とある令嬢の内心②
ミリセント視点
「試合も、見応えがあってとても面白いのですよ」
「あら…わたくしはあんな乱暴な試合、好きではありませんわ」
ジョアンナの言葉に、マリドーナが顔をしかめた。
「そんなに危険な試合なのかしら?」
「ええ、馬を駆けながら激しく槍を交えますから。毎回、怪我人は出ますわ」
「霊拝師や療師たちは、いつも忙しそうですわね」
「でも彼女たちがいるからこそ、できる試合でもありますわ」
リリアンヌの問いに、三人が一斉に答えた。
「まったく知らなかったわ…」
「リリアンヌ様が来られたら、騎士の方たちは皆、リリアンヌ様のところへ行ってしまいますわね」
ミレーネが、にっこりと笑って牽制した。
「いいえ…そんなことにはならないでしょう」
リリアンヌは、苦笑して首を振った。
そんなことに、なるだろう。
王族唯一の令嬢で、精霊の申し子。
そのうえ、これほど目を引く方だ。
噂通り、本当に肩に傷跡があったとしても、誰も気にしない。
「それに…きっと、お父様の許可が貰えないわ」
リリアンヌは、ふっと寂しそうに微笑んだ。
馬上槍試合を知らなかったのは、ロデオが観戦させる気などなかったからだ。
彼女の兄のサイラスも、騎士として試合に参加している。
今まで…家族の晴れ舞台を見られなかったのか。
「まあ…それは残念ですわ」
ミレーネが、さして残念ではなさそうに言った。
「それなら…リリアンヌ様は、殿方とあまりお話しする機会がなかったのではありませんこと?」
マリドーナは、ずっとリリアンヌの恋愛事情を探っている。
「…そうね。貴族の男性の方とは、あまりお話しする機会はなかったかしら」
リリアンヌの目が、わずかに揺れた。
貴族の男性以外とは、きっとあったのだ。
当たり前だろう。
彼女は、異形の存在の討伐に二度も出向いている。
そこで騎士や兵たちと話すに決まっているだろうに。
なぜそんなことにも気付けないのだろう。
「ブライアン王太子とは、よくお話しされるのでしょうか?」
マリドーナは、再び話題を戻した。
「…ええ、従兄妹だから。話す機会はあるわ」
「それなら…婚約のお話とか、聞いていませんこと?」
もう、それとなくも何もない。
「そうね…ブライアンの婚約話は、聞いたことがないわ」
リリアンヌは小さく首を傾げ、何気なく答えた。
「ぶ、ブライアン…」
令嬢たちが、固まった。
「マリドーナ嬢…あまりお役に立てなくて、ごめんなさい」
「いっ…いいえ…」
マリドーナの口元が、ひくっと引きつった。
もう…何もかも負けている。
ブライアンとリリアンヌが婚約していないとしても、
だからといって、マリドーナに可能性があるとは思えない。
「マリドーナ嬢、ミレーネ嬢、ジョアンナ嬢。楽しいお話を、ありがとう」
「えっ」
リリアンヌが、唐突に席を立ち上がった。
「り、リリアンヌ様、どちらに…?」
「他の令嬢たちとも、お話をしてみたいわ」
リリアンヌはにっこり微笑むと、座る令嬢たちの後ろを進んでいった。
その足が――自分のところで止まった。
「初めまして。お名前を聞いてもいいかしら?」
「…はっ」
ミリセントは、慌てて立ち上がった。
明らかに、自分に話しかけている。
「リリアンヌ殿下、お初にお目にかかります…エドガーの娘、ミリセント・トムリンソンと申します」
「やっぱり…!」
リリアンヌは、ぱっと目を輝かせた。
「少し、お話ししてもいいかしら?」
「あ…それでは、席を…」
ミリセントは、自分の座っていた椅子をおずおずと差し出した。
席は、すでに詰めてある。
リリアンヌの座っていた椅子を、ここまで運んでくるわけにはいかない。
「では、一緒に座りましょう」
「!?」
「ここに、座って」
リリアンヌは椅子の端へ身を寄せ、空いた場所をにこにこと笑って示した。
「……」
何を…言っているのだろう。
子爵の娘と王族が、ひとつの椅子に一緒に座る――?
もう、マリドーナたちの視線が痛い。
「…リリアンヌお嬢様」
いつの間にか獣人族の従者が、静かに椅子を運んできていた。
「あっ…ありがとう、ビッケ」
リリアンヌは、すぐに新しい椅子へ座り直した。
ビッケは一礼すると、再びアランフォースの横に戻っていった。
「…自慢の従者なの」
「…へっ?」
囁く声に、ミリセントは慌てて従者から視線を離した。
リリアンヌは、嬉しそうに微笑んでいた。
「ミリセント嬢、驚かせてしまってごめんなさい。髪の色を見て…もしかしてと思って」
さらに目を細め、眩しいほどの笑顔を向けた。
「父を…ご存じなのでしょうか」
ミリセントは、ゆっくりと椅子に座り直した。
令嬢たちの視線を、無視することに決めた。
彼女たちに遠慮してリリアンヌと話さない方が、よほど失礼だ。
「ええ、もちろん。エドガー団長には、とてもお世話になっているわ」
「父は、仕事の話を家で一切しません…まさか、リリアンヌ殿下とお知り合いとは思いませんでした」
「エドガー団長とは…遠征でもご一緒したし、何度かお話ししたことがあるの」
「…!」
遠征――
本当に…目の前のこの華奢な女性は、戦ってきたんだ。
成人するまでほとんどを家で過ごしてきた自分とは、大いに違う。
「優しい方で…とても素敵なお父様だわ」
リリアンヌは微笑んだまま、穏やかに続けた。
「優しい…?父の…話ですよね?」
いつも厳格で、会うたびに少し緊張する。
「ええ。私の初討伐の時からずっと、エドガー団長は助けてくださったの」
「初討伐…」
「いつも優しく見守ってくださって…本当に、心から感謝しているわ」
「…あ」
…ああ。
父が、このお茶会を勧めた意味がやっと分かった。
リリアンヌが、自分に興味を示すことを分かっていたんだ。
彼女のこの性格を知っているくらい、二人は仲が良いのだ。
「ミリセント…って、呼んでもいいかな」
リリアンヌの口調が、わずかに砕けた。
「…ええ、もちろん!」
慌てて頷いた。
「ミリセント。どうか、私と友人になって」
満面の笑みで、とんでもないことを言ってきた。
「……」
「駄目…かな?」
「いっ…いいえっ…!」
ミリセントは、はっと首を振った。
「…喜んで」
友人になって、何をするのかも分からないけれど。
相変わらず、マリドーナたちの視線が痛いけれど。
こんな顔でお願いされてしまっては、拒否など絶対にできない。
「嬉しい…!」
リリアンヌは、本当に嬉しそうに笑った。
すごい…。
たった数分、言葉を交わしただけなのに。
この人の、いろいろな表情を見てみたい。
本当はどういう人なのか、知りたい。
同性で、こんなことを思うなんて…
こんなに惹かれるのは、彼女が王族だからか、精霊の申し子だからか…
初めて、父譲りの橙色の髪で良かったと思った。




