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セスランディア王国物語  作者: あきよし りん
第十五章/大好きな人たちと大切な時間を
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専属侍女の願い①

ニア視点



――十年ほど前



「ニア…また、あなたなの…」

ソファで足を組む貴婦人が、重い溜息を吐いた。



「…申し訳ありません、奥様」

ニアはソファの脇で、深々と頭を下げた。



「これであなたを呼び出すのは、何度目かしら」



「…本当に申し訳ありません」



「申し訳ございません、でしょう。まったく…あなたを指導したのは、誰だったかしら」



「わたくしたちです、奥様」

貴婦人の言葉に、壁際に立つ使用人が、さっと口を開いた。



「ですが、言葉遣いの悪さも、粗忽なところも、すべて彼女自身の問題です。生まれつきの性分は、変えようがございません」



「そうですよ、奥様。私たちがまさか、物を割ってもいいなどと指導するわけがございません」

さらにその隣の者が、付け足すように言った。



「はあ…もう分かったわ。お黙りなさい」

貴婦人は煩わしそうに手を払い、使用人たちの言葉を止めた。



「ニア…あなたには、今日限りで辞めてもらうわ」



「そっ、そんなっ…」

ニアは弾かれたように顔を上げた。



「食器を割るくらいなら、まだ許せたわ。だけど、さすがに先代から受け継いだ花瓶まで割られてはね…」

貴婦人はテーブルに置かれた葉巻を手に取り、火をつけた。



「わ、わ、私は――」



「ニア…他の使用人とうまくやっていくことも、大切な仕事よ」

白い煙が、ゆっくりと室内に広がっていく。



「あなたがいることで、輪が乱れるの」



「……」



「安心しなさい。次の職場が見つかるまでは、給金を出すわ」



「…あ、ありがとうございます…」



「話は、以上…」

貴婦人が、ふと口を閉ざした。



「…ああ、ひとつ、あなたに紹介できる先があるかもしれないわ」



「…!」

ニアは、わずかに身を乗り出した。



「先日の茶会で、アヴェリーン夫人が娘のための侍女が欲しいと言っていたのよ。変な条件だったから、きっとまだ見つかっていないのではないかしら」



「…?」


アヴェリーン夫人が誰なのかも、変な条件が何を指すのかも分からない。



「あっ、アヴェリーン夫人…っ!?」

再び、壁際から声が上がった。



「あのエラドリオール家で、この女が働くというのですかっ…!?」



「…!」


エラドリオール家――


この国唯一の、大公爵家だ。



「奥様、本気でおっしゃっているのですか!?ニアに大公爵家の侍女なんて、絶対に無理ですよ!」



「お黙り」

貴婦人が、鋭く使用人たちを睨みつけた。



「言ったでしょう。条件があるのよ」



「お、奥様…条件とは、何でしょうか…?」

ニアは、恐る恐る尋ねた。



「元気が有り余っているような、若い娘」

貴婦人は、さらりと答えた。



「へっ…」



「それから、木登りができる者なら、なおいいと話していたけれど…あなた、できるかしら」



「…はい、できます」



「…ぷーっ…!」


「さ、さすが、田舎育ちの男爵娘っ…」

使用人たちが、ニアの言葉にくすくすと笑った。



「そう。それなら、推薦状を書けるわね」

貴婦人は、使用人たちには目もくれなかった。



「さっそく明日、書状を送ってみるわ。返事が来るまで、与えた部屋で待っていなさい」



「…あの、その間、仕事は…」



「もう、しなくていいわ。あなたが屋敷内を歩き回るたび、割れるものが増えるのだから」



「……」



「ニア…あなたは、まだ若いわ。それに、つらい環境にも耐え抜く強さがある」

貴婦人は、葉巻の煙を吐き出しながら続けた。



「次の職場は、あなたの良さを生かせるところだといいわね」



「…はい」

ニアは目を伏せ、小さく頷いた。




――そして、現在



「よいせっと…」

ニアは両手で持った大きな鞄を、どさっと荷馬車に載せた。



「これで最後ですか?」



「はい、そうです。予定通り、王城の方へお届けください」



「ええ、分かりました」

御者は短く答えると、積み荷を手早く固定していった。


やがて荷馬車が、一足先に王城へ向かっていく。



「すごい荷物になっちゃったね…」


後ろから、申し訳なさそうな声がぽつりと聞こえた。



「…何をおっしゃっているんですか」

ニアは両手を腰にあて、くるりと振り向いた。



「王族の荷物としては少ないくらいですよ、お嬢様!」



「…でも、嫁ぎに行くわけではないから」

リリアンヌは眉を下げ、気まずそうに笑っていた。



「週に一度以上は、ここへ戻ってくるし…」



「それでもですよ。家具なんて、何も持っていかれないじゃないですか」



「だって、王城に備え付けてあるもので十分だもの」



「調度品も、ランタンと羅針盤だけですか」



「それはお父様から頂いた、大切なものだから」



「あっ、お嬢様。日記帳は積まれましたっけ?」



「大丈夫。今までのものも含めて、ビッケが持ってくれているの」

リリアンヌは言いながら、ちらりと後ろに視線を向けた。


ビッケは、大きな鞄を軽々と片手で持っていた。



「ビッケ。お嬢様のこと、ほんっとうに頼んだわよ」

ニアは、ぐいっとビッケに顔を寄せた。



「目を離しては、駄目よ。すぐに見失っちゃうんだから」



「…分かったって」

ビッケは、視線だけをニアに向けて小さく返事した。



「もう…ニアったら、何年前の話をしているの」

リリアンヌは、困ったような笑みを浮かべた。



「ニア、その辺りにしておきなさい。お嬢様がいつまでも発てないでしょう」



「!」

屋敷の方から聞こえた声に、ビッケの表情が一瞬で引き締まった。



「おや…ビッケ、素敵な飾りピンですね」

ステファンはビッケの胸元に視線を向けると、ふっと笑みを浮かべた。



「…ありがとうございます」

ビッケは姿勢を正し、素早く一礼した。



「ステファン、わざわざお見送りありがとう」



「とんでもございません。本日はお嬢様にとって、大切な日でございますから」



「ステファンまで、大袈裟ね。明後日、また来るのに」

リリアンヌはくすっと笑うと、門の方へ目を向けた。


門の向こうでは、すでに馬車とお嬢様の護衛が待っている。



「それじゃあ…ステファン、ニア。そろそろ行くね」



「お忘れ物は、ないですか?何か足りないものがあったら、すぐにビッケに伝えてくださいね」



「忘れ物があったら、次回来た時に持っていけばいいでしょう?」

門を過ぎたところで、リリアンヌはくるっと振り返った。



「ニアったら、いつからそんな心配性になったの?」



「私は、もともと心配性ですよ」



「ふふっ…そうだね。心配性で、お喋り好きで、それから、少しお小言が多いかな?」



「ええっ?」



「要は、大好きってこと」

リリアンヌが、にっこりと笑った。



「じゃあ、またね」

小さく手を振り、こちらに背を向けた。



「アランフォース、今日もよろしくお願いします」



「ええ、よろしくお願いします」



「ありがとう」

護衛の手を借りて馬車へ乗り込み、あっという間にその姿が見えなくなった。



「…ぐすっ…」



「ニア…まだ、お嬢様が見ていらっしゃる」

ステファンが隣で、苦笑混じりに囁いた。



馬車の大きな窓から、リリアンヌがこちらへ顔を向けていた。


自分たちが見ていることに気付くと、にっこりと笑って手を振った。


ニアは小さく手を上げ、それに応えた。


馬車が、ゆっくりと動き出す――



「…これで良かったのか?」

ステファンが、静かに囁いた。



「お嬢様に何もお伝えせず…本当に良かったのか?」



「…はい」

ニアは手をゆっくり下ろすと、小さく鼻をすすった。



「お嬢様に、私のことなんかで煩わせたくないです…」


今日――私は、エラドリオール邸を出ていく。


あの馬車を見送ったら、すぐにでも発つ予定だ。



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