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セスランディア王国物語  作者: あきよし りん
第十五章/大好きな人たちと大切な時間を
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特別な日の前に①

リリアンヌ視点



「かっ…可愛い…」

リリアンヌは揺り籠を覗き込み、顔を綻ばせた。


そっと指を伸ばし、頬をつん、とつつく。



「だぁっ!」



「わぁっ…」


赤ちゃんの笑顔が、眩しい。



「その子、本当に泣き虫なのですが…さすが、リリアンヌ様ですね」

ソファに座るガブリエルが、くすくすと笑った。



「ガブリエルお義姉様…抱っこしてもいいですか?」



「ええ、もちろんです。シリウスも喜ぶわ」



「首のところを、腕に置いて…」



「…こう?」



「はい、お上手です」


乳母に手伝ってもらって、生後二か月のシリウスを抱っこした。



「きゃあう!」



「はわ…」


可愛すぎて、変な声しか出ない。


この部屋には、ガブリエルとビッケと侍女たちしかいないから、余計に油断してしまう。



「…どうして赤ちゃんって、こんなに可愛いんだろう…」


くりっとした瞳に、ぷにぷにの頬。


とても愛らしくて、ずっと見ていられる。



「不思議ですよね…シリウスを見ているだけで、元気が貰えます」



「お義姉様、体調は大丈夫でしょうか?」

どこか力のない声に、リリアンヌは、はっと顔を上げた。



「もう、仕事に復帰されたのでしょう?」



「ええ…。私の仕事は、代わりを務められる者がいなかったので」

そう呟く表情は、疲れているように見えた。


リリアンヌはシリウスを乳母に託すと、ガブリエルの隣に腰掛けた。



「お義姉様…本当に無理なさらないで」

手を取り、そっと白のちからを送った。



「リリアンヌ様…貴重なちからを、こんなことに」



「こんなこと、ではないです。シリウスのためにも、お義姉様には元気でいてもらわないと」



「…リリアンヌ様のお顔を見たら、すっかり元気になりましたわ」

ガブリエルが、ふっと優しく微笑んだ。


母になったからだろうか。


表情がとても柔らかくなった。


前のぴしりとした感じも好きだったけれど、今の方が、もっと好きだ。



「もうすぐ、サイラスも帰って参ります。こちらでお食事をされていきますか?」



「いいえ…夕食のあと、お母様と予定があるので…」

思わず、苦笑いが漏れた。


何の話かは、想像できている。



「それに…無茶を言うお兄様なんて、もう知りません」

リリアンヌは、むぅっと頬を膨らませた。



「そろそろ、許してあげてください。わたくしだって、大賛成だったのですよ?」

ガブリエルが、少し申し訳なさそうに笑った。



「シリウスなんて素敵な名前をいただけて…本当に光栄ですわ」



「…そうおっしゃっていただけるのは、嬉しいですけれど」


二か月前――


兄と義姉の間に、男の子が生まれた。



その日のうちに王城の部屋へ訪れた兄が、そのまま私を連れ帰り、名付けをしてくれと懇願した。


どうしてそんな重要な役目を自分に任せたのか…いまだに理解できない。



当たり前だけど、付けた名前は一生使われる。


王族の子として、これからいろいろな人に名を呼ばれるだろう。



もう、困り果てて…熱まで出た。


それでも、兄は譲らなかった。


ガブリエルにまでお願いされて、半泣きになりながら考えた。



何か良い名前はないかと、赤ちゃんをずっと見ていて…


その瞳が、星のようにきらりと輝くことに気付いた。



それで、前世を思い出して、シリウスと名付けた。


兄も義姉も、良い響きだと褒めてくれたけれど…


もう二度と、こんな大役を頼まないでほしい。


無茶ぶりをしてきた兄に、怒ったままだ。



「そろそろ、本館の方に戻ります」

リリアンヌはソファから立ち上がると、もう一度揺り籠に近づいた。



「またね、シリウス」



「だぁ~」



「…可愛い」


本当に、たまらない。


もう、なんでも買い与えたくなる。



「リリィ!」



「わっ…!」


両開きの扉が、勢いよく開けられた。



「お兄様っ…シリウスが驚いてしまいます!」



「やっと捕まえた!」

サイラスはまっすぐリリアンヌへ近づくと、ひょいと抱き上げた。



「先に、ガブリエルお義姉様とシリウスに挨拶を――」



「お前が私を許してくれるまで、離さないからな」



「わたくしたちも、夕食の準備をしましょうか。先に進めていてくれるかしら」

ガブリエルは、淡々と侍女たちに指示を出した。



「リリィ…お前に無理を言ったことは、分かっている」

サイラスはそんな様子もまったく気にせず、妹をソファに座らせると、その隣にぴたりと腰掛けた。



「お兄様、お義姉様たちに」



「リリィ、私を見てくれ」

妹の頬を、そっと両手で包んだ。



「お前が許してくれるためなら、なんでも買ってやる。なんだって言うことを聞く」



「…もう、分かりましたから」

リリアンヌは、眉尻を下げた。



「私は、もうすぐ成人します。いつまでも子ども扱いをしないでください」


これではまるで、シリウスじゃなくて、私があやされているようだ。



「お前が…とうとう成人する…」

兄の顔が、一気に曇った。



「…喜んでくださらないのですか?」



「…お前が成人することは、嬉しい。だが、お前がこれから社交の場に出ていくと思うと…」



「でも、令嬢の友人もできました」


もう、心配されるほど社交下手ではないつもりだ。



「…そうか」

サイラスは困ったように微笑んだ。



「そろそろ、リリアンヌ様を離してあげてください。お義母様とのご予定があるようですから」

シリウスを抱いたガブリエルが、さっと口を挟んだ。



「…当日、私はガブリエルと参加する」

サイラスはリリアンヌの手を取り、立ち上がった。



「お前の晴れ舞台を、楽しみにしているからな」



「はい、お兄様」


扉の前で、いつものように額へのキスを受け、西館をあとにした。



―――



夕食を終えると、アヴェリーンは、娘の部屋へと向かっていった。


リリアンヌはそのあとを追って部屋へ入り――ぎくりと足を止めた。



室内には、ドレスや小物が所狭しと並んでいた。



「さあ、試着するわよ」

母が振り返り、にこりと微笑んだ。



「えっ…またですか?」

リリアンヌは、きょとんと目を瞬いた。



「もう、二度も試着しました」



「半年前と二か月前の話でしょう。サイズが変わっていたら、どうするつもり?」

アヴェリーンはそう言うと、控える侍女たちに目で合図を送った。



「さっ、お嬢様、お着替えですよ」

スーザンが楽しそうに言った。



「お嬢様…頑張りましょう」

モアナが、励ますような笑みを浮かべた。



「ホ~」


着替えの時間と分かったスノウが、小窓の方へ飛んでいった。


リリアンヌは両手を広げ、侍女たちにされるがまま着替えていった。



「いつもより、ずっと気合いが入っていますね…」



「当たり前でしょう。あなたの、初めてのお披露目なのよ?」



「……」


八歳の時、大正門の上で、初めてお披露目をしたはずだけれども。



「私の言うお披露目は、貴族たちにということです」

アヴェリーンが、リリアンヌの心の声に答えた。



「身体に合っていないドレスなんて、着てみなさい。どんな陰口を叩かれることか」



「奥様、手袋はどちらにします?」



「そうね…短い方が、バランスがいいかしら」



「でも、この長い手袋の刺繍もドレスとよく合っています」



「リリアンヌ。どちらも着けてみて」



「…はい」

大人しく従った。



「髪飾りは、この花のものか…上品に抑えるなら、こちらの方でしょうか」



「とにかく、優雅な雰囲気にしましょう。だから飾りは、これね」



「そうしたら、髪型は下ろした方が合いそうですね」



「……」

リリアンヌは鏡の前でじっとしたまま、母たちの会話を聞き流していた。



あと三日で――十六歳となる。



十六歳の誕生日は、この世界で特別だ。


大人の仲間入りをするということで、盛大に祝う。


私の場合は、王城の大広間で祝宴を開く。



招待客のことは両親に任せているから、さっぱり分からない。


ネウロとミリセントにだけ、個人的に招待状を出した。



当日は、町でもお祝いとして大きな祭りが開かれるらしい。


とても行きたいけれど、朝から身支度で大忙しだろう。


…私のための祭りなのに。



エラドリオール邸を出て、王城で暮らすようになってから…


なぜか、忙しくなった。



週に三度の授業に、増えたお茶会。


たまに客間でルイージに話を聞いてもらったり、霊拝師(オランス)たちに会いに大聖堂へ行ったり。


王妃に突然呼ばれることもあるから、町の方へ行くのは週に一、二度だ。



貧民区の薬療院へ通うばかりで、サムの店にもほとんど行けていない。


でも、ブライアンのおかげで、二つの薬療院がきちんと回るようになった。



「あ…そうだわ、リリアンヌ。当日は、ブライアン殿下がついてくださるから」



「…えっ?」


ちょうどブライアンのことを考えていたから、何の話か分からない。



「あなたね…もっと自分のことに興味を持ちなさい」

アヴェリーンが呆れたように溜息をついた。



「あなたの祝宴の話よ。ブライアン殿下が、あなたのエスコートをしてくださるの」



「ええっ…?」

リリアンヌは、ぎょっと目を丸くした。



「エスコートなんて…いるのですか?」



「主役がひとりでいるわけないでしょう。ブライアン殿下は、社交にも大変長けていらっしゃるわ。世渡り下手なあなたに、ぴったり」


母は、厳しかった。



「ブライアン王太子とお嬢様が並ばれるなんて…想像しただけで素敵です」

モアナが嬉しそうに、ふふっと笑った。



「私も、祝宴でお二人が並ぶ姿を見たかったです…」

スーザンが残念そうに言った。



「……」



「あなたたち二人が町を歩き回っているのは、皆、知っていることよ」

アヴェリーンが、娘へ視線を向けた。



「一体、何が不満なの?」



「不満だなんて…!感謝しかありません」

リリアンヌは慌てて否定した。



「…ただ」

わずかに首を傾げ、じっと母を見つめた。



「ただ…こういう時に、従兄がエスコートするものなのでしょうか…?」



「…ええ。何も、おかしなことはないわ」



「……」


母の間が不自然だったことには、さすがに気付いた。



「さ、試着は終わり。サイズは大丈夫そうね」

アヴェリーンが、ぱんっと手を叩いた。


スーザンとモアナが、装飾品を丁寧に外していく。



「明日と明後日は、最終確認をするわ。あなたも、招待客の名を覚えるのよ」



「…はい」



「当日は、エラドリオール邸までブライアン殿下が迎えにいらっしゃるわ」



「…分かりました」



「それから二週間後、さっそく夜会に出てもらいます。ダナンが、王都で開催するのよ」



「…ダナン叔父様がいらっしゃるのですね」



「リリアンヌ、しっかりしなさい」



「はいっ」

さっと背筋を伸ばした。



「好きなことをしている分、王族としての仕事も、しっかりとこなしなさい」



「…頑張ります」



「…もう。本当に、いつまでも子供ね」

アヴェリーンが困ったように笑った。



「…ごめんなさい」


つい…背中が丸まってしまう。



ブライアンがエスコートしてくれるのは、本当に心強い。


きっと私が戸惑っても、うまく助けてくれるのだろう。



けれど、祝宴と聞くと…どうしてもスノウを見つけた日のことを思い出してしまう。


あの、探るような貴族たちの表情…


初討伐の時の、お前に何ができる、という官僚たちの目…


スワハマの、頭にこびりつくような笑い…


チャンの――



「明日の朝は、ゆっくりでいいわ」



「…あっ」


母の声に、びくりと体を揺らした。


いつの間にか、寝間着に着替え終わっていた。



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