第一章Ⅷ(二つの日々)①
リリアンヌ視点
――半年後
「いいな~。兄ちゃんたち、楽しそうだなぁー」
長椅子に座るメルが、足をぷらぷらさせながら呟いた。
「もうリリィの相手ができんの、サムくらいだもんな」
隣に座るヌイが、はは…と苦笑した。
「全然、手の動き見えないや」
さらに隣に座るワンスが、のんびりと言った。
――カンッ、カンッ、カンッ…!
三人の前では、激しく木の剣がぶつかり合う音が響いていた。
「…っ、ふっ…!」
リリアンヌは何度も打ち込み、休む間もなくサムを攻め立てた。
「おっ、今のは惜しかったなぁ!」
カカカンッ、とサムは軽々とその猛攻を受け流した。
「もうっ…!簡単に、防ぐんだから…!」
リリアンヌはぱっと身を低くし、そのまま足払いをかけた。
「年上相手に、これだけ攻められりゃ…っと!」
サムは軽やかにそれを避けると、
横から突っ込んできた剣を、カンッと弾き返した。
「――十分、だろ…!」
「あっ…!」
弾かれた勢いで、リリアンヌの手から剣が離れた。
木の剣はくるくると回りながら、メルたちの足元へ転がっていった。
「すげー!やっぱ、兄ちゃんつえぇ~!」
メルが嬉しそうに言った。
「また木の剣を作っとかないと、折れちまうな」
ヌイは足元に転がった剣を拾うと、そのままひょいと放った。
「ほらよ、リリィ」
「ありがと、ヌイ」
リリアンヌは額の汗を拭いながら、剣をぱしりと掴んだ。
「う~ん…何が駄目なんだろ」
どうしても、サムに勝つことができない。
しかも、まだまだ余裕がありそうだ。
力の問題ではない気がする。
得意な素早さも、サムに負けている。
「お前は、ちからを使わねぇのか」
「へ?」
頭上から聞こえた声に、リリアンヌは顔を上げた。
「跳ぶちからも隠したいのか?」
ギタンは身を屈め、小声で尋ねた。
「ううん。隠してないよ」
隠してないけれど、そういえばギタン以外には話していなかった。
「だけど、ちからを使うのはずるいでしょう?」
「ずるじゃねぇ。やるからには、自分の持つものすべてを使え」
「使っていいの?」
「当たり前だ。戦場で躊躇ったら、死ぬぞ」
「ここは戦場じゃなくて、孤児院だけれど」
リリアンヌは、あはっと笑うと、剣を正面に構えた。
「よし、サム、もう一回やろう…!」
「お前だけギタンに助言を貰ったのかよ。ずりぃなぁ」
サムは剣をくるくる回しながら、不貞腐れるように言った。
「えへ…とっておきの助言を貰っちゃった」
「いいよ。何が変わったか、見せてみろよ」
サムはそう言うと、片手で剣を構えた。
「はじめぇーっ!」
メルの掛け声と同時に――カンッ、と木の剣がぶつかる音が響いた。
――カンッ、カカンッ…!
「…おいリリィ、いつもと変わんないぞ?」
「…っ」
リリアンヌは何も答えず、ひたすらサムの右側ばかりを狙い続けた。
「こっちが、がら空きだな…!」
隙をついたサムが、左からブンッと剣を振り下ろした。
その瞬間――
サムの目の前から、ぱっとリリアンヌの姿が消えた。
「…!?」
反射的に、サムは上を見上げた。
「…あっ、やべ!」
すぐさま身を翻し、その場を転がるように離れた。
高く跳んだリリアンヌは、そのまま大きく剣を振り抜いた。
「一本…!」
振り抜いた剣が、サムの肩をかすめた。
「…ええーっ!?」
驚くヌイとワンスの声が揃った。
「すっげー!リリィがとんだ~!」
メルは長椅子から飛び降り、嬉しそうに跳ねた。
「お前…そんなこともできんのかよ」
サムは身を起こし、呆れたように言った。
「そんな七歳、どこにいるんだよ」
「えへへ…」
リリアンヌは、誤魔化すように笑った。
「リリィ、駄目だ。そんなんじゃ相手に傷も入らねぇ」
ギタンは厳しかった。
「でも…だって、力がないもの」
まだ、体は七歳のものだ。
それに比べて、サムは初めて会った時より身長も伸びていた。
「勝負の世界で、力は関係ねぇ」
「え?関係あるでしょう?」
「いいか、見てろ。…サム、相手になれ」
ギタンはそう言うと、リリアンヌの手から剣をそっと受け取った。
「…!」
サムの顔に、さっと緊張が走った。
「…うわ」
リリアンヌは喉を鳴らし、思わず後ずさった。
「来い」
ギタンは、ただゆったりと構えているだけだ。
肘から先のない左腕は、ぶらんと下に垂らしている。
それなのに、ギタンの持つ木の剣が――一瞬、本物の剣に見えた。
「…はっ!」
サムは剣を両手で握ると、正面からギタンへ打ち込んだ。
いつも自分と手合わせする時とは、まるで違う。
ギタンは、軽々とサムの剣を弾いた。
サムは間髪入れず、何度も打ち込んだ。
狙うのは、頭、首、肩――急所ばかりだ。
――ガンッ、ガンッ…!
交わる剣の音も、先ほどまでよりずっと重い。
サムが大きく振りかぶり、右から強く剣を叩き込んだ。
「…えっ!?」
次の瞬間――サムの姿が、ふっと視界から消えた。
残っていたのは、変わらずそこに立つギタンだけだ。
――ドォンッ…!
「…ってぇ!」
空いていた長椅子に、サムが背中から突っ込んだ。
「…ええーっ!」
再び、ヌイとワンスの声が揃った。
「サム!大丈夫…!?」
リリアンヌは、慌ててサムのもとへ駆けた。
何がどうなってサムが吹き飛んだのか、さっぱり分からなかった。
「いっ…てぇー!ギタン、少しは手加減しろよ」
サムは、頭をさすりながら体を起こした。
「手加減も何も、俺は力を入れていない。お前の反動を使っただけだ」
ギタンは事もなげに言った。
「…あ、だからサムは左に吹き飛んだの?」
「力を入れなくても、相手の勢いを使えば傷を負わせることはできる」
ギタンは言いながら、剣をくるっ…と右手で回した。
「しかもお前は、跳ぶちからもある。それを使って、思いきり振りかぶれ」
「…じゃあ、ギタン。私も相手してくれる?」
リリアンヌはサムの手から剣を受け取ると、ギタンに向かって構えた。
「…無闇に突っ込むなよ」
ギタンは、再びゆったりと右手で剣を構えた。
「よし…っ!」
リリアンヌは気合を入れると、
トンッ…と地を蹴り、高く跳ねた。
「おお~」
先ほどからヌイとワンスは、ぽかんと口を開けてばかりだ。




