兄の結婚式
リリアンヌ視点
「リリィ!」
サイラスはにっこり笑いかけると、すぐにリリアンヌを抱き上げた。
「お兄様…!えっ…!?」
混乱しながら、慌てて室内を見渡した。
サイラスの向こう、壁際には、片手で顔を庇うアランフォースがいた。
腕越しに、サイラスへ鋭い目を向けている。
扉の前に立っていた騎士たちも、室内の様子を窺っていた。
「今日のお前は、一段と可愛いな」
「アランフォースに、何をしたの!?」
「護衛の領分を越えていたから、注意だ」
「ええっ…?お兄様、下ろしてください」
「アランフォース。今すぐ、護衛に戻れ」
「……」
アランフォースは腕を下ろして一礼すると、静かに扉の方へ向かっていった。
騎士たちも、それぞれ持ち場へ戻っていった。
「お兄様…!」
「リリィ…今日は、私が主役の日だ。私の話だけをしてくれ」
サイラスはリリアンヌをソファに下ろすと、体を寄せて腰掛けた。
「……」
「お前が贈ってくれたタイブローチを着けてきた」
「…よく、お似合いです」
リリアンヌは、諦めて兄の方へ顔を向けた。
「お兄様。とっても格好良いです」
父譲りの綺麗な金髪を、今日は後ろでひとつに結んでいる。
母譲りの妖艶な目元も相まって、いつにも増して色っぽく見えた。
白の正装の下には、細かな織り模様の入った深い青の胴衣。
首元を飾る白いタイには、青い宝石が輝いていた。
「本当に、細かくて綺麗…」
細工職人のアデレードに、特別に作ってもらったタイブローチ。
青い宝石を囲むように、蔓草を模した繊細な金細工が施されている。
「…まさか、今日着けてくださるなんて思いませんでした」
いつか、社交の場で使ってくれればいいなと思っていたけれど。
「お前から貰った大切なものだ。着けるに決まっているだろう」
「!」
サイラスはリリアンヌの肩を抱き寄せると、ちゅっと額にキスをした。
「あら、サイラス。あなた、ここにいていいの?」
「…なぜ、こんなに殺気立っている」
両親が、腕を組んで客間に入ってきた。
「お父様、お母様!」
ぱっと、ソファから立ち上がった。
「お母様、とてもお綺麗です」
「ありがとう。あなたも、そのドレス素敵ね」
「お兄様が、買ってくださったの」
リリアンヌは、嬉しそうにくるりと回った。
兄とお揃いの、青と白のドレスだ。
腰にある大きなリボンが可愛くて、一目で気に入った。
「…ああ、ずっと見ていたい」
「サイラス。早く、本堂の方へ行け」
座ったままのサイラスに、ロデオが扉の外を指して言った。
「お兄様、頑張ってくださいね」
「お前のために、頑張ってくるからな」
去り際に、サイラスはリリアンヌを抱きしめた。
「早く、行け」
ロデオがもう一度言うと、サイラスはようやく客間から出ていった。
しばらくすると、ヒュージライ家の人たちが訪れてきた。
「リリアンヌ殿下、初めまして。リチャード・ヒュージライと申します」
両親との挨拶が終わったあと、ガブリエルの父が自分のもとへやってきた。
雰囲気も仕草も、とても真面目そうだ。
「リチャード法務長官、お初にお目にかかります。リリアンヌと申します」
「…やっとお会いできました」
「え…?」
リリアンヌは、ぱっと顔を上げた。
「…いえ。リリアンヌ殿下とご縁ができることを、嬉しく思います」
「あ…ええ、私もです」
リチャードが一瞬、微笑んだ気がした。
少し話したあと、今度は若い夫婦が目の前までやってきた。
「お初にお目にかかります、リリアンヌ殿下。ガブリエルの兄、ニドラルと申します。それから、妻のドロテアです」
「ニドラル様、ドロテア夫人、初めまして」
「どうぞ、ニドラルとお呼びください」
「ドロテアと」
すぐに二人から返ってきた。
ニドラルは眼鏡を掛けているけれど、ガブリエルやリチャードより柔らかい印象だ。
ぴしりとした雰囲気のドロテアの方が、ガブリエルと似ている気がする。
「ニドラル、ドロテア。本日はよろしくお願いしますね」
「リリアンヌ殿下…お伺いしましたよ」
ニドラルが、ふっと優しく笑った。
「何をでしょうか?」
「あなたとブライアン殿下で、貧民区にある薬療院の在り方を変えようとしていらっしゃるとか」
「…そんな大きなお話ではありません」
つい、苦笑いが漏れた。
そんなふうに話が広まっているとは。
「それに、いろいろと動いてくれているのはブライアンの方です」
「ですが、実際に薬療院へ訪問されていらっしゃるのでしょう?」
「ええ、そうですね」
「それはとても興味深い話ですね。ぜひ、詳しく――」
「あなた。今日くらいお仕事の話は控えてください」
「…ああ、失礼しました。続きは、またの機会にでも」
ドロテアに腕をつつかれたニドラルが、姿勢を正した。
「今日は、どうぞよろしくお願いいたします」
「ええ、こちらこそ」
二人のやり取りに、思わず笑みがこぼれた。
穏やかで、親しみやすそうな人たちだ。
最後にもう一度お辞儀を交わし、ヒュージライ家の人たちが客間から出ていった。
リリアンヌは、じっと三人の背中を目で追った。
あの人たちはもう、私の親族だ。
今日、初めて会ったのに。
なんだか不思議な感覚だ。
「お時間でございます。ご移動をお願いします」
開いている扉から、案内の者が入ってきた。
先を歩く両親のあとに続いていく。
今日の式に参列するのは、エラドリオール家とヒュージライ家だけ。
このあと王城では大勢を招いたお披露目会が開かれるけれど、私は参加しない。
だからその分、この時間をしっかり味わおう。
本堂の後ろには、ずらりと国王直属騎士団の騎士たちが並んでいた。
後ろから続いていたアランフォースが、その並びの端で足を止めた。
広い本堂に対して、参列者は驚くほど少ない。
左右に並ぶ長椅子も、前の二列に両家の者が座るだけだった。
壁際には聖職者たちが並び、その中に、穏やかに微笑むゴーシュの姿も見えた。
後ろの扉から、サイラスとガブリエルが腕を組んで入ってきた。
両親に倣って、リリアンヌも後ろへ振り返った。
ガブリエルは、いつも高い位置でまとめている髪を下ろしている。
艶やかな髪に添えられた大きな髪飾りが、光を受けてきらきらと輝いていた。
いつもの凛とした姿とは違って、今日はどこか柔らかく見える。
とても綺麗だ。
中央の長い通路を歩くたび、真っ白なドレスがふわりと揺れた。
二人が精霊王の像の前まで進むと、左右の扉から霊拝師たちが出てきた。
アイラだけが像を背にして立ち、他の霊拝師たちは新郎新婦を挟むように左右へ並んだ。
真っ白で、眩しくて、神々しい。
ステンドグラスから差し込む色とりどりの光が、美しい。
「…今日の良き日を、精霊王オーリアがお与えくださいました」
アイラの祝福の言葉が始まった。
「まずは、感謝を捧げましょう」
祝福の言葉は、前世で聞いたことのあるものとよく似ていた。
不思議な気持ちで、耳を傾ける。
互いを尊び、言葉を交わし、理解しようと努めること。
受け取った喜びに感謝し、周囲へ分け与えること。
アイラの美しい声で、ゆっくりと語られていく。
「サイラス・エラドリオール。あなたは、妻となるガブリエルと良き時も悪き時も共に歩み、死が二人を分かつまで愛し、寄り添うことを精霊王オーリアの名のもとに誓いますか?」
「誓います」
サイラスは力強く答えた。
「ガブリエル・ヒュージライ」
アイラはガブリエルの方へ顔を向けると、同じ言葉を繰り返していった。
「誓います」
今度は、ガブリエルのはきはきとした声が響いた。
「それでは、誓いの口づけを」
二人が向き合い、そっと体を寄せる。
サイラスがガブリエルの肩に優しく手を添え、口づけを交わした。
「…ぐすっ…」
「…リリィ」
「…この子ったら」
ロデオとアヴェリーンが振り向き、苦笑いを浮かべた。
「ごめんなさい…」
リリアンヌは小さく謝り、ハンカチで涙を拭った。
静かな空間に、響いてしまった。
「…ここに、新たなる夫婦が誕生いたしました」
アイラが一瞬リリアンヌへ視線を向け、優しく微笑んだ。
「結婚がもたらす恵みにより成長し、実り豊かな生活を送ることができるよう、お祈りいたしましょう」
その言葉に続き、霊拝師たちが祈りを捧げる。
リリアンヌも、胸の前で両手を組んで頭を下げた。
ぽたりと、涙がこぼれ落ちた。
十七歳で亡くなってしまうはずだった兄が、
二十一歳になり、騎士になり、結婚した。
なんて幸せな未来だろう。
“デューゼの森の悪夢”を防げて、良かった。
こんな未来を見ることができて、本当に良かった。




