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セスランディア王国物語  作者: あきよし りん
第十五章/大好きな人たちと大切な時間を
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特別な一日①

リリアンヌ視点



「おはようございます、お嬢様」


侍女は部屋に入ってくると、すぐにリリアンヌの顔を覗き込んだ。



「うん…目元は、大丈夫ですね」



「ニア…ごめんってば」

つい、苦笑いがこぼれた。



「まったくもう…目元の腫れが、ちゃんと引いて良かったですよ」

謝っても、ニアは、ぷりぷりと文句を言った。



「本当に、ごめんなさい」

リリアンヌは枕元でまだ寝惚けているスノウを軽く撫でると、ベッドから下りた。


きっとキリは、私が目元を腫らすことを分かっていた。


だから、三日も前に成人祝いを渡してくれた。


本当…今日に間に合って、良かった。



「さぁ、お嬢様!今日は、大変ですよっ!」

ニアが、気合を入れるかのように腕を回した。



「…はい」


今日は――とうとう、十六歳の誕生日だ。



ニアの言った通り、本当に大変だった。


侍女たちが三人がかりで、支度を進めていく。


徹底的に髪や体を磨かれ、いつもよりしっかりと化粧もした。


コルセットを着けた時点で、降参しそうになった。


けれど侍女たちは、手を緩めてくれなかった。


何度も試着したドレスを身につけ、髪を整え、いくつもの装飾品を着けていった。



「わぁっ…さすが、お嬢様!」


「完璧です」


「もう、本当…大人になって」


すっかり支度を終えたリリアンヌを見て、侍女たちが嬉しそうに声を上げた。



「…ありがとう、みんな」


ふわりと裾の広がった、紅いドレス。


重ねられたレースには、小さな花が散りばめられている。


いつもよりずっと背中が開いているのは、少し落ち着かないけれど――


大人びて見える、この深い色がとても好きだ。



「さぁ早く、この綺麗なお嬢様をお披露目しましょう!」

ニアが元気よく言って、扉を開けた。


扉へ向かうと、窓辺にいたスノウが肩にとまった。



「ビッケ、お待たせ」


「!」


扉の向こうに立つビッケが、リリアンヌを見て目を丸くした。



「ふふっ、驚いてる」


「お嬢様、綺麗でしょう!」


スーザンとモアナが、リリアンヌの後ろから言った。



「ほら、ビッケ!見惚れていないで、お嬢様を馬車へお連れして」

ニアが仕切るように、ぱんっと手を叩いた。



「ビッケ…王城まで、よろしくね」



「…はい」

ビッケはまだ驚いた顔のまま、廊下を進むリリアンヌに続いた。



「…そんなに、いつもと違う?」

リリアンヌは、不安そうに小さく振り返った。


そういえばここまで濃い色のドレスを着るのは、初めてかもしれない。



「なんか…やっと、お前が王族なんだって実感した」



「なあに、それ」

つい、あはっと吹き出した。



「…今日はそれ、しまっておけよ」



「どれ?」



「いつものお前」



「…分かっています」


小さく咳払いをして、階段を下りていく。


玄関広間では、いつものように家令が出迎えた。



「お嬢様…本当に、お綺麗で」



「ありがとう、ステファン」



「時間が経つのは、あっという間ですね」

ステファンは、懐かしむように微笑んだ。


心なしか、目元が潤んでいる気がする。



「私が赤ちゃんの時から、お世話になりました」


この世に生まれてまず、母の顔を見て、兄を見て、そしてステファンを見た。


戦場に行っていた父とは、生後六か月になるまで会えなかった。


だから、私にとってステファンは、家族のように近い存在だ。



「まだまだ、あなたのお世話をしますよ」

ステファンは、ぴしりと姿勢を正した。



「ブライアン王太子が、馬車の前でお待ちです」

そう言って、扉をゆっくりと開けた。



「ええ。行ってきます」

リリアンヌは扉をくぐり、まっすぐ足を踏み出した。



前庭の向こう――エラドリオール邸の門が、大きく開け放たれている。


その先には、王家の紋章が入った馬車が止まり、周りを守衛隊兵が囲んでいた。



馬車の前には、物語から抜け出してきたような王子様が立っていた。



夕陽を背に受けた姿が、眩しい。


金の刺繍が施された白い正装に、片方の肩に深い紅のマントを掛けている。


肩には華やかな飾りが輝き、胸元にも細やかな金細工が連なっている。



黄金色の髪は、綺麗に後ろへ流されていて――


驚いたように、こちらを見つめていた。



「……」


少し離れたところで足を止め、お互いじっと見つめ合う。



「ああ…ごめん」

ははっ、とブライアンがふいに笑った。



「君に、見惚れていた」



「それは…こちらの台詞です」


私と違って化粧をしているわけじゃないのに、どうしていつもとこんなにも違うように見えるのだろう。



「…あまり見るな」

ブライアンは困ったように微笑むと、そっと手を差し出した。



「リリアンヌ。とても綺麗だ」



「…ブライアンも、とても格好良いです」

リリアンヌも微笑み、その手を取った。



ビッケも乗り込み、馬車が動き出した。


エラドリオール邸が、遠ざかっていく。


周りを守衛隊兵が囲んでいるからか、いつもより速度もゆっくりな気がする。



「緊張しているか?」



「…いいえ。緊張は、していないです」

リリアンヌは窓から目を離し、正面に座るブライアンへ顔を向けた。



「でも…困惑しています」



「困惑?」



「まさか、こんなに招待客がいらっしゃるとは思いませんでした」


母に見せられた招待客の一覧を思い出して、思わず苦笑いがこぼれた。


今日の参加者は、五百人を超えている。


全員を覚えることは、不可能だった。



「君が成人して、初めての晴れ舞台だ。国中から集まるに決まっているだろう」

ブライアンは当然のように言った。



「何か注意することは、ありますか?」



「そうだな…できる限り、普段の君は隠せ」



「…ビッケと、同じようなことを言う」

リリアンヌは言いながら、ちらりと隣にいるビッケへ視線を向けた。



「さすが、優秀な従者だな。君を分かっている」



「恐縮です」

ビッケは目を伏せたまま、ブライアンに返した。



「ビッケ…三人の時くらい、それをやめてくれ」



「今日くらい、ちゃんとやらせてよ」

すぐにいつものビッケに戻った。



「ビッケがいないと…不安だな」

リリアンヌは、つんとビッケの裾を引っ張った。



「絶対、酒を飲みすぎるなよ」



「はい」



「あまり、きょろきょろしないこと」



「はい」



「ブライアンの言うことを、守れよ」



「はい」



「…ははっ!」

ブライアンが声を出して笑った。



「いつも、そんなことをしているのか?」



「直前に言ってもらわないと、忘れてしまうから…」

リリアンヌは、気まずそうな笑みを浮かべた。



「初めての祝宴だから…どうしても心配です」



「大丈夫だ。私がいる。君から離れる気はないよ」



「…!」


相変わらず、すごいことをさらりと言う。



「…ブライアンは、誰かをエスコートしたことはあるのですか?」


とても慣れていそうだ。



「一度だけ、あるな」



「!そうなのですね」



「……」

なぜか、ブライアンが眉をひそめた。



「…?どなたでしょうか?」


もしかして、私の知っている人だったのだろうか。



あっという間に第一城壁の正門に着き、馬車がゆっくりと止まった。


すぐに再び動き出し、ずらりと停められた馬車の横を進んでいく。



「…その反応は、傷つくな」

ふいに、ブライアンが呟いた。



「君だよ」



「え…?」

リリアンヌは、きょとんとした表情を浮かべた。



「二年前、君が目覚めた時に、共に馬車に乗っただろう」



「…ああ!」



「君の国王直(フィデリス)属騎士団(グラディウス)への挨拶に付き合ったはずだ。忘れたとは、言わせない」



「あの時は…その、ごめんなさい」


三年ぶりに、公の場へ姿を見せた日。


その前に、百人近い騎士へのお礼巡りをブライアンが一緒に回ってくれた。


でもあれは、エスコートというより、付き添いだったような――



馬車が再び止まり、ビッケが扉を開けて降りていった。


ブライアンが続き、こちらへ向かって手を差し出した。



「私がエスコートするのは、君だけだ」



「はい…ありがとうございます」

その手を取り、馬車からゆっくりと降りた。



王城の入り口前には、深紅の軍服の近衛隊が左右に分かれ、ずらりと並んでいる。


行事の時は、いつもこうやって出迎えてくれる。


初めは緊張したけれど、もう中央を歩くことにも慣れた。



「…?」

いつまでも歩き出さないブライアンに、リリアンヌはそっと視線を向けた。



「…本当に、分かっていないんだな」



「え?」



「いや、なんでもない」

ブライアンは困ったように笑うと、リリアンヌの手を自分の腕へ掛けた。



「行こうか。またな、ビッケ」



「行ってらっしゃいませ。お嬢様、ブライアン殿下」


ビッケに見送られながら、二人は近衛隊の間を進んでいった。



「……」


何が、分かっていないのだろう。


なんだか、隣をまともに見られない。


慣れた、なんて言って。


いつもと同じ王城なのに、今日は妙に落ち着かない。



「…ふっ」



「…どうして笑うのですか」

リリアンヌは小さく口を尖らせ、ちらりと隣を見上げた。



「いや…もう、集中しよう」

ブライアンは表情を引き締めると、まっすぐ前に顔を向けた。



ゆっくりと、大広間へ続く大階段を上がっていく。


扉の向こうからは、賑やかな声が聞こえている。



「リリアンヌ殿下、ならびにブライアン王太子殿下のご入場です!」

案内の者の声が、扉の向こうで響き渡った。


騒がしかった声が、ぴたりと止んだ。



大広間の両扉が、静かに開かれる――



「…皆を、驚かせてやれ」

ブライアンが、耳元でそっと囁いた。



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