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セスランディア王国物語  作者: あきよし りん
第十五章/大好きな人たちと大切な時間を
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特別な一日③

リリアンヌ視点



…ブライアンに、文句を言う暇もない。



「リリアンヌ殿下、お初にお目にかかります。オーニル・ターリと申します。先日は、娘が世話になったようで」



「マリドーナ嬢の父だ」

ブライアンが正面を向いたまま、耳元で囁いた。



「オーニル長官、お会いできて光栄ですわ。マリドーナ嬢には、本当によくしていただいております」

リリアンヌは、にこっと微笑んで返した。



「娘も、リリアンヌ殿下と親友になれたと喜んでおりましたぞ!」

オーニルが、ははっと楽しそうに笑った。



「…マリドーナ嬢は、私の知らない話を、たくさん教えてくださるの」



「娘は、人一倍好奇心旺盛でしてな。いや、あなたのお役に立てているなら、これほど喜ばしいことはない」



「オーニル長官。先日、バーナードに子が生まれたと聞いた。遅くなったが、おめでとう」



「ああ、ブライアン殿下は、お耳が早い。愚息のことまでご存じでしたか」

オーニルが、嬉しそうにブライアンへ返した。



「マリドーナ嬢も、クライヴ殿と婚約が決まったようだな」



「いや、情報が早くて本当に驚きましたな。その通りでしてね、ようやく娘が決意した」



「隣領同士、共に助け合い、我々の力になってくれるとありがたい」



「なんと、ありがたいお言葉で!」



「オーニル長官。これからも、どうぞよろしくお願いします」

リリアンヌも、それに続くように微笑んだ。



「ああ…セスランディアは、次代も安泰ですな」

オーニルはにこやかに頷くと、失礼しますと場をあとにした。



「リリアンヌ殿下、お初にお目にかかります。私は、スコット・レジェフェスと申します」

息つく間もなく、逞しい体つきの男性が二人の前に立った。


もう、体つきだけで分かる。


彼は、騎士だ。



「アッシカル領の騎士隊長だ」

ブライアンが再び耳元で囁いた。



「スコット隊長…お会いできて、大変光栄です」

リリアンヌは、もう何度目か分からない言葉を繰り返した。


まだまだ、列は続いている。


まだまだ、この台詞を言うのだろう。



…事前に、人前で挨拶しなきゃいけないことを教えてほしかった。


急に、ブライアンにその場で「挨拶を」と言われて、本当に戸惑った。


思いつくままに、言ってしまった。


みんなの驚くような表情から、多分違ったのだろうなということだけは分かった。



この中のどこかに、両親がいるはずだ。


兄も、義姉と参加すると言っていた。


きっと、この長い列には並ばないのだろう。


大勢の人で溢れ、座ったこの場所からは、誰がどこにいるのかまったく分からない。



大広間の壁沿いには、ずらりと国王直(フィデリス)属騎士団(グラディウス)の騎士たちが並んでいる。


そちらの方を見る余裕もない。


喉を潤すためにワインを飲むことが、精いっぱいだ。



「すまない、果汁に変えてくれ」


「!」


挨拶の合間に、ブライアンが、後ろに控える給仕に素早く指示を出した。


給仕は頷くと、リリアンヌのワイングラスを葡萄果汁のグラスと入れ替えた。



「…まだ、大丈夫です」

リリアンヌはグラスを両手で持ちながら、ブライアンに小声で囁いた。



「駄目だ。ここで寝られては、困る」



「寝たりしませんっ…!」

むっと、頬を膨らませた。


まだ、ラジャタ村でのことを言っている。



「ふふっ…見せつけてくれますねぇ」


「…!」


聞き覚えのありすぎる声に、リリアンヌはすぐに正面へ顔を向けた。



「ネウロ!」

つい、ほっとしたような声が出てしまった。



「どうも、お邪魔してます。お二人とも、今日は一段と異彩を放ってますねぇ」



「ネウロこそ、素敵な格好だわ」


ネウロの正装姿を、初めて見た。


髪をまとめ上げ、耳には青い耳飾りが輝いている。


格好良い。



ネウロの隣に並ぶ女性と、ぱちりと目が合った。


女性は、にっこりと笑いかけた。



「あっ…!」

リリアンヌは、はっと声を上げた。



「彼女が、婚約者のティナです」

ネウロが、隣にいる女性に手を向けた。



「リリアンヌ殿下、ブライアン殿下。初めまして、ティナと申します」


母もすさまじいけれど、ティナも色っぽい。


体の線に沿うような、ぴったりしたドレスを着ている。


それでも、嫌らしさはまったくない。


綺麗な紫の髪を、肩の辺りで切り揃えている。


貴族にしては、珍しい髪型だ。



彼女は、“物語”で名前しか出てこない。


だから実際に会って、少しだけ驚いた。


恐らく、ネウロより年上だ。



「リリアンヌ殿下。このたびは私まで招待いただき、ありがとうございます」



「ティナ…やっと会えた」


ネウロに、ティナと一緒に参加してほしいと、駄目元で招待状を送ったけれど。


来てくれて、良かった。



「あら…どうしましょう。そんなことを言われたら、嬉しいわ」



「ティナ、会えて光栄に思う。話だけは、ネウロから山ほど聞いていた」

ブライアンも挨拶を返した。



「お二人とも、この人の面倒を見てくださって、ありがとうございます」

ティナが深々と頭を下げた。



「嫌だなぁ。僕が面倒を見ているんですよ」



「そうよ、ティナ。こちらこそ、ネウロに頼りきってしまって、ごめんなさい」


離れているとはいえ、ネウロとは王城で同じ階に住んでいる。


それに、毎日顔も合わせている。


ティナに、嫌な思いをさせていないといいけれど。



「本当に、ネウロ様が言うよりも美しい人…」

ティナは、うっとりとした顔でリリアンヌを見つめた。



「あの…ティナ?」


話は、聞いてくれているだろうか。



「ティナは、美しいものが好きなのですよ」

ネウロが代わりに返した。



「申し訳ありません…仕事柄、どうしても美しい方を見てしまうんです」

ティナは、うっとりとしたまま答えた。



「お仕事は、何をされているの?」



「美容に関する品を扱っています」



「へぇ…!そうなのね」


詳しく聞いてみたい。



「リリアンヌ殿下のお顔を見ていると、新しいものを考えたくなるというか、いろいろ試したいというか…」



「えっ、ティナ自身が商品を考案しているの?」



「ええ。考案もしていますし、仕入れもしていますわ」



「そうなの!お店は、出しているのかな」



「北の金鐘通りに出しています。ぜひ、いらしてください」



「ええっ、そうだったの?」


何度か、行ったことがあったのに。


まったく知らなかった。



「面白そうな話だが、また今度ゆっくりと聞こうか」



「ティナも、そこまでですよ」


男性たちが、それぞれの相手をそっと止めた。



「まだ、全然話していない」

リリアンヌは小さく頬を膨らませ、男性たちに抗議した。



「殿下、良かったら今度、ティナと三人でご飯でも行きましょう」



「本当っ?」



「ええ。ですから、もう少し頑張ってください」

ネウロは言いながら、自分の頬をとんとんと指した。



「!」

咄嗟に、手で頬を隠した。


そんなに、顔を強張らせていただろうか。



「では、また明日」


「また、お会いしましょう」


ネウロとティナが一礼して、次の客へ場を譲った。



「良い時にネウロたちが来たな」



「うん…ティナに会えて、良かった」

リリアンヌは、にっこりとして囁いた。



「言葉遣いを戻してくれ」

ブライアンは苦笑をこぼし、次の客へ視線を向けた。



「ああ…ワオリス長官。久しぶりだな」


また、迷いなく名前を呼んでいる。



ブライアンが傍にいてくれて、本当に良かった。


確かに…これは、ひとりでは無理だ。


そもそも、招待客の名と顔がほとんど一致していない。


詰め込んだはずの情報が、役に立たないまま抜けていってしまった。



町の祭りは…もう、終わってしまっただろうか。


どんな祭りだったんだろう。


また…白いリリィの花を配っていたのだろうか。



「…リリアンヌ。スノウの名を尋ねられている」



「あ…ええ、ごめんなさい。この子は、スノウと言いまして――」

リリアンヌは、はっと顔を上げて答えた。



それからしばらく、目の前の客にだけ集中した。


もう何人と挨拶を交わし、何時間経ったのかも分からない。


けれど、長かった列もようやく終わりが見えてきた。



「リリアンヌ殿下、お久しぶりですな。ネイサン・サーヴィルと申します」


「ネイサンの妻、ティベリーと申しますわ!」


次に現れたのは、にこにこと笑う熟年の夫婦だった。



「…君の母方の親戚だ」

囁くブライアンの声が、どこか硬く聞こえた。



「…ネイサン長官、ティベリー伯夫人。久しぶりだな」



「ああ、ブライアン殿下。どうぞ、ネイサンとお呼びください!」

ネイサンは、大袈裟に両手を広げて返した。



「あなたとは、じきに親戚になるのですから!」


その大きな声に、一瞬、会場が静かになった。



「…すまない、何の話か分からないな」

微笑むブライアンの目元は、笑っていなかった。



「おっと、まだこの話は秘密でしたかな」

ははっと笑うネイサンの目も、何かを探るように動き回っていた。



「リリアンヌ様。わたくしたち、あなたとお会いしたことがあるのですよ」

ティベリーが、ずいっと身を乗り出した。



「…ティベリー伯夫人。ごめんなさい…私ったら、記憶力がないみたいで」

リリアンヌは手を頬に添え、申し訳なさそうな顔を浮かべた。


本当は、この夫婦のことを覚えている。


ただ…私がまだ、二歳の頃の話だ。


覚えていると言った方が、不自然だろう。



「もうっ…昔みたいに、ティベリーと呼んでくださいなっ!」



「……」


一度も、そんな呼び方をしたことはない。



「あんなに小さかったあなたが、ここまで立派に育って、私も鼻が高いですな」

ネイサンの動き回っていた目が、リリアンヌに向いた。



「…母の、指導の賜物です」

今日一番の作り笑いがこぼれた。



「ああ、もうっ…本当に、いじらしいわ」



「!」



「何か不安なことがあったら、私たちにいつでも相談してくださいな」

ティベリーはリリアンヌの手を取ると、両手で優しくさすった。



「…あ、ええ…」


同性とはいえ…断りもなく手を取るのは、礼儀に反する。


しかも、こんな公の場で。



「…ティベリー伯夫人。そろそろ、リリアンヌを返してくれるだろうか」

ブライアンが、にこ…とティベリーに微笑んだ。



「あら、あら、まぁ!」

ティベリーは嬉しそうに、リリアンヌの手をぎゅっと握った。



「……」


どうしよう。


私が何か、指摘した方がいいのだろうか――



「国王陛下のご入場です!」


案内の者の言葉に、大広間中が、ざわりと騒がしくなった。



「まぁっ…」

ティベリーが驚き、ぱっと手を離した。



「え…?」

ブライアンの表情が、さっと硬くなった。



招待客の中に、国王の名はなかった。


ということは…飛び入り参加だ。



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