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セスランディア王国物語  作者: あきよし りん
第十五章/大好きな人たちと大切な時間を
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なかったはずの未来②

リリアンヌ視点



エラドリオール邸の門でアランフォースと別れ、前庭でキリと合流した。


一緒に、屋敷へ向かっていく。



「お帰りなさいませ。お嬢様、キリ様」


「お帰りなさいませ」


入り口で、いつものようにステファンとビッケが出迎えた。


これも、今日で最後だ。



「お嬢様、お待たせいたしました」

ステファンがにっこり笑い、ビッケへ手を向けた。



「どうぞ、今日からビッケを従者としてお連れください」



「…本当!?」

リリアンヌは、ぱっと顔を輝かせた。


それまで考えていたことが、一瞬で頭から抜け落ちた。



「ええ。もう、どこへ連れて行っても問題ありません」


ステファンが話す間も、ビッケは目を伏せてぴしりと立っている。


本当に、一年前とは大違いだ。


きょときょとと辺りを見ていたビッケは、もういない。



「じゃあ、ビッケ。さっそくよろしくねっ」



「お嬢様、キリ様。どうぞ、お進みください」

ビッケは目を伏せたまま言い切ると、道を譲るように一歩下がった。



「……」



「どうぞ」



「……」

リリアンヌはちらちらと後ろを見ながら、キリと進んでいった。



「…ビッケ。まさか、ずっとその感じじゃないよね?」

三人になった瞬間、再び振り返った。



「…せめて、もう少しやらせてよ」

ビッケはちらりと目を上げ、小さく答えた。



「…良かったぁ」

思わず溜息が漏れた。



「様は、やめろ」



「分かってるって、キリ」

ビッケは困ったように眉を寄せた。



「でも人前では、二人のことを敬称で呼ぶから」



「分かった、分かった」

リリアンヌは嬉しそうに返すと、足を弾ませて階段を上がっていった。


私の前ではいつも通りでいてくれるなら、それでいい。



「キリ。明日の引っ越しは、よろしくね」


キリの部屋がある階で立ち止まり、手を差し出した。



「特に荷物もない」

キリはリリアンヌの手を取りながら答えた。



「そうだけれど…場所も変わるし、気分も変わるでしょう?」



「特に変わらない」



「ふふっ…とにかく、一緒についてきてくれてありがとう」



「君が行くなら、どこでもついて行く」



「…うん、ありがとう」

キリと手を離して、また階段を上がっていった。



「お嬢様、お疲れ様でした」


自室に入ると、追いかけるようにニアも入ってきた。


ビッケが一礼して、すぐに出ていった。


着ていた綺麗なドレスを、ニアに手伝ってもらいながら慎重に脱いでいく。



「お嬢様のお着替えの手伝いも、もう最後ですね」

手を動かしながら、ニアが寂しそうに言った。



「明日の朝もあるでしょう?それに、ここへは毎週通うつもりだもの」



「一気に、エラドリオール邸が変わってしまいますよ」



「ガブリエルお義姉様もいらっしゃったからね」



「私も、お嬢様について行ければ良かったんですが」



「ニアに、そこまで無茶はさせられないわ」


ニアは、十年以上も私の侍女をしてくれている。


私のことを、よく分かっている。


けれど、私の我儘で王城まで連れて行くわけにはいかない。



それになぜか、レックスが城での専属侍女をつけてくれたらしい。


明日、初めて顔合わせをする。


少しドキドキするけれど、それ以上に楽しみだ。



「ビッケ、終わったわよー!」

着替えが終わると、ニアが扉に向かって叫んだ。



「…失礼します」

ビッケが静かに入ってきた。



「ニア、呼び方」

リリアンヌは、くすっと苦笑した。


少なくとも、王城の侍女はそんなふうに従者を呼ばないだろう。



「いいんですよぉ。ここは、エラドリオール邸なんですから」

ニアは言いながら、リリアンヌを鏡台の前に座らせた。


髪飾りを外して、櫛を通していく。



「この綺麗な髪を梳かすのも、最後…」

その手が、ゆっくりと止まった。



「…だから――」

リリアンヌは苦笑しながら振り向き、言葉を止めた。



ニアが、目にいっぱいの涙を溜めていた。



「ニア…」



「私は…お嬢様が、まだこんなに小さな頃からお傍にいました」

そう言うと、両手を小さく広げた。



「……」


四歳の時だから、多分、もう少し大きい。



「あのお転婆なお嬢様が、精霊の申し子になって、有名になって、遠くへ行くようになって…」



「ニア。本当に、ありがとう」

リリアンヌは、姿勢を正してニアを見上げた。



「スノウを見つけた日のこと、覚えてる?」



「…?はい、覚えています」



「ニアだったから、私はスノウを見つけられた。ニアだけが、スノウを褒めてくれた」



「ホ~」

窓辺にいたスノウが、応えるように小さく鳴いた。



あの日のことを、ずっと覚えている。


私が精霊を見つけたことで、誰もが大騒ぎしていた時――



『精霊様の加護を授かったなんて、本当はすごいことなのでしょうけれどね』


『私にとってはそんなこと関係なく、いつでも可愛くて賢くて、自慢のお嬢様です』



「ニアが、加護を授かっても私は私のままだって言ってくれたから、変わらずにいられた」


いつも通りに接してくれたのは、ニアだけだった。



「ニアは、私の最高の侍女だわ」

六年前と同じ台詞を、にっこり笑って伝えた。



「…うっ」

ニアが、ぽろりと涙をこぼした。



「…私だって、お嬢様は、私にとって最高のお嬢様です~…」

そのまま、本格的に泣き始めてしまった。



「また三日後には、来るんだけどな…」


これからもここに来たら、きっとまた、彼女が担当してくれるだろう。



「ううっ…夕食の準備を進めておきますぅ…」

ニアは脱いだドレスを手に持つと、足早に部屋から出ていった。



「…大丈夫かな」

リリアンヌは、困ったように扉を見つめた。



「…ニアにも、いろいろあるんだよ」



「いろいろ?」



「まあ…もともと涙もろいし」



「……」



「…なに?」


じっと見つめるリリアンヌに気付いたビッケが、きょとんと尋ねた。



「ビッケ、お帰り」



「!」



「やっぱり、落ち着くなぁ」


独り言に、誰かが声を返してくれる。


それがビッケなら、気兼ねなくなんでも呟ける。


一年間、やっぱり寂しかった。



「オレも…久しぶりに、普通に喋ったかも」

ビッケはゆっくりと首を傾げた。



「もう、どうやって話してたか忘れた」



「そんなにステファンの修行は厳しかったの?」



「うん。でも、すごい勉強になった」



「確かに…前より、素の話し方も丁寧になったかも?」



「お前は、前より言葉遣いがひどくなった」



「うぐっ…」


これでも、かなり頑張ったのに。



「明日から、大丈夫かよ」



「大丈夫…だと思う」


本気を出せば、きっと言葉遣いは戻せる。


鏡台にだらしなく両手を置いているのも、きっと今だけだ。



「一緒に頑張ろうね…」

リリアンヌは、その両手にこてんと顔を伏せた。


今日は、疲れた。


泣いたせいか、目元がぼぉっとする。



「…頑張る気、なさそうだな」



「んー…あるある」



「オレは…人一倍頑張んなきゃいけない」



「!」

はっと、顔を上げた。



「王城では、顔は隠さない」

ビッケは、真剣な表情でまっすぐ前を見つめていた。



「ビッケ…」


ビッケは明日から、王城で従者として働き始める。


エラドリオール邸に獣人族の従者がいることは、もう知っている人は知っているけれど…


人前に正式に出るのは、明日が初めてだ。


私なんかより、ビッケはずっと覚悟を決めている。



「……」

リリアンヌは鏡台の前から立ち上がると、机の引き出しをがたりと開けた。



「…ビッケ、来て」



「なに?」



「…はいっ!就職祝い」

近づいたビッケに、両手で小箱を差し出した。



「…就職祝い?」



「うん。今日から、従者として働くお祝い」



「…とっくに従者として働いているつもりだったけど」



「じゃあ…明日から、心機一転祝いってことで」



「……」

ビッケは目を瞬かせながら、小箱をそっと受け取った。



「…開けてもいい?」



「もちろん」


小箱の中には、聖樹の葉を模した飾りピンが入っていた。


丸みを帯びた葉の中にはめ込まれた黄色い宝石が、きらりと輝いている。



「これ…宝石?」



「ラペルピン」



「らぺ…?」

ビッケはきょとんと顔を上げた。



「貸して」

リリアンヌは箱から飾りピンを取り出すと、ビッケの胴衣に手を伸ばし、ボタン穴へそっと留めた。



「うん。とっても似合う」


細工職人のアデレードに頼んだ、もうひとつの大切なもの。


私の従者となってくれるビッケへの贈り物――



「私はまだ成人前だから…ビッケを直接雇っているわけじゃないの」


成人するまでは、父がビッケの雇い主。


給金だって、私が渡しているわけじゃない。


それでも、ビッケは私の従者としてついてきてくれる。



「だから…どうしても、私からお礼をしたくて」



「お前だから、ついて行くに決まってるだろ」



「!」



「やっと、またお前の傍にいられる」

ビッケは小さく笑い、耳をぴくりと動かした。



「これ、ありがとう。大切にする」



「…っ」


可愛すぎて、胸がきゅんとする。



「ビッケ、大好き…!」

気付いたら、勢いよく抱きついていた。



「お前…それも、そろそろやめとけよ」

腕の中で、ビッケが呆れたように言った。



「オレ、もうすぐ十歳になるし」



「私だって、もうすぐ十五歳になるもの」



「…そろそろ、怒られるぞ」



「二人の時だけにするから」


誰に怒られるかは、よく分からないけれど。


この心地よさだけは、やめたくない。



「ビッケ、頑張ろうね…」

ぎゅっと、温かいビッケを抱きしめた。



明日――


エラドリオール邸を出る。


“物語”の人生と違うのは、私だってそうだ。



“リリアンヌ”は今頃、騎士を目指して、誰かのもとについていたはずだ。


それが現実では、エラドリオール邸を出て、王城で住むことになった。



私だけの、未来。


また、新たな日々が始まる。



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