無邪気な計画
リリアンヌ視点
「馬上槍試合のこと…何も知らなかった」
帰りの馬車の中で、リリアンヌはぽつりと呟いた。
「……」
「今まで、どうして教えてくれなかったの?」
「あなたの御父上が教えないことを、私が伝えるわけにはいきません」
正面に座るアランフォースが、静かに答えた。
「お父様に行ってもいいか聞いたら、許してくれるかな?」
「……」
「…明日、お会いした時に聞いてみます」
諦めて、窓の外へ目を向けた。
こういう時のアランフォースは、何も教えてくれない。
明日どうやって聞くかでも、考えていよう。
「…馬上槍試合は、王都にいる騎士の大半が参加します」
「…そう話していましたね」
リリアンヌは、ゆっくりと正面に視線を戻した。
「国王直属騎士団は、全員出場します。私も…今回の試合には、参加しなくてはいけません」
アランフォースは、静かに続けた。
「その日、あなたが出かけるとなると、護衛をつけることができません」
「でも…キリがいるもの」
「ですから、キリ殿は…」
言葉が止まった。
ラジャタ村で言っていたことだろうか。
「…近衛隊や守衛隊の方は?」
「近衛隊や守衛隊の騎士たちも、同じく試合に参加します」
「…そう」
今までも、アランフォースが護衛につけない日は何度かあった。
そういう日は、大人しくエラドリオール邸から出なかった。
ただ…今は、王城に住んでいる。
「…ネウロに診てもらいに行くのにも、護衛は必要かな」
「そうですね。…少し、考えておきます」
アランフォースはそれだけ言うと、再び黙り込んだ。
「…ビッケ、今日はお疲れ様」
リリアンヌは、ぱっと隣に顔を向けた。
「お前、さすがにひとつの椅子で令嬢と座ろうとするなよ」
ビッケが、じとりと目を向けた。
「ごめんなさい」
「まあ…それ以外は、頑張ってたよ」
「…えへ、ありがとう」
あの時は興奮してしまって、つい素が出てしまった。
まさか、エドガーの娘が参加しているなんて思わなかった。
同じ橙色の髪で、顔もどことなく似ていた。
歳もきっと、私と近い。
…やっと令嬢の友人ができた。
強引だった気もするけど、最後には、二人でお茶会をしましょうという話にまで進んだ。
それにしても、みんな年頃だから仕方がないかもしれないけれど…
お茶会は、婚約の話ばかりだった。
…王妃教育。
父やネウロが言葉を濁していた噂は、これだったんだ。
王妃教育だなんて…
エレメア王妃とは、月に何度か、二人でお茶会をするくらいだ。
たまにそこへ、ブライアンも参加することはあるけれど。
…すごいなぁ。
みんな、ブライアンを狙っているのだろうか。
さすが人気者だ。
ブライアンも、馬上槍試合に参加するのだろうか。
兄は、どうなのだろう。
…アランフォースは。
誰に、祝福を貰っているのだろうか――
―――
「絶対、駄目だ」
ロデオは即座に首を振った。
「…まだ馬上槍試合、とまでしか言っていません」
リリアンヌは、小さく口を尖らせた。
「お前が観戦に行くことは、絶対にない」
「あら…それは、リリアンヌが可哀想ではなくて?」
アヴェリーンが、グラスを傾けながら口を挟んだ。
「この子と同じ年頃の令嬢たちは、とっくに試合観戦に行っているわ。そこで良い出会いがあるかもしれないもの」
「だからこそだ。この子がいたら、試合にならないかもしれない」
「え、どうしてですか?」
リリアンヌは、きょとんと尋ねた。
「……」
「あなたのもとへ、たくさんの騎士が集まってしまうからよ」
黙り込んだロデオに代わり、アヴェリーンがさらりと答えた。
「集まる…?どうして…?」
「どうしてって…あなたに祝福を貰いたいからに決まっているでしょう」
「ええ…?」
意味が分からない。
普通はマリドーナのような、綺麗で華やかな女性のもとに集まるだろう。
「…あなたは、王族で唯一の令嬢よ」
アヴェリーンが深い溜息をついた。
「身分の高い令嬢のもとへ行くのは、当たり前でしょう」
「…ああ」
なるほど。
それなら納得ができる。
だから、ミレーネは心配そうに尋ねていたのか。
騎士たちが身分を気にして、自分のもとへ祝福を貰いに来てしまうから。
「でも…そんな楽しそうな試合、見てみたいです…」
リリアンヌは、残念そうに手元のグラスへ視線を落とした。
人が集まって盛り上がるところを見るのは、好きだ。
今までその試合を知らなかったことが、残念すぎる。
「あなた、ブライアン殿下に連れて行ってもらうのはどうかしら」
アヴェリーンがそっと提案した。
「確か、今回の試合は参加しないのでしょう?」
「いや…王家は皆、席が決まっている」
ロデオが唸るように答えた。
「それに、私はずっと試合の指揮を執らなければならない」
「それなら、私とリリアンヌで一緒に行くのはどう?」
「お母様…」
私を連れて行こうと、頑張ってくれている。
「なおさら駄目だ」
ロデオは、くっと眉を寄せた。
「お前たち二人が揃えば、会場中の目を引いて仕方がない」
「まあ…あなたったら」
アヴェリーンが口に手を添え、くすくすと笑った。
色香が、ふわりと広がった。
「でも、リリアンヌが可哀想だわ。年頃の令嬢は、一度は見てみるべきよ」
「だが…虫除け役がいないとなると…」
「……」
リリアンヌは、そっと苦笑を浮かべた。
騎士たちを、虫扱いなんて――
「!」
突然、閃いた。
「お父様…それでしたら、お忍びで行くのはどうでしょう?」
「おっ、お忍び…!?」
ワインを飲んでいたロデオが、げほっと咽せた。
「はい…!霊拝師たちと一緒に、怪我人を診ます」
リリアンヌは目を輝かせ、身を乗り出した。
マリドーナたちが、試合中は霊拝師や療師が忙しそうにしていると言っていた。
観客ではなく、霊拝師のひとりとして紛れ込めば。
「あら、それは楽しそう」
母は意外と、こういった話が好きだ。
「…だが、霊拝師のもとへ祝福を貰いに行く騎士もいる」
「霊拝師たちは、決められた天幕の中にいるわ。そこへ入るのは、怪我をした騎士でしょう?勝った騎士が、わざわざそこまで行くことは滅多にないわ」
「……」
ロデオが腕を組み、黙り込んだ。
もう一押しだ。
「お父様…お願い」
リリアンヌは胸の前で両手を組み、じっと見上げた。
「ゴーシュ大教主に相談して、断られたら諦めます。でも…許可が出たら、行きたいです」
「はぁ…分かった」
「ありがとう、お父様…!」
「その代わり!絶対に天幕から出るなよ。馬上槍試合は、本当に危ない」
喜ぶ娘に、ロデオはすぐに釘を刺した。
「ええ、もちろんです!」
「ふふ…どうなることかしら」
アヴェリーンが、意味深にくすっと笑った。
家族との食事が終わると、リリアンヌはすぐに自室へ戻っていった。
霊拝師として参加するのなら、まずはゴーシュ大教主に連絡だ。
この間話した時の感じからして、なんとなく許可を貰えそうな気がした。
「…お前、アランフォースに怒られるぞ」
ビッケが扉の前で、ぽそっと口を開いた。
「…でも、行きたいから」
リリアンヌは机の前から、ちらりと振り向いた。
「アランフォースにも…秘密にする」
「ばれるって…」
「大丈夫。ゴーシュ大教主とは、手紙でやり取りするから」
手紙を書くのは、ここエラドリオール邸に泊まる日だけだ。
絶対に王城へ返信しないよう、念を押してお願いしないと。
「ビッケも、試合を見に行く?」
「オレがついて行ったら、よりばれるだろ。行けないよ」
「そっか…じゃあ、キリも無理かな」
本当は、一緒に見たかったけれど。
いつものように、姿を隠してもらうしかない。
「オレ、知らないからな」
「もう…!そもそも、どうしてアランフォースが怒るの?」
第二城壁内で行われる、騎士たちの試合を見に行くだけだ。
勝手に町まで出るわけじゃない。
それに、当日はネウロの待つ客間まで護衛がつくはずだ。
その人には、きちんと行き先を伝えてついてきてもらおう。
護衛を振り切って、ひとりで行くつもりなんてない。
「ばれて怒られても、オレ、助けてやらないからな」
どうして怒られるのかは、ビッケは最後まで教えてくれなかった。




