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セスランディア王国物語  作者: あきよし りん
第十五章/大好きな人たちと大切な時間を
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特別な一日⑤

リリアンヌ視点



ブライアンは、並んでいた人たちを大勢の中から見つけてみせた。


最後の一組との挨拶が終わる頃、大広間に流れる音楽が、明るく軽やかなものから、しっとりと落ち着いた曲調へ変わった。



「…そろそろ出るか」

ブライアンはリリアンヌの手から空のグラスを受け取ると、近くの給仕へ渡した。



「もう出ていってもいいのですか?」

空いた両手を下ろしながら、辺りを見回した。


まだ、これほど客がいるのに。



「主役が初めに出ないと、皆、帰れない」



「あ…そっか」



「行こうか」

ブライアンに促され、扉へ向かった。



「リリアンヌ殿下、ブライアン王太子殿下のご退場です!」

案内の者の声に、大広間が静かになった。


二人で並び、客たちに向かってお辞儀すると、温かい拍手が送られた。


ブライアンの差し出した腕に手を掛け、そのまま大広間をあとにした。



大階段脇の階段を上がり、部屋へと向かっていく。


先ほどまでの賑やかさが嘘のように、静かだ。



「…それで、視察って?」



「貧民区への視察です」

リリアンヌは、足元へ視線を落としたまま答えた。



「先ほどの二人が、貧民区に興味を持ってくれていたから。一緒に行ってみないかと誘ってみました」



「それは…実現してしまうな」



「…駄目なのでしょうか?」



「上にも話はいくだろう」



「…?はい…」



「…いや、いい。視察の話は分かった。もちろん、私もついて行く」



「ありがとうございます、ブライアン」


まとめられてしまった気もするけれど。


ブライアンは、本当にすごい。


一緒に来てくれると思うだけで、こんなに安心できるのだから。



「あの…今日は、本当に助かりました」

リリアンヌは、ちらりと隣を見上げた。



「ブライアンがいなければ、きっと何もできませんでした」


今日のようなことを、ブライアンは普段からこなしている。


心から尊敬する。



「…そう思ってもらえたなら、何よりだ」

ブライアンは、そっと目を逸らした。



「本当に、本当です…!」


まさか、お世辞と思われたのだろうか。



「ブライアンがエスコートを引き受けてくださって、本当に嬉しかったんです」



「……」



「ブライアンが傍にいてくれれば、すごく安心します」



「……」


ふいに、ブライアンがぴたりと足を止めた。


勢いのまま一段進み、自然と手が離れた。



「…?」

リリアンヌは、ゆっくりと振り返った。


ブライアンは、じっと見上げていた。



「君は、それでいいのか」



「…え?」



「本当に、それでいいのか」



「…何のお話でしょうか?」


確か…エスコートの話をしていたはずだ。



「これからも私が君の傍にいれば、必ず噂が流れ続ける」

ブライアンは一度口を閉ざし、静かに息を吐いた。



「…いくら鈍い君でも、もう分かるだろう?」



「……」


ずっと…


ずっと避けてきた話――



「…ブライアン。巻き込んでしまって、ごめんなさい」



「…何の謝罪だ?」



「その…ブライアンは、まだ…」



「私に婚約者はいない」

ブライアンが、核心に触れた。



「…それはきっと、私の相手をしなくちゃいけないから…」



『リリアンヌ。お前、ブライアンと結婚するか?』


『ブライアンは、格好良くなってただろ?結婚相手として、どうだ』



二度も、国王から直々に言われた。


本当は、分かっていた。


成人を迎えれば――



ブライアンと、婚約を結ぶのだろうと。


私たちの意思とは、関係なしに。



「……」

ブライアンは額に手を置くと、下を向いて黙り込んだ。



「……」

リリアンヌは胸の前で両手を握り、眉を下げた。



きっと、ブライアンだって好きな人がいるはずだ。


レックスが自分を婚約者にと言わなければ、とっくに結婚していたかもしれない。


二十一歳で婚約者がいないのは…王太子として、あり得ないことだ。



「…もし、ブライアンが婚約者を選べるのなら…そうしたら、私に遠慮せず――」



「…そうではなく」

ブライアンがまっすぐに目を上げ、顔を寄せた。



「……」

リリアンヌは視線を落とし、そのまま階段を上がった。


腕をぐいっと引かれ、またブライアンの前に戻った。



「…!」

はっと、伏せた目を上げた。



「リリアンヌ。君の気持ちを知りたい」

見つめる表情は、真剣だった。



「……」


…私の、気持ち?



「私…は」


…私は。



「…伯父上と、お父様が決めた方と…」


私は、王族だ。



国のために、


民のために。


そこに、自分の意志は必要ない。



「……」


分かって…いるのに。



すぐ傍で、小さな溜息が落ちた。



「…っ」

リリアンヌは、びくりと肩を揺らした。



「…まだ君は、今日成人したばかりだ」

ブライアンは、掴んでいた腕からそっと手を離した。



「急いで決めることはない」



「……」


…どうして。


まるで、私が選べるような言い方をするのだろう。



「…めでたい日に、すまない」

リリアンヌの手を取り、そのままゆっくりと階段を上がった。



「部屋に戻ろう」



「…はい」


俯いたまま、ブライアンについていく。


部屋の前まで着くと、ビッケが待っていた。



「…お帰り」



「ただいま、ビッケ…」


ビッケの顔を見て、泣きそうになった。



「…君の主人を困らせる気はなかった」



「……」

ビッケは何も言わず、ゆっくりと部屋の扉を開けた。



「…リリアンヌ。今日はゆっくり休め」

扉の前で、そっと手が解かれた。



「あの、ブライアン。今日は、本当にありがとうございました」


それだけは、どうしても伝えたかった。



「…誰よりも綺麗な君をエスコートできたことを、光栄に思う」

ブライアンは優しく微笑むと、静かに扉を閉めた。


扉の向こうで、足音が遠ざかっていく。



「……」



「…とりあえず、着替える?侍女たちを呼んでいい?」

ビッケが、後ろからそっと声を掛けた。



「…ううん。少し、待って」

リリアンヌはくるりと振り返ると、まっすぐテラスまで進んでいった。



月が、綺麗だ。


ほんのりと、下から音楽が聴こえる。


まだ祝宴は続いているようだ。



「ホ~」

スノウが肩から離れ、真上へ飛んでいった。


どこか近くにいる、キリのところまで向かったのだろう。



ビッケがテラスのテーブルに、紅茶の入ったカップをそっと置いた。



「ありがとう…」

手袋を外してテーブルに置くと、ゆっくりと椅子に腰掛けた。


カップを両手で持ち、紅茶に口を付けた。


ビッケの淹れてくれる紅茶は、いつも心が温まる。



カップを置いて、靴を脱いでいく。


椅子の上に足を載せ、痛んだところを確認した。



今日は、いつもより踵の高い靴を履いていた。


小指が、赤くなってしまっている。


こっそり、足に白のちからを送った。



「……」

そのまま足を抱えて、膝に顔を埋めた。


穏やかな音楽が、耳を通り抜けていく。



自分の中に、ヌシカがいることを知ってから――


一度も左肩が痛むことなく、今日を迎えた。



正直…その枷を、忘れかけていた。


それほど、この二年間は、好きなことをして生きてきた。


大好きな人たちと、大切な時間を過ごしてきた。



このままでいられたら、どれほど幸せだっただろう。


そろそろ、自分の背負ったものと向き合うべきだ。


本当は――



結婚なんて、誰ともしてはいけない。


“物語”通りにいけば、私はまず、十八歳で異形の存在(ゼノプーパ)になるのだから。



『あなたは、絶対に異形の存在になりません』



…たとえ、物語通りにならなかったとしても。


私は、“ま族”だ。


精霊であり、聖樹であり…ま族。


決して、人族ではない。


そのことを秘密にしたまま誰かと結婚することなんて、絶対にできない――



風の冷たさに、肩がぶるりと震えた。


ゆっくり顔を上げると、ビッケが部屋の方から心配そうにこちらを見ていた。



「…ごめん」

両足を椅子から下ろして、脱いだ靴を探した。



「……」

ふと思い立って、裸足のまま手すりの前まで進んでいった。


どうせ、このあとお風呂に入る。



眼下には、城下町の灯りが優しく広がっている。


あそこは、四塔近くの酒場だろうか。


どこかで、サムたちも酒を飲んでいるかもしれない。


私の誕生日を…祝ってくれているのだろうか。



先ほどまで聞こえていた音楽が、消えている。


祝宴が、終わった。



リリアンヌは身を乗り出し、左下へ目を向けた。


ここから、かろうじて王城の入り口を見ることができる。


客たちを乗せた馬車が、列をなして帰っていく。



私の誕生日の祝宴のはずなのに、初めて会う人たちばかりだった。


ラジャタ村に行って、城下町を出歩くようになって。


自分の世界は広がったなんて思っていたけれど、まだまだ狭い。



このまま…


終わってしまうのだろうか。



…また、旅に出たい。


また、精霊に会いたい。



あの、綺麗な光景を。


特別な時間を。


特別な人と――



「…はぁ」

リリアンヌは溜息をつき、そっと姿勢を戻した。


いつまでもこうしているわけにはいかない。


きっと後ろでは、まだ心配そうにビッケが見ているのだろう。


振り向きながら、何気なく右下へ目を向けた。



「…!」


下に――誰かいる。



灯りと灯りの間に立っているから、黒い影になり、誰か分からない。


だけど、見上げていることだけは分かる。


じっと動かず…ただ、こちらを見ている。



やがて人影は一礼すると、城内の方へ歩き出した。



「…っ!待って…!」


あれは、


あの影は――



「!おい、リリアンヌ!」


ビッケの制止も聞かず、


リリアンヌは勢いよく手すりを越え、テラスから飛び降りた。



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