馬上槍試合①
リリアンヌ視点
馬上槍試合は、第二城壁内にある大きな訓練場で行われる。
会場の周りには多くの席が用意され、すべてが観客で埋まっていた。
若い女性の姿も目立つ。
きゃっきゃっと楽しそうな声が、すでに天幕の中まで聞こえていた。
「リリアンヌ殿下、大丈夫ですよ!試合の様子は、ちゃんと入り口の隙間から覗けますから」
「マコは、試合を見たことがあるの?」
「はい。遠征が重ならなければ、必ず!迫力があって、本当にすごいんです」
「それは、楽しみだな」
リリアンヌは、ふふっと笑った。
マコは、すでに楽しそうだ。
「リリアンヌ殿下は…どうして今日、こちらにいらっしゃるのでしょう?」
後ろから、きょとんとした声が聞こえた。
「ハンナ…!」
ハンナの隣にいた霊拝師が、つんと脇をつついた。
「ソフィ、いいの。私の方こそ…いきなり、本当にごめんなさい」
リリアンヌは、申し訳なさそうに振り返った。
今日は、霊拝師たちとお揃いの格好をさせてもらっている。
霊拝師として参加したいと伝えたら、ゴーシュ大教主は快諾の返事をくれた。
それだけじゃなく、霊拝師の衣装まで準備してくれた。
ゴーシュがどんな人なのか、まだよく分からないけれど。
もう、これだけで好きになってしまいそうだ。
「でも、ちゃんと仕事はするから…」
「あっ、違います!そういう意味ではなくて」
ハンナは、慌てて胸の前で両手を振った。
「リリアンヌ殿下なら、きっと多くの騎士からお声が掛かると思ったから…!こんなところにいらっしゃるのが、もったいないなって思ってしまいまして」
「今日は、お父様との約束でお忍びなの。本当に、みんなの邪魔だけはしないから…」
「私は、大歓迎ですっ!」
ミュラが目を輝かせて言った。
「本当に!殿下と一緒に仕事ができるなんて、嬉しいっ」
ルノーラが嬉しそうに声を弾ませた。
「私だって、嬉しいもの」
ハンナは小さく口を尖らせると、ちらりとリリアンヌに目を向けた。
「でも、リリアンヌ殿下。全然お忍びになってませんけど」
「えっ」
リリアンヌは、咄嗟に身につけている衣装に視線を落とした。
「黒髪も隠したのだけれど…駄目かな」
白の長衣に、薄絹の外套。
被りものの中に、髪はすべて隠してある。
スノウは今頃、キリと一緒にどこかで観戦しているはずだ。
「うーん…私たちがリリアンヌ殿下を知っているからかな…」
「いや…雰囲気で分かるのかも」
「私たちと、同じ格好に見えないというか」
霊拝師たちはリリアンヌを凝視して、口々に呟いた。
「それに、守衛隊兵の付き添いがいますからね」
マコは言いながら、ちらりと横に視線を向けた。
天幕の隅で、三人の兵士が少し所在なさげに立っていた。
「…テッド、カイル、トウマ。いきなり付き合わせてしまって、ごめんなさい」
リリアンヌは、三人に向かってもう一度謝った。
「いえ…気になさらないでください」
「楽しいので、大丈夫です!」
「殿下、霊拝師の格好も似合いますね」
三人が、次々と答えた。
テッドたちには、申し訳ないことをしてしまった。
恐らく、王城内の付き添いだけだと思っていたはずだ。
それが、馬車に乗って大聖堂へ行き、霊拝師たちと一緒にここまで来てもらうことになった。
事情は伝えたけれど、尋ねたいことは山ほどあるだろう。
ただ、正直…三人が来てくれて、助かった。
私の突飛な行動に、ラジャタ村で少しは慣れているだろうから。
ふいに、天幕の外から、わっと歓声が上がった。
「王家の皆様が、入ってきたようですね」
天幕の入り口から覗いていたハンナが教えてくれた。
「えっ、本当?」
「ブライアン王太子も?」
他の霊拝師たちも、すぐに隙間から覗いた。
「リリアンヌ殿下。ここからどうぞ」
ソフィが、一番下の場所を譲ってくれた。
「ありがとう」
リリアンヌは霊拝師たちの間にしゃがみ込み、そっと外を覗いた。
「ここからだと、全部見渡せるんですよ」
「本当に、特等席だよね」
マコとルノーラが言う通り、目の前には会場が広がっていた。
大きな会場には、長い仕切り柵が等間隔に三本設置されている。
その周りを囲むように、観客たちがぐるりと座っていた。
霊拝師用の天幕の対面側が、王家の観覧席だ。
そこだけ高い造りになっていて、入場してきた王家の人たちの様子がよく見えた。
中央で、レックスとエレメアが手を振っている。
その左右で、四人の王子たちも歓声に応えていた。
「ブライアン王太子~!」
「きゃー!ブライアン殿下ぁ!」
さすが、ブライアンだ。
ずば抜けて名前を呼ばれている。
この歓声の中に、きっとマリドーナたちも含まれているのだろう。
エレメアと王子たちが座り、レックスが一歩前に進み出た。
がやがやしていて、はっきりとは聞こえないけれど、開会の挨拶をしているようだ。
レックスが席に着くと同時に、再び大歓声が上がった。
会場の右手から、屈強な騎士たちが次々と姿を現した。
陽の光を受けて、銀色の鎧が一斉に煌めいた。
兜を脇に抱え、反対の手には、背丈より高い長槍。
ただ歩いているだけなのに、押されるような迫力だ。
「あっ、ほら…!先頭は、アランフォース様ですよ!」
一番上で覗いているマコが、興奮気味に言った。
「え…?」
リリアンヌは一番下から、マコの示す方へ目を向けた。
アランフォースが、先頭を歩いている。
鎧姿なんて、初めて見た。
鎧の上からでも、その屈強な体つきがはっきりと分かる。
燃えるような赤い髪が、風を受けて後ろへなびいた。
「…きゃぁぁっ!」
「アランフォース様ぁ!」
「素敵…アランフォース様~!」
一気に黄色い悲鳴が上がった。
「やっぱり、一番人気ですね」
「だって、格好良いもん」
霊拝師たちも、きゃっきゃと囁いている。
「……」
毎日一緒にいるから、つい忘れてしまう。
アランフォースは、国で一番有名な騎士だ。
そんな人が、私の専属護衛をしてくれている。
アランフォースは歓声など聞こえていないかのように、前だけを見て歩いている。
その後ろを、大勢の騎士たちが続いていく。
やがて会場の中央まで進むと、アランフォースは足を止めた。
そして――ふいに、天幕へ顔を向けた。
「…えっ」
まっすぐ、こちらを見ている。
「…えっ!?」
「アランフォース様が、こっちを見てる…?」
「うそ…どうして?」
霊拝師たちが戸惑いの声を上げた。
「リリアンヌ殿下…ここにいらっしゃること、アランフォース様に伝えていたんですか?」
マコが上から尋ねた。
「ううん…言ってない」
一瞬、どきりとした。
目が合った気がした。
…そんなわけない。
こんな細い隙間から、六人も覗いている。
一番下にいる私に、気付くわけがない。
だけど…どうしてまだ、こっちを見ているのだろう。
「…私、少し下がろうかな」
「あっ、リリアンヌ殿下、大丈夫です。移動しました」
ルノーラの言葉で、再び天幕の外へ目を向けた。
アランフォースが王家の前に立ち、こちらへ背を向けた。
その後ろから騎士たちが続き、横に広がるように整列していった。
広い会場が、屈強な騎士たちで埋まった。
すでに圧巻だ。
右手から、ロデオがゆっくりと入場してきた。
すぐに、並ぶ騎士たちで見えなくなった。
「整列!!」
それでも、父のよく響く声がここまで届いた。
「礼!!」
騎士たちが、一斉に王家へ向かって頭を垂れた。
「はぁ…格好良い」
ハンナが、うっとりと呟いた。
本当に、格好良い。
こんな屈強な人たちを指揮している父が、誇らしい。
「あ…三人も見る?」
リリアンヌは、はっと天幕の隅に顔を向けた。
「えっ、本当ですか?」
「お前なっ…」
「俺たちは、その…試合が始まったら、少しだけ見れれば…」
トウマ、テッド、カイルが、またそれぞれ答えた。
「じゃあ、あとで一緒に見ようね」
リリアンヌはくすっと笑うと、天幕の外へ視線を戻した。




