久しぶりの大聖堂
リリアンヌ視点
「リリアンヌ殿下、お初にお目にかかります」
聖職者の格好をした壮年の男性が、穏やかに笑ってお辞儀した。
「大教主を務めております、ゴーシュ・パルミアと申します。お会いできて、大変光栄です」
「ゴーシュ大教主、お初にお目にかかります。こちらこそ、お会いできたことを嬉しく思いますわ」
リリアンヌは、その場で丁寧にお辞儀した。
「甥のネウロが世話になっていると聞いています。どうか、これからも仲良くしてやってくれませんか」
「いいえ。ネウロには、こちらがお世話になっているのです」
「そうなのですか?甥は、あまり自分のことを話す方ではありませんので。リリアンヌ殿下に失礼なことはしていないか――」
「…ゴーシュ大教主。今日は、私のことよりも」
リリアンヌは、困ったように微笑んだ。
「本日の主役は、私の兄とガブリエルお義姉様です。式では、どうぞよろしくお願いします」
「ああ、いや、とんでもない!本日の祝福の言葉は、アイラが述べるのですよ。殿下は確か、アイラと知り合いでしたでしょう」
「はい。式前にできればご挨拶をと思っているのですが…可能でしょうか?」
そのために、今日は早めにやってきた。
「ええ、ええ、もちろんです。それでは、霊拝師たちの控えの間へご案内いたしましょう」
ゴーシュ自ら、建物の中へと先導した。
「えっ…ゴーシュ大教主が案内してくださるのですか?」
「ええ、こんな名誉な役を務められて、嬉しく思います」
「ありがとうございます…」
リリアンヌはゴーシュの隣に並び、アランフォースも後ろに続いた。
長い廊下の突き当たりに、今日式を行う本堂の大きな扉が見える。
その手前で廊下を曲がっていく。
「リリアンヌ殿下…もしよろしければ、もっと大聖堂に訪れてください」
その辺りでゴーシュが口を開いた。
「…お仕事の邪魔ではないでしょうか?」
許されるなら、霊拝師たちに会いに来たいけれど。
「とんでもない!あなた様がいらしてくだされば、彼女たちも喜びます。特に若い子たちは、リリアンヌ殿下のことをいつも話しておりますから」
「それは…光栄です」
どんな話をしているのだろう。
「無理に、ちからを使わなくて結構です。それでも、彼女たちのために会いに来てやってはくれませんか」
「本当に…いいのでしょうか?」
「ええ!いつでも出入りできるようにしておきます」
「…ありがとうございます」
リリアンヌは、戸惑うように礼を言った。
スワハマの時と、あまりにも対応が違いすぎる。
許可がなければ絶対にここへ入れなかったし、あまり…歓迎されていなかった。
これは、社交辞令じゃないと思ってもいいのだろうか。
ネウロは、ゴーシュ大教主のことを、親戚の中ではだいぶましだと言っていた。
ましって…なんだろう。
「さあ、どうぞ」
考えているうちに、控えの間に着いてしまった。
「リリアンヌ殿下!」
「お久しぶりです!」
扉をくぐると、霊拝師たちが、わっと周りに集まった。
「ミュラ、ハンナ、ソフィ、ルノーラ。久しぶりね」
「な、名前を覚えていてくださっているなんて…!」
ソフィが、感極まる声を上げた。
「当たり前でしょう。ここで、どれほどみんなにお世話になったと思っているの」
リリアンヌは、おかしそうに笑った。
「一段とお綺麗になられて…」
ミュラが、感嘆の息を漏らした。
「リリアンヌ殿下、また大聖堂にいらっしゃってください」
ルノーラが、にっこりと言った。
「そうですよ!この四年間、とても寂しかったです」
すぐにハンナが続いた。
「…本当?」
「本当です!」
「目の保養…じゃなかった、殿下がいてくださったら、やる気も出ますから!」
「私、リリアンヌ殿下が来る日が、楽しみで楽しみで」
霊拝師たちが一斉に返した。
「ふふっ…」
このやり取りが、懐かしい。
心なしか、前より距離も近づいた気がする。
「最近は、何をなさっているのですか?」
「村へ行かれたと、噂で聞きました」
それからも、四人から次々と質問が飛んできた。
ひとつずつ、答えていく。
「…そろそろ、私にも譲ってくださるかしら?」
ふいに、周りを囲む霊拝師たちの後ろから声がした。
「…!アイラ様!」
リリアンヌは、ぱっと顔を綻ばせた。
「リリアンヌ殿下、お久しぶりです。…ますますお綺麗になられました」
アイラは一礼すると、優しく微笑んだ。
「アイラ様も…相変わらず、お綺麗です」
式用なのか、いつもの格好より豪華だ。
白と金の華やかな衣装に、美しい桃色の髪がよく映えていた。
目を奪われるほど綺麗だ。
「あれから…お体の具合は、いかがでしょうか」
アイラは顔を寄せ、そっと囁いた。
「おかげさまで、とても元気です」
「…痛みませんか?」
「…はい、大丈夫です。アイラ様、今日は兄たちのために、祝福の言葉をくださると伺いました」
リリアンヌは、それとなく話題を変えた。
「ええ。とても光栄な話です。精いっぱい、務めさせていただきますね」
「アイラ様の祝福の言葉、楽しみにしています」
「り、り、リリアンヌ殿下ぁ!」
「!」
不意に横から腕を引かれた。
「マコ!」
「もお~…!本当に、会いたかったぁ」
半泣きのマコが、腕にしがみついていた。
「マコ…!リリアンヌ殿下が驚いているでしょう」
「アイラ様、大丈夫です」
リリアンヌはそっと返すと、マコに顔を向けた。
「マコ、久しぶりだね」
つい、いつものような喋り方になってしまう。
「久しぶり、じゃないですよ!」
マコは腕にしがみついたまま、小声で囁いた。
「どれだけ心配したことか…」
「ごめんね…もっと早く会いに来れば良かった」
マコとは、ザンビア砦以来だ。
最後に見た時は、青褪めた顔をしていた。
「これからは、もっと大聖堂へいらしてくださいますね!?」
「…うん、分かった」
みんなに、ここまで言ってもらえるならば。
「あ…ごめんなさい。私、王族の方になんてことを」
マコが、はっと手を離した。
「それは、いまさらじゃない?」
思わず、くすっと笑った。
「そんな素敵なドレスに、皺をつけるところでした。リリアンヌ殿下、とってもお綺麗です」
「ありがとう。マコも、式の間は何かするのかな?」
結婚式の流れを、よく分かっていない。
「祝福の言葉を読むアイラ様の傍らで、祈りを捧げる役です」
マコが胸の前で両手を組んだ。
「立派にお役目を務めてみせます」
「じっくり見させてもらうね」
リリアンヌは、くすっと笑って返した。
ふと扉の方を見ると、ゴーシュがにこにこと微笑みながら立っていた。
まさか、待ってくれていたなんて。
それに、いつまでもここにいては霊拝師たちの邪魔になってしまう。
「アラン…」
リリアンヌは後ろへくるりと振り返り――
「…あ」
言葉を止めた。
「…お仕事中に失礼いたしました。アランフォース様、また今度」
アイラがリリアンヌに気付き、アランフォースから一歩下がった。
「ええ…また」
アランフォースもアイラに一礼して、再び護衛の姿勢に戻った。
「リリアンヌ殿下…もう行かれるのですね」
アイラが再びこちらに歩み寄った。
「…あ、はい」
リリアンヌは、こくりと頷いた。
「…アイラ様。またあとで、よろしくお願いします」
最後に深々とお辞儀して、控えの間をあとにした。
扉の方へ向かうと、ゴーシュが「こちらへ」とさらに廊下を進んでいった。
こんな奥まで来るのは、初めてだ。
「式までは、まだ少し時間があります。どうぞあちらの客間で、ごゆっくりお過ごしください」
ゴーシュの視線の先に、開け放たれた扉があった。
扉の前には、国王直属騎士団の騎士が四人も立っている。
あそこが王族用の客間なのだろう。
室内には、まだ誰もいなかった。
寛げそうなソファが並び、テーブルの上には軽食がずらりと用意されている。
「それでは、私はそろそろ戻るといたします。のちほど、お目にかかりましょう」
ゴーシュは穏やかに言って一礼すると、客間をあとにした。
「……」
ゴーシュを見送ると、リリアンヌは部屋の奥にある大きな窓へ向かった。
じっと、外を眺める。
ここは、大聖堂の端にある部屋みたいだ。
昔、アランフォースに抱えられて登った坂が遠く見えた。
「リリアンヌ殿下」
「はいっ…」
すぐ近くから聞こえた声に、びくりと振り返った。
真後ろに、アランフォースが立っていた。
「え…ど、どうしたの?」
てっきり、扉の前で立っていると思ったのに。
「…何か怒っていますか?」
アランフォースは、わずかに目を細めた。
「…どうして?」
リリアンヌは、目を丸くして尋ねた。
「何が気に障ったのです」
「何も、気に障ってない」
すぐに首を振った。
「控えの間を出た時から、変です」
アランフォースは目を逸らさないまま、一歩近づいた。
「…でも、何も怒ってない…」
思わず、じりっと後ろへ下がった。
「では、なぜ私を避けるのです」
「さ、避けてない…」
「言っていただかなければ、分かりません。何が引っかかったのです」
アランフォースは、さらに一歩近づいた。
「……」
リリアンヌは目を伏せ、泣きそうになるのを堪えた。
嫌だ。
何が引っかかったかなんて、絶対に言いたくない――
「…何をしている」
――ドゴォッ…!
低い声が聞こえたと同時に、鈍い音がすぐ傍で響いた。
「わっ…!」
咄嗟に、ぎゅっと目を瞑った。
目を開けると、そこにいたはずのアランフォースがいなくなり、
代わりに、片足を上げたサイラスが立っていた。
「おっ…お兄様…!?」
どこから現れたのだろう。




