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セスランディア王国物語  作者: あきよし りん
第十五章/大好きな人たちと大切な時間を
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特別な一日④

リリアンヌ視点



大広間中の客たちが、扉に向かって一斉に頭を下げた。


リリアンヌとブライアンも立ち上がり、入り口の方へ顔を向けた。



扉の向こうから、いつもよりずっと着飾ったレックスが現れた。


後ろから、エドガーとウェイバーが護衛として続いている。



そういえば…どうして今日は、私に護衛がついていないのだろう。


てっきり、祝宴中はそういうものかと思っていたけれど――



レックスは周りに目もくれず、まっすぐにこちらへ向かってくる。


ネイサンたちが素早くその場を退き、並んでいた者たちも次々と列を離れていった。


ブライアンと一緒に階段を下りきる頃には、すぐ目の前まで来ていた。



「随分と着飾ったな」

レックスが足を止め、にやりと言った。



「綺麗だ」



「…!」

ぱっと、頬が熱くなった。



「父上…不参加だと返事をしていたでしょう。予定にはない行動は、控えていただけないでしょうか」

ブライアンが眉を寄せて口を挟んだ。



「時間が取れた。可愛い姪の晴れ舞台を見に来てもいいだろ」

レックスは給仕からワインを受け取ると、一息に空けた。


給仕が慌てて、新たなグラスを差し出した。



「それから、可愛い息子のために来た」



「……」

ブライアンが、すごく嫌そうな顔を浮かべた。



「行くぞ」

レックスが、再びワインをぐいっと飲みきった。



「…リリアンヌは」



「置いていけ」



「できるわけないでしょう」



「……」


何の会話をしているのだろう。



「…あっ」


視線の端に、唯一の令嬢の友人、ミリセントが見えた。


壁際で、知らない令嬢と二人で並んでいる。


こちらが見ていることに気付くと、小さく手を振ってくれた。



「どうした?」



「友人を見つけました」



「友人?…ああ」

ブライアンは、リリアンヌの視線を追いかけて頷いた。



リリアンヌは、レックスの後ろにいるエドガーと目を合わせ、にっこりと笑った。


唯一の友人は、エドガーの娘だ。


エドガーは一瞬だけ微笑むと、またいつもの精悍な顔つきに戻った。



「…すぐに戻る。それまで、彼女のところにいてくれるか?」



「はい、大丈夫です」

リリアンヌはブライアンへ頷くと、グラスを手に、ミリセントのもとへ向かった。



「わっ、わっ…!」

ミリセントが、慌てて駆け寄ってきた。


並んでいた令嬢も一緒だ。



「ミリセント…!今日は、来てくれてありがとう」


自分自身で招待した、数少ない客のうちのひとりだ。


挨拶ができて良かった。



「リリアンヌ様…私も、お話できて良かったです」


前は会うたびに緊張していたみたいだけれど、最近は、滑らかに話してくれるようになった。



「彼女も、国王直(フィデリス)属騎士団(グラディウス)のご息女なのですよ」

ミリセントが、隣に並ぶ令嬢に手を向けた。



「えっ、本当?」


茶色い前髪を、頭に沿う髪飾りで上げていて、とても可愛らしい。


すっきりと出た額と、くりっとした目が印象的だ。



「あっ…初めまして、リリアンヌ様」

視線を向けられた令嬢は、はっとお辞儀した。



「ウェイバー・グレアムの娘の、ウランと申します」



「ウェイバーの…!」

リリアンヌは、すぐにレックスたちがいる方へ顔を向けた。



レックスとブライアンは、ネイサン、ティベリー夫婦と話している。


ネイサンたちは、先ほどまでの勢いが嘘のように、なぜか真っ青だ。



そのまま、レックスの後ろにいるウェイバーへ視線を送った。


目が合うと、ウェイバーが片眉を上げて応えてくれた。



「父をご存じなのですか?」



「ええ…とてもお世話になっているから」

リリアンヌは、ウランの方に向き直って微笑んだ。



「すごく格好良い」


ウェイバーが護衛の時は、いつもよりずっと安心感があった。



「じゃあ…ウランは、私と同じ歳ね」



「!そんな話まで、父としているのですか?」

ウランの大きな目が、きょとんと丸くなった。



「リリアンヌ様は、すごいでしょう?」

なぜかミリセントが自慢げに言った。



「ウランは、今日はウェイバーと来たのかな?」


けれど、ウェイバーは任務中だ。


エドガーも同じくだ。



「あっ…私たちは、婚約者と来たのです」

ウランの頬が、ぽっと赤くなった。



「そうなのね。私たち…ということは、ミリセントも?」



「ええ、そうです。あそこで――」



「リリアンヌ殿下」


ミリセントの指す方へ目を向ける前に、後ろから声を掛けられた。


若い男性二人が、にこにこと笑って立っていた。



「…あっ」


「私たちは下がろう…」


ウランとミリセントが、戸惑ったように下がっていった。



「お初にお目にかかります。ムーンバッド・レッドバレルと申します」


「コーラル・オールデッヒです。お目にかかれて、大変光栄でございます」


男たちは気にせず、リリアンヌに向かってお辞儀した。



「……」


この二人を、知っている。


ずっと前、初めて精霊祭で大正門の上に立った時。


ブライアンの後ろにいたうちの二人だ。


私を、どこか窺うように見ていた。



「…ムーンバッド様、コーラル様。初めまして」

リリアンヌは、小さく微笑んで応えた。



「リリアンヌ殿下…少し、私たちとお話をいたしませんか」

ムーンバッドが、一歩距離を詰めた。



「…ごめんなさい。今、友人たちとお話ししているところでしたの」


ミリセントたちとの話を、遮られてしまった。


これもまた…きっと、礼儀に反する。



「はあ…友人、ねぇ…」

コーラルが、馬鹿にしたような目をミリセントとウランに向けた。



「リリアンヌ殿下は、お優しい方だ」



「…どういう意味でしょう?」

リリアンヌは、きゅっと眉をひそませた。



「リリアンヌ様、私たちはこれで――」



「!駄目っ」


去ろうとするミリセントたちを、思わず呼び止めてしまった。



「……」

コーラルは、まだミリセントたちの方へ目を向けている。



「リリアンヌ殿下。あなた様は、ようやく社交の場に出たばかりです」

ムーンバッドがさらに一歩近づき、すっと手を差し出した。



「どうでしょう…我々が、いろいろと教えて差し上げますよ」



「……」


どうすればいいのだろう…


結構です、ときっぱり断ればいい。


だけど…断って、もしミリセントとウランが、知らないところで何かされてしまったら?


下手したら、エドガーとウェイバーにまで迷惑をかける可能性だってある。



…でも。


この手を、取りたくない。



リリアンヌは小さく息を吐き、まっすぐ顔を上げた。



「あの――」



「…ひっ!」


「…っ!」



「…え?」


ムーンバッドとコーラルが、自分の後ろに目を向けて固まった。


よく分からないけど…好機だ。



「…ムーンバッド様、コーラル様。嬉しいお申し出ですが、私は」



「あっ、ええ。そうでしょう」


「どうぞ、ごゆっくりお話しください」


言い切る前に、二人は後ずさり、逃げるように去っていった。


ミリセントとウランまで、ぽかんと口を開けて自分の後ろを見ている。



「…?」



「リリアンヌ殿下!」


後ろへ振り返る前に、また別のところから呼ばれた。



「え…あ、ルイージ宰相…!」



「リリアンヌ殿下…大丈夫でしたでしょうか」


いつものモノクルも着けていないから、一瞬、誰か分からなかった。


ルイージの後ろから、知らない男性が二人ついてきていた。



「ええ…大丈夫です」


結局、ムーンバッドたちは何に驚いていたのだろう。


ミリセントたちが見ていた方には、国王直属騎士団の騎士たちが静かに並んでいるだけだった。



「ああ…本当に肝が冷える」


せっかくの正装姿でも、ルイージはいつも通り眉間に皺を寄せていた。



「あっ…ハバル様」


「ベニー!」


ルイージの後ろから続いていた二人が、それぞれミリセントとウランの傍に立った。



「リリアンヌ様…彼が、婚約者のハバルです」

ミリセントが、小さく頬を染めて紹介した。



「初めまして。ハバルと申します」


きりっとした顔つきの、真面目そうな男性だ。



「お初にお目にかかります。ウランの婚約者の、ベニーと申します」

ウランの横に立った男性が、続いて名乗った。


柔らかな笑みを浮かべた、優しそうな人だ。



「彼らは昨年、文官になったばかりなのですよ」

ルイージがそっと付け足した。



「へぇ、そうなの…!」


騎士の娘と、文官。


なんだか、素敵な組み合わせだ。



ハバルとベニーが、驚いた表情をこちらに向けた。



「…これからの治世を支えてくださる方たちなのね」

リリアンヌは、慌てて取り繕った。


いけない。


言葉遣いに、気を付けなければ。



「…リリアンヌ殿下のお噂は、文官の中まで届いています」

ハバルが、遠慮がちに口を開いた。



「えっ、そうなの?噂って?」



「誰も手をつけなかった貧民区の問題を、解決してくださったとか」



「いいえ…解決をしたわけではないわ」



「ですが、実際に貧民区へ視察に行かれているのでしょう?」

ベニーが真剣な表情で尋ねた。



「ええ。視察…そうね、視察に」


まさか、遊びに行っているとか、指導しているとは言えない。



「すごいな…」

ハバルが感心したように頷いた。



「自分も興味がありますが…勇気が出ない」



「それなら、一緒に行ってみる?」



「えっ?」



「国を担う文官の方に現状を知ってもらえたら、私も嬉しいから」

リリアンヌは、にっこりと答えた。



「私も行きたいです」

ベニーが手を上げた。



「本当?他にも、興味を持ってくれている文官たちはいるかな」



「もちろん、いますよ。あなたの視察をきっかけに、関心を持った者も少なくありません」

ルイージが隣から答えた。



「そうなのですか…? でも、私は文官でもないのに」



「国の安寧に努めることは、王族としての仕事のひとつですよ」

授業の時のような口調で言われてしまった。



「リリアンヌ様…政治のことまで考えているなんて、本当にすごい」

ミリセントが声を輝かせた。



「私なんて、まだ働き先も決まっていないのに」

ウランが悲しそうに眉を下げた。



「私は、好きなことをしているだけ」

リリアンヌは、小さく苦笑した。



「その歳で婚約者がいて、こうやって社交の場に出ている方が…よっぽどすごい」



「……」


なぜか、全員が黙り込んでしまった。



「…あれ?」


何か、変なことを言っただろうか。



「リリアンヌ、すまなかった」


「!」


ブライアンが戻ってきた。



「ルイージ宰相、ありがとうございました」



「いいえ…何もしていませんよ、私は」

ルイージが、ちらりと壁の方を見ながらブライアンへ答えた。



「ブライアン。伯父上の方は、もう大丈夫なのですか?」



「ああ。あそこには近づかない方がいい」



「えっ」

不吉な言葉に、思わず振り返った。



レックスは数人の貴族に囲まれ、笑顔を浮かべていた。


特に問題があるようには見えない。


…あんな笑い方は、見たことないけれど。



「いつも、リリアンヌが世話になっているな」


隣から聞こえたブライアンの声に、顔を前に戻した。



「いいえ…!私なんて、今初めてお話ししたばっかりで」

ウランが顔を真っ赤にして首を振った。



「では、これからきっと迷惑をかけるから、先に謝っておこう」



「…どうして、私が迷惑かけることが前提なのでしょう」



「君には、前例があるだろう」

ブライアンは、目を細めてリリアンヌを睨み返した。



「…本当に違うのか?」


「違うみたいです…」


ハバルとミリセントが、何かこそりと囁き合った。



「リリアンヌ。あと数組だけ、挨拶に行こう」



「!先ほど、並んでくださっていた方たちですか?」


まさかブライアンは、並んでいた人たちまで覚えているのだろうか。



「そうだ。…あそこにいるな」

ブライアンが、大広間へ素早く視線を巡らせた。



「少し、待ってください」

リリアンヌは、隣へ振り返った。



「ルイージ宰相…また今度、ゆっくりお話に付き合ってください」



「ええ、もちろんです。では、私はこれで」

ルイージはふっと微笑んで会釈すると、その場を離れていった。



「ミリセント、ウラン。またお茶会で会おうね」



「ええ」


「はいっ!」


令嬢たちがそれぞれ返事した。



「ハバル、ベニー。視察のお話、実現しましょう」



「よろしくお願いします」


「ぜひ、頼みます」


文官二人が、真剣な表情で頷いた。



「…視察って?」



「…あとで説明します」


今説明を始めたら、きっと挨拶どころではなくなってしまう。



「…目を離すと、すぐこれだ」

ブライアンが何か呟き、小さく溜息をついた。



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