とある令嬢の内心①
ミリセント視点
「…いいこと?獣人族の従者の件は、触れては駄目よ。どうお考えなのか分からないうちは、余計なことは言わないこと」
マリドーナが、令嬢たちを見渡して言った。
「婚約の噂は、わたくしがそれとなく聞くわ。ミレーネ嬢、ジョアンナ嬢。助けてくださる?」
「ええ、任せて」
「分かりましたわ」
マリドーナの横に座る令嬢二人が、真剣な表情で頷いた。
「リリアンヌ様のお席は、ここ。他の席を先に埋めて、ここだけ空けておいて頂戴」
マリドーナが、自分の対面席を指さした。
身分の順からいえば、妥当だろう。
「それから、あなたたち」
そのまま、視線を末席の方へとずらした。
「リリアンヌ様は、少しばかり身分の違いに頓着なさらない方でもあるわ。だからといって、勘違いして馴れ馴れしく話しかけないこと。余計な口は挟まず、笑顔と相槌だけで場を盛り上げなさい」
「はい」
令嬢たちは、声を揃えて返事をした。
「ああ…ようやくリリアンヌ様とゆっくりお話ができるわ」
マリドーナは、嬉しそうに声を弾ませた。
「…ブライアン王太子の話を、絶対に確認しなくては」
その目が、めらりと燃えた。
「……」
ミリセントはひとり、呆れを押し隠した。
…くだらない。
これだから、お茶会は嫌いだ。
マリドーナは、王都に隣接するターリ領の娘だ。
ミレーネとジョアンナも、ターリ領ほどではないけど、名の知れた町を抱える領の娘。
ほか数人も、いずれかの領の娘たちだ。
社交の時期である今、多くの貴族が王都へやってきている。
王都住まいの自分とは違い、この期間中に、驚くほど多くの宴やお茶会に参加するらしい。
どうして…今回に限って、父はこのお茶会を勧めたのだろう。
“精霊の申し子”に会えることは、少し楽しみだけれど。
この中では身分の低い私が参加する意味なんて、あるはずがない。
誘われた時点で、おだて役に回るのは分かっていた。
いつもなら、すぐに断ってくれるのに――
「リリアンヌ殿下がいらっしゃいました」
「!」
案内の者の言葉に、令嬢たちは一斉に席を立った。
庭園の入り口から、三人の人物がこちらへ向かってくる。
中央にいるのは、王弟ロデオの娘――リリアンヌだ。
祭りの時に、大正門の上に立つ姿を遠くから見たことはある。
けれど、こうして間近で見るのは初めてだ。
七か月後、成人の誕生日に合わせて、王都中で大きな祭りが開かれると聞いている。
だからまだ、成人前のはずだ。
私より、二歳も下なのに。
なんて大人っぽいのだろう。
思わず、目を奪われた。
白いドレスをまとっているからか、全身が淡く輝いて見える。
…いや、違う。
本当に、光っている。
肩に、小さな白い光が浮かんでいた。
…精霊だ。
リリアンヌは背筋をすっと伸ばし、まっすぐ前を見て歩いてくる。
やがて庭先まで来て、令嬢たちが立って待っていることに気付くと、にこっと微笑んだ。
「……」
油断すると、感嘆の声が出てしまいそうだ。
彼女がテーブルまで近づくと、後ろについていた二人が少し離れたところで足を止めた。
ひとりは、知っている。
国王直属騎士団の、アランフォース。
あまりにも有名で、父とも関わりの深い人だ。
相変わらず…格好良い。
リリアンヌの専属騎士になったという噂も、本当だったらしい。
父は、仕事に関する話を一切してはくれない。
その隣には、アランフォースの胸元にも届かない小柄な従者が並んだ。
本当に…獣人族だ。
ライオンのような耳が、頭に付いている。
…とても可愛い。
あんなに幼いのに、王族の従者だなんて…
「マリドーナ嬢、久しぶりね。本日は、お招きいただきありがとうございます」
美しい声に、ミリセントは、はっと視線を戻した。
リリアンヌがマリドーナに向かって、綺麗なお辞儀をしているところだった。
両肩が隠れる形のドレスを着ている。
けれど、すらりとした腕と華奢な背中が美しく覗いていた。
「皆様も、本日はよろしくお願いします」
リリアンヌは、テーブルの周りに立つ令嬢たちを見渡して微笑んだ。
その目が、ぴたりとミリセントのところで止まった。
「…?」
なぜかこちらを見て、驚いた顔を浮かべている。
「リリアンヌ様っ!お待ちしておりましたわ」
マリドーナが両手を胸元で合わせ、嬉しそうな声を上げた。
「さあ、こちらに座ってくださいな」
「あ…ありがとう」
リリアンヌはミリセントから目を離し、使用人が引く椅子にゆっくりと腰掛けた。
「今日は良いお天気で、本当に良かったわ。リリアンヌ様とこうしてお庭でお茶会ができるなんて、夢のようです」
「とても素敵なお庭ね」
「ええ、我が家の自慢の庭園なんですの。王城に住んでいらっしゃるリリアンヌ様から見たら、物足りないかもしれませんけれど」
「いいえ、そんなことないわ」
「リリアンヌ様は、どうしてまた、王城にお住まいなのでしょう?」
ミレーネがすかさず口を挟んだ。
まだ着席したばかりなのに、さっそく本題にいく気なのだろうか。
「どうしても、やりたいことがあったから。…どうも、ありがとう」
リリアンヌは、紅茶を淹れた使用人を見上げて礼を言った。
マリドーナたちも、十分に美しい。
けれど、リリアンヌには目を離せなくなるような美しさがある。
話し方も、仕草も。
慌ただしいマリドーナたちに比べて、リリアンヌはどこかゆったりとしている。
流れている時間さえ、まるで違うように感じた。
「やりたいこと?」
ジョアンナが身を乗り出して尋ねた。
明らかに話を濁していたのに、尋ねてしまうのか。
「もしかして…王妃教育でしょうか?」
マリドーナが、さっそく核心に触れた。
よほど気にしていたらしい。
彼女は今の婚約相手に納得がいっておらず、さらに上の縁談を狙っている。
「王妃教育…?」
リリアンヌは、きょとんと目を瞬いた。
やっと人間らしい表情になった。
「いいえ…王城で、教育は何も受けていないわ」
「あら…そうなんですの」
マリドーナは、明らかにほっとした表情を浮かべた。
「ですが…リリアンヌ様のことですから、もう婚約者も決まっていらっしゃるのでしょう?」
今度は、ミレーネが焦れたように尋ねた。
彼女もまた、より格上の家への縁談を狙っている。
「そういったお話は、すべてお父様にお任せしているの」
リリアンヌは、穏やかに答えた。
「だから、私は何も分からないわ」
「まあ…」
マリドーナたちは、困惑した表情を浮かべた。
そんなこと…あり得るのだろうか。
王族唯一の令嬢が、まだ婚約者が決まっていない?
私ですら、十三歳の時に決まった。
…でも、それを言ったら王太子すらも婚約者が決まっていない。
だからこそ、これほど令嬢たちがばちばちと戦っている。
半年前に、三番人気だったサイラスが結婚してしまったから。
「…それでしたら、リリアンヌ様。来週の馬上槍試合は、楽しみなのではございません?」
マリドーナは、ぱっと話題を変えた。
「ばじょうやり試合…?」
リリアンヌは、再びきょとんとした顔を浮かべた。
「…ん?」
ミリセントは紅茶を飲みながら、思わず小さく声を上げた。
まさか、知らない…?
「えっ」
マリドーナも困惑気味の声を上げた。
「もしかして…ご存じありませんの…?」
「…勉強不足で申し訳ないわ」
「…!いいえ!申し訳ありません。わたくしこそ、言葉足らずでしたわ」
「マリドーナ嬢。よろしかったら、どういったものか教えてくださるかしら?」
「ええ、喜んでっ!馬上槍試合とは、騎士たちが馬に乗り、槍を交えて競い合う試合ですの。王都の騎士はもちろん、王領各地からも多くの騎士が参加なさるのですよ」
「王都の騎士…」
リリアンヌは呟きながら、ちらりと庭園の端へ目を向けた。
「…もちろん、アランフォース様もですわ」
マリドーナは口に手を添え、こそりと囁いた。
令嬢たちはアランフォースへ視線を向け、嬉しそうにくすくすと笑った。
「毎回、王家の方々も観戦されますし、ロデオ総長が試合の指揮を執っております。ですから、わたくしてっきりリリアンヌ様は知っていらっしゃるものと思ったんですの。大変、失礼しました」
リリアンヌの父は、王国軍総長だ。
それに、護衛にはアランフォースがついている。
それでも、馬上槍試合の存在を知らなかったなんて。
なんとなく、隠されてきた理由は察せられた。
「いいえ。マリドーナ嬢、教えてくださってありがとう。でも、それがなぜ楽しみなのかしら?」
「それは…ねぇ?」
「うふふ…ほら、マリドーナ様、ご説明してあげないと」
マリドーナとミレーネが頬を染め、くすくすと笑い合った。
「…?」
リリアンヌは困ったように首を傾げている。
「試合に勝った騎士は、観客の中からひとりの女性を選ぶんですの」
マリドーナが、うっとりした声で答えた。
「そして…その女性から、祝福を受けるんですっ」
「祝福を受ける…?」
「女性は騎士に言葉で祝福を送り、騎士はお礼に、手の甲への口づけで返すのですわ」
今度はミレーネが答えた。
「へぇ…!あ」
リリアンヌは、慌てて口元に手を添えた。
「もう、それが本当、試合で一番盛り上がるんですの…!」
「独身の騎士たちが、誰を選ぶか、それはもう…!」
マリドーナたちは、きゃあっと声を弾ませた。




