!うん、行きたい…!」
リリアンヌは嬉しそうに頷いた。
「サム、ありがとう…!」
初めて、町の方へ行ける。
それに三塔の方からなら、抜け道にも近い。
「機嫌、直ったか?」
「!」
ふいに、手を引かれた。
「教えてくれるっていうのに、笑うのは失礼だったよな。ごめん」
サムはそう言うと、リリアンヌの手をぎゅっと握った。
「…仲直りのぎゅ?」
「うん、そう。頼むよ、リリィ先生」
「…仕方ないなぁ」
リリアンヌは、サムを真似してにっと笑った。
「私は厳しいよ?サム君」
「すっかりその気だな」
サムは、ふはっと笑った。
「んん…背中ゆれる〜…」
カヤが、サムの背中で小さくぐずった。
「ごめん、カヤ。まだ寝てろ」
「一旦、部屋に連れてく?」
「いや、いいよ。それより、計算教えて」
「うん、分かった。じゃあ…ここに、二つ石があります」
リリアンヌは、ころりと石を二つ転がした。
「うん」
「ここにあと三つ石を加えると、いくつになると思う?」
「え?五つだろ?」
「うん、五つだね。じゃあ今度は、十三個石があります。ここに六つ追加すると、いくつになる?」
「…ええと、待って。…十九個」
「そう。それって石で数えてみると、分かりやすくて――」
石を並べた地面を囲むように、
計算を教える時間は、しばらく続いていった。




