馬上槍試合③
リリアンヌ視点
「あっ、最後みたいですね」
マコが奥から飛んできて、屈むリリアンヌの隣に並んだ。
「…ん?どうして最後だと分かるの?」
「アランフォース様は、前回の勝ち抜き戦の優勝者ですから。優勝者は、いつも最後です」
「勝ち抜き戦もあるの?」
これだけの人数なら、一日では終わらなさそうだけれど。
「そっちの試合は、選ばれた方だけです。それはもう…精鋭揃いの、格好良い試合ばかりで」
マコは言いながら、ふふっと頬を染めた。
「あとは、他領の騎士との合同試合にも参加されています。アランフォース様は、なんでも常連ですよ!」
「…へぇ」
…知らなかった。
アランフォースの、二つ名も。
こうした試合に、何度も参加していることも。
あれだけ毎日一緒にいて、何も知らない。
「ほらほら、リリアンヌ殿下!目に焼き付けないと!」
「あ…うん」
マコの声に、はっと顔を上げた。
アランフォースは、奥側だ。
従者から兜を受け取っている。
軽く頭を振って髪を後ろへ払い、兜をかぶった。
ふと相手は誰なのか気になり、手前側を覗き込んだ。
「…!」
手前では、フーリンが準備を進めていた。
すごい。
最終試合にいるということは、フーリンもまた功績者だ。
フーリンはじっとアランフォースを見つめたあと、ゆっくりと兜をかぶった。
「……」
自然と、祈るように胸の前で両手を組んだ。
「突撃!!」
二頭の馬が、柵の脇を駆けていく。
速い。
互いに速度を落とさないまま、槍を構え――
――ドッ…!
「…えっ」
フーリンが、馬の上から消えた。
――ドゴォォォンッ…!
次の瞬間、激しく砂埃が舞った。
「きゃっ…」
「うわぁっ!」
「大丈夫か…!?」
観客席から、呻くような悲鳴とどよめきが上がった。
乗り手のいなくなった馬は、何が起こったか分からないのか、その場を小さく回り続けている。
その奥で、アランフォースが何事もなかったかのように馬を旋回させていた。
「…すごいな」
「かっ…けぇ~…」
「さすがだなぁ」
一緒に見ていたテッドたちが、それぞれ呟いた。
会場から、今になって歓声が上がった。
馬から降りたアランフォースが、兜と槍を従者に手渡した。
「これから、これからよ!さあ、アランフォース様、誰に!」
ハンナが興奮して、身を乗り出した。
「そんなこと言ったって、アランフォース様は、いつも――」
ルノーラの言葉は、途中で打ち切られた。
「止血を頼む!」
血だらけのフーリンが、騎士に抱えられて天幕に飛び込んできた。
「フーリン…!」
鎧の肩が大きく凹み、籠手を外した腕から血が流れ出ている。
頭をどこか切ったのか、顔も血で真っ赤だ。
支えていた騎士が天幕の中央で身を屈めると、フーリンも力が抜けたように膝をついた。
「…!」
リリアンヌは右手を伸ばし、咄嗟にフーリンへ白のちからを送った。
天幕に、白い光が広がった。
「…えっ、リリアンヌ殿下?」
フーリンを支えていた騎士が、ぱっと振り向いた。
「あっ…シャル」
「どうして、ここに?」
「今は、そんなこといいから」
リリアンヌはシャルの前に屈むと、項垂れるフーリンの顔を覗き込んだ。
まだ、ぐったりしている。
「リリアンヌ殿下!そんなに目いっぱい、白のちからを送らなくても」
「まあまあ、マコ。あの傷だったら、私たちが総出でもちょっと大変だったよ」
霊拝師たちが、囲むように三人の周りに立った。
「…う」
「!フーリン、大丈夫?」
「…っ!リリアンヌ殿下…!」
フーリンは目を開けると、さっと姿勢を正した。
「まだ、血が付いてる」
リリアンヌは手拭いを取り、額に残った血をそっと拭った。
白のちからでも、流れ出た血までは消えない。
「…自分でやります」
フーリンはそっとリリアンヌの手を止め、手拭いを受け取った。
シャルの肩から手を離し、残った血を拭っていく。
「フーリン。試合、お疲れ様。格好良かったわ」
リリアンヌは何気なく声を掛けた。
「……」
フーリンの手拭いを持つ手が、ぐっと強張った。
「…それは酷だな」
シャルが、小さく何かを呟いた。
「…あ…ええと」
しまった――
今は、試合のことに触れない方が良かったのかもしれない。
「あなたには…情けないところばかり見られています」
ぽつりと、小さな声が落ちた。
「えっ…いいえ、そんなことない」
リリアンヌは慌てて首を振った。
「フーリンは、いつでも格好良いもの」
「……」
もっと目を伏せてしまった。
でも、本当に格好良かったのに。
どうしよう。
このまま行かせたくないけど、なんて声を掛ければいいのかも分からない。
「…次こそ」
ふいに、フーリンが目を上げた。
「次回こそ、必ず勝ちます」
「…うん!」
「その時は…あなたから祝福を貰えたら、嬉しいです」
「きゃっ…それって」
「しーっ!」
後ろで、霊拝師たちが小さく囁き合っている。
「楽しみにしているね」
リリアンヌは気にせず、にっこりと言った。
「…待っていてください」
フーリンは、ふっと笑みを浮かべた。
良かった。
もう、いつものフーリンだ。
「…何を、しているのでしょう」
天幕に、ひやりとする声が落ちた。
「きゃっ…!」
リリアンヌは、小さく飛び跳ねた。
「…!」
その横で、フーリンとシャルがぎしりと固まった。
「あ、アランフォース…!」
「あなたは…ここで一体、何をしているのでしょうか」
天幕の入り口に、目を細めるアランフォースが立っていた。
「リリアンヌ殿下、ありがとうございました」
「失礼します!」
「あっ」
フーリンとシャルは一礼すると、素早く天幕から出ていった。
「……」
アランフォースは出ていく二人を目で追ったあと、再びリリアンヌへ視線を向けた。
その脇で、テッドたちが息を潜めている。
霊拝師たちはみんなで固まり、リリアンヌとアランフォースを見比べていた。
「その…どうしても試合が見たくて…霊拝師として、ここに来ました」
リリアンヌはゆっくり立ち上がり、おずおずと答えた。
これ以上、近づけない。
「……」
「…あの、アランフォース。どうして、ここに?」
試合が終わったあととはいえ、まだ会場にはたくさん人がいる。
きっとこれから、閉会式も行われるはずだ。
「決まっているでしょう」
アランフォースは眉を寄せ、まっすぐにリリアンヌのもとへ近づいた。
「…っ」
反射で逃げたくなるのを、ぐっと堪えた。
アランフォースが、目の前で足を止めた。
「あなたに、貰いに来たのです」
「…何を?」
「あなたから、祝福を貰いに来ました」
「…へっ?」
「ひゃあぁっ…!」
「うそっ、うそ!」
「しーっ、しーっ…!」
リリアンヌの小さな声は、霊拝師たちの声で掻き消された。
アランフォースは構わず、呆然と立つリリアンヌの前で跪いた。
「この勝利を、あなたに捧げます」
真剣な眼差しで見上げている。
「…え」
どうすればいいのだろう。
アランフォースは跪いたまま、じっと待っている。
確か…言葉で祝福すると、マリドーナが言っていた。
「…我が騎士、アランフォース。見事でした。おめでとう」
リリアンヌは両手を前に添え、にこっと微笑みかけた。
これで合っているだろうか。
思わず、我が騎士なんて言ってしまったけれど。
アランフォースは、リリアンヌの手をそっと取った。
「…!」
ゆっくりと引き寄せ――その甲へ口づけした。
そのままリリアンヌを見上げ、ふっと微笑んだ。
「…ええ。あなたの騎士です」
「…っ」
胸の奥が、熱い――
「…きゃーーーっ!」
霊拝師たちが、もはや絶叫に近い声を上げた。
「…あ、あの、アランフォース」
「……」
アランフォースは立ち上がり、そっと顔を寄せた。
「…明日は、覚悟をしてください」
「…!」
囁かれた言葉に、リリアンヌは一瞬で青ざめた。
アランフォースは手を離すと、すぐに踵を返して天幕から出ていった。
「り、リリアンヌ殿下ぁ!」
マコが、がしっとリリアンヌの腕を掴んだ。
「もうっ…見せつけてくれましたね!」
ハンナも反対側から、ぐっと身を寄せてきた。
「あ…お、お騒がせしてしまって、ごめんなさい」
「間近でこんな良いものを見られたのですから、何も不満なんてありませんよ!」
「そうそう!もう、お腹いっぱい」
二人は、にこにこだ。
「アランフォース様は今まで、エレメア王妃からしか祝福を貰ったことがなかったんですよ」
マコは、うふふっと嬉しそうに囁いた。
「…エレメア様から?どうして?」
リリアンヌは、きょとんとして尋ねた。
「…ああ、駄目だこりゃ」
「諦めないで、マコ」
冷めた目で見てくるマコを、ハンナがなぜか励ました。
「リリアンヌ!」
天幕に、さっと人影が飛び込んできた。
「うわぁっ!」
マコとハンナが叫び、体を離した。
「えっ…ブライアン…!」
正装をしているブライアンは、いつもよりずっと格好良い。
ただし、表情はいつもより険しかった。
「君は一体、何をやっている」
ブライアンは言いながら、まっすぐリリアンヌに詰め寄った。
「君たち、リリアンヌが迷惑をかけてすまなかった」
「ひぇっ…!」
「いいえ!」
「もう、十分です!」
後ろで固まる霊拝師たちが、一気にブライアンへ答えた。
「テッド、カイル、トウマ」
ブライアンが今度は、天幕の端で壁と同化している兵たちに振り向いた。
「リリアンヌの付き添いはここまででいい。振り回して、悪かったな」
「はっ!」
「格好良いなぁ~」
テッドとカイルの勢いのいい返事と、のんびりしたトウマの声が重なった。
「リリアンヌ、行くぞ」
「ブライアン、待って」
「待たない」
ブライアンはリリアンヌの手を取ると、天幕の入り口へ進んでいった。
「…!みんな、お騒がせしてごめんなさい!」
なんとか振り返り、霊拝師と兵たちに謝った。
…終わった。
お忍びのはずが、アランフォースにもブライアンにもばれた。
完璧だったはずなのに。
もう二度と父の許可は下りないだろう。
明日のアランフォースの説教から、ビッケは助けてくれない。
…終わった。
もう、ときめきなんて何も残っていなかった。




