表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
42/50

第一章Ⅶ(仲直りのぎゅ)④

リリアンヌ視点



「…本当は仲直りしたら、言い訳もしちゃいけないんだけどさ」

サムはその場に腰を下ろし、足を前へ投げ出した。



「説明だけでも、させてくんないかな」



「…説明って?」

リリアンヌは、不思議そうにサムへ顔を向けた。



「だから、昨日の炊き出しのこと。どうしてオレが、ボノ一家につぎ直してやんなかったか」



「…それが掟だからだよね?」



「なんで掟なのか、リリィ、分かるか?」



「そうしないと、量が足りなくなってしまうからでしょう?」



「違うよ。残る時は、残る。でも余っても、二杯以上は絶対に配らない」



「…不公平になるから、かな?」



「まあ、それもあるけど。だけど、もっと別の理由がある」



「……」


どうしよう。


分からない。



「こぼせば、貰えるんだってなっちゃうんだよ」

サムは、構わず続けた。



「そうしたら今度は、わざとこぼす奴が出てくる。頼めば許されると思う」



「…どうして、わざとこぼすの?」

リリアンヌは、そっと眉をひそめた。




「例えば、半分飲んでこぼせばさ。また満杯までついでくれるってなるじゃん」



「…そっか」



「そうなったら今度は、お前やレンが危なくなる」



「…えっ、どうして?」



「リリィに頼めば、おかわりをくれるかも。レンの分を奪っても、どうせまたあいつは貰える。そういう話になってくる」



「…そんなことに、なるの?」



「必ず、なる。貧民区の奴らにとって炊き出しは、命を繋ぐもんだから」



「…!」

思わず、小さく息を呑んだ。



「もしそんなことが繰り返し起これば、いつか、大鍋ごと奪う奴が現れるかもしれない。

今度は、奪われた大鍋を奪うために、傷つけ合うかもしれない」

サムは遠くを見つめたまま、静かに続けた。



「一度許せば、必ず付け込まれる。ひとつの例外は、争いを生むんだよ」




「…ごめんなさい」



よく、分かった。

どれほど自分が、考え足らずなのか。



贅沢な暮らしに慣れて、

ご飯がないつらさを、理解できなくて。


彼らは、必死で生きているのに。

そこに、甘えなんて許されないのに。



力になりたい、だなんて。

助けてあげたい、だなんて。



なんて――おこがましい。




「おい、仲直りしただろ。もう、謝んのはなしだ」

サムが叱るように言った。



「…うん」

リリアンヌは、ゆっくりと顔を上げた。


「…ボノさんもそうなることが分かってたから、断ったのかな」



「まあ…あの時は、ボノもお前も目立ってたからな」



「あんな大声で、私、自分の分だなんて言って…」


ボノたちを助けるどころか、助けられてしまった。


本当に、情けなくて恥ずかしい。




「お前の気持ちは、分かるよ。あれは、ハックが悪い。レンは巻き込まれただけだ」



「ハック…!」

リリアンヌは、はっとサムに顔を向けた。



「あの人たちは、何者なの?どうして、みんな逆らわないの?」



「…あいつらの後ろには、元締めがいる。貧民区の奴が逆らったら、大変なことになる」

サムは、間を置いて答えた。



「元締め…?盛り場を仕切っている人のこと?」


ギタンは、ハックたちのことを盛り場の人間と言っていた。



「盛り場も、貧民区も含めて、四塔付近一帯を仕切っている奴がいる。そいつが貧民区の奴らに仕事を振ってるから、逆らったらまずい」



「その元締めは、あんな人たちを部下にしているの?」



「部下の、そのまた部下。末端もいいとこだ。元締めは、ハックたちの名前も知らないだろうな」

サムは一瞬、嘲るような笑みをこぼした。



「それでも、逆らわない方がいい。ボノも並んでた奴らも、仕事を貰えなくなるくらいなら、嫌がらせを受けた方がましだって思ってる」



「なに、それ…」

リリアンヌは、怒りで声を震わせた。




「お前が怒っても、仕方ねぇだろ」



「でもっ…!どうして、炊き出しに現れるの?いつも来るのでしょう?」



「そうだな。懲りずに、嫌がらせしに来る」



「どうして!」



「あいつらも元は貧民区の人間だからだろ。この辺りの治安の良さに、嫉妬でもしてんだ」

サムは、事もなげに答えた。



「…えっ」

リリアンヌは、ぎくっと言葉を止めた。




「あいつらは全員、十二塔貧民区の出身だ。十二塔を追い出されて、ここで今の仕事を見つけたんだ」



「…追い出された?」



「向こうの元締めか、その部下を怒らせたんじゃないか?そこまでは、ギタンは教えてくれなかったけど」



「あ…ギタンから聞いたの?」



「ギタンは、町の裏事情をよく知ってるよ。ここの元締めとも、知り合いみたいだし」

サムが頷いて答えた。



「……」


ギタンって、何者なのだろう。


元騎士って、そんなに顔が広いのだろうか。



でもそれなら、どうしていつも顔を隠しているのだろう。




「…嫌になったか?」



「…えっ?」


言葉の意味が分からず、ぱっと顔を上げた。



「貧民区がどういうところか、分かってきただろ?出身者が嫌がらせするくらい、貧民区の奴の地位は低い」

サムは嘲笑を浮かべ、吐き捨てるように言った。



「オレたちも孤児院で育った時点で、貧民区生まれだ。お前が今話してる相手は、そういう人間」



「サムは、サムだよ。そんなこと、何も関係ない」

リリアンヌは眉を寄せ、きっぱりと言った。



「そんな理由で嫌になるなんて、ない。そんなこと、あり得ない」



「……」


サムは正面に顔を向けたまま、何も言わなかった。




「…だけど」

リリアンヌは、ふっと目を伏せた。



自分が嫌になるのは、あり得ない。

だけど、サムたちが私を嫌になることはあり得る。


炊き出しひとつで、こんなにも迷惑をかけてしまっている。



それに――無知は、悪気なく相手を傷つける。



そのことを、身に染みて知った一週間だった。




「…お前、歌、うまいな」


ぽつりと、声が落ちた。



「…えっ!?」

リリアンヌは、ぎくっと肩を上げた。



「き、聞いてたの?」



「窓、開いてんだぞ。お前の読み聞かせから、聞こえてたよ」

サムはくくっ…と笑い、肩を震わせた。



「ねんね、ねんね、って。お前の方が、よっぽど子供みたいな言葉使ってんじゃん」



「あっ、あれは、子守歌だもん…!」

思わず、むっと反論した。



「おやすみ、いい子。今日はたくさん、えらかった…くくっ!」



「もうっ…サム!」



「あははっ…!また歌ってって、チビたちにせがまれるからな」



「…また、来てもいいのかな」

リリアンヌは、途端に肩を下げた。



「そんな顔するなって」

サムは呆れ顔で振り向くと、中指で、ぱちんっとリリアンヌの額を弾いた。



「あいたっ」



「お前は、顔に出やすいんだな」



「…どんな顔してるか、自分じゃ分かんない」

リリアンヌは額をさすりながら、頬を膨らませた。


結局、でこぴんをされてしまった。




「それはな、こっちの台詞だよ」



「えっ…」



「来てくれて、ありがとな。リリィ」

サムはそのまま頭に手を伸ばし、ぽんぽんと優しく撫でた。



「…?どうして、お礼?」



「お前がオレたちに同情してないことくらい、分かるよ」



「…!」

リリアンヌは、小さく肩を揺らした。



「だから、遠慮すんな。これからも、遊びに来いよ」

サムは、気にせず続けた。




「…遊びにというか」



「シルヴィアとの授業が終わったら、いつでもこっちに来いってこと」



「…あ」


シルヴィアとの授業のことも、気付かれていたらしい。




「ギタンの言う通り、ここで、たくさん学べばいいだろ」

サムは、ふっと優しく目を細めた。



「明日こそ、剣回しやろうぜ」




「…うん」

リリアンヌは、そっと笑みを浮かべた。



「ありがとう、サム…」



たくさん、学びたい。



白のちからについても、


貧民区についても、


王都レイセントについても――



この世の仕組みについても。



“デューゼの森の悪夢”を防ぎたいと思って、エラドリオール邸を飛び出した。


だけど、私はあまりにも無知すぎる。


常識が、分からない。



だから、まずは――一歩ずつ、知っていく。



話は、そこからだ。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ